第十四話 神廟の死神
後日、宣言通り摂政・徠迦が宮を訪ねてきた。
「翠玄、いるか。
宮の様子はあらかた片付いたようだな」
この頃になると、宮の様子も大分落ち着いてきた。
草木の生え放題だった庭先は、二人で芝刈りに奮闘してあらかた片付いた。邪魔な草木がなくなれば、そこはいくつか池とそれを結ぶ曲水があらことがわかり、そばに松や樹木を植栽していた様子があった。
水を引いて、樹木の手入れをしてやれば、ここも少しは趣のある庭になるだろう。
「はい、殿下に賜ったこの宮は、とても片付けがいのある宮でしたので」
「はは、苦労をかけたようで悪いな。」
摂政は苦笑いをする。
「とんでもありません。
ところで、本日はいかがいたしました?」
「ああ、様子見がてら訪ねてみたのもあるが、もう一つ土産話を持ってきたのだ。聞いてくれるか?」
そう言って、摂政様は中庭の端に腰掛けて話し始めた。
「先日、南部郊外の街である奇怪な事件が起こった
ある寺の僧侶が四人、修行のために山岳部の山寺を訪れていた。
夜になって寝床を探して歩いていたところ、ちょうど道の端に古びた小さな神廟のような小屋を見つけた。僧侶たちはその小屋で一夜を明かそうとしたらしい。
だが奇怪なことに、翌朝になって近隣に住む村人たちが、祈祷のためにその神廟を訪れると、中にいた僧侶四人全員が、そこで眠るように息を引き取っていたのだという。
彼らは揃って目立った外傷はなく、争った形跡もない。また出入り口は全て閉ざされていて、外部から何者かが侵入した形跡も無かった。
まるで神廟に宿った死神か、妖か何かが、彼らの魂を抜き取ったようだ_。
村人たちは恐ろしがって、麓の偉い僧侶に頼んで祈祷を施してもらったそうな」
「なるほど。確かに、一晩で四人全員が揃って命を落とすのは、少々奇怪ではありますね」
翠玄は腕を組んで少し考え込んだ。
「しかし、死神や妖の仕業というのは、些か早計ではないでしょうか」
「というと?」
摂政は首を傾げた。
「現場の状況について、もう少し詳しく教えていただけませんか? 例えば、僧侶たちの持ち物や、神廟の中の様子などです」
「ああ、僧侶たちは少ない食料と、出先でも暖を取るための炭の燃料を所持していたそうだ。
そして、僧侶たちが横たわっているその中心部には、『煤球』と呼ばれる燃料が焚かれていたらしい」
「煤球……?」
その言葉を聞いて、翠玄はハッと閃いた。
「なるほど、真相が掴めてきましたよ」
煤球とは別名を"練炭"という。練炭は木炭の粉末と、その他いくつかの燃料を混ぜ合わせて固め、蓮根状の穴を開けた円筒形の固形燃料である。炭よりも少ない量で長時間燃焼するため、暖炉の湯沸かしや煮炊きなどによく用いられる。
「練炭は日持ちが良く安価で便利なのですが、取り扱いには注意が必要です。
あれは、密閉した室内で使用すると、有毒な瘴気を発生させることをご存知でしょうか」
「有毒な……瘴気?」
摂政様は目を見開いた。
「はい。通常の母屋や広い屋敷の台所などで使う分には、外からの換気を十分に行うことで安全に使用できます。
しかし今回のように、狭く密閉した環境下で長時間使用すると、人間を死に至らしめるほどの有毒な気体を発生させるのです」
翠玄は書庫で読んだ知識を思い起こしながら続けた。
「私が書庫で調べた情報によると、その瘴気は一見無味無臭で、吸い込んでも通常の大気と変わらないように感じるそうです。
しかし長時間吸引することで、次第に強い眠気を生じます。そして、そのまま意識を失ってしまうと……死に至るという恐ろしいものです」
「そ、そんな恐ろしいものがあるとは知らなかった」
摂政様は驚愕の表情を浮かべた。
「では、今回の事件で四人の僧侶が眠るように死んでいたのは、そのせいだったのか」
「おそらく……」
翠玄は頷いた。
「よいことを聞いたな。
実は昨今、民の間で煤球を使用した家屋での不審死が相次いでいたのだ。煤球は平民や、ここ後宮でも広く流通しているものだ。
それで原因を調査していたところだった。」
摂政様は立ち上がった。
「毒物を排出する危険性を知らずに使っている者も多いだろう。すぐにでも役人を使わせて、注意喚起を行うよう伝えるよ」
(なんだ、そういうことだったのか)
翠玄は納得した。
このように、一見すると呪いや怪異に思われる現象が、実は科学的に解明されている事案は少なくない。正しい知識を身につけることで、こうした危険を未然に防ぐことができるのだ。
「私の話を聞いただけで、真相を読み解いてしまうとは……まるでお前は女仙のような博識だな」
「からかわないでください」
翠玄は謙遜した。
「からかってなどいないさ。今後も期待しているよ」
そう言って、摂政様は宮を去っていった。
この一件以来、後宮内ではある噂がたった。新しく後宮に入った才人の娘は、なんと怪事件の概要を聞いただけで、その真相を突き止めてしまうという。
練炭による一酸化炭素中毒の話でした。




