第十二話 彗星宮
この後も、事件や怪異が多数登場予定です
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後日、翠玄はいつもの暗い襦裙を身にまとうと、淑妃・涼月が住まう彗星宮へと向かった。
彗星宮は、後宮の北に位置する宮である。中は石庭が美しい精錬された佇まいの宮であった。入口の戸を叩くと、侍女が戸を開けて中へと通してくれた。
「そなたが先日、才人に取り立てられて後宮入りしてきたという、翠玄ですね」
翠玄が跪いて拱手をすると、奥に座っていた涼月妃が涼やかな声を上げた。
涼月妃は切れ長の瞳と、黒檀の髪が美しい、凛とした落ち着いた佇まいの妃であった。年は翠玄や芙蓉妃よりも少し年上ではないだろうか。聡明で大人の余裕を感じた。
「他の貴妃たちから、噂は聞いておりますよ。」
(…噂?)
開口一番そんなことを言われて、翠玄は訝しむ。
すると涼月妃は微笑んだ。
「ふふ、気にすることはありませんのよ。近頃は皆暇を持て余しているから、退屈しのぎのつもりなのでしょう。」
涼月妃は、まるで噂を垂れ流している張本人を知っているような口ぶりだった。
「ところで、今日は一体どのようなご用件かしら」
「はい、実はある人を探しておりまして……。
最近、淑妃様の侍女で、宮を去った者はありませんでしょうか」
涼月妃の表情が少し曇った。
「確かに、私のお気に入りの侍女が一人、良い人と一緒になると言って、後宮を去っていったわ」
(やはり……)
「その人物について、詳しくお話をお伺いしたいのです」
* * *
その侍女は、名を弥生といった。
まだ年端も行かない頃から涼月妃のもとに仕え、彼女が宮入する際にも共についてきた。仕事熱心で誠実な侍女であったが、ある時から不意に外出して戻らないことが多くなったという。
「一度、問い詰めて何かあったかを聞いてみたの。
そしたら、彼女は意中にしている男性ができたと白状したわ」
涼月妃は少し寂しそうに微笑んだ。
これまで、妃付きの侍女として、男性関係とは無縁のまま身を捧げてきた彼女であった。しかし、宮廷での生活は彼女に変化をもたらした。
「彼女ったら、その官吏に夢中になって……。
ある時、私にだけは心の内を明かしてくれたの。
その官吏から、宮廷を出て共に生きないかと誘われたと言っていたわ」
涼月妃は窓の外を見つめた。
「今まで、彼女には私の身の回りのことを任せきりで、彼女自身の幸福のことは置き去りにされていたわ。
だから私は、彼女のことを応援しようと思ったの」
彼女は涼月妃に心の内を明かした後、密かに宮を去った。そして、今はどちらかの故郷でつつましく暮らしていると聞いている。
「彼女が忘れていった物の中に、官吏から届いた手紙が入っていたの。
これが、あなたが探しているという礼部の役人かしら」
涼月妃が差し出した手紙には、確かに盧宋の名が記されていた。
* * *
彗星宮を去った後、翠玄は再び礼部の書庫へとやってきた。そこには胡相がいて、翠玄は先ほどの涼月妃とのやり取りを話して聞かせた。
「なるほど。では盧宋は失踪したのではなく、意中の女人と駆け落ちをしたということか」
「そのようです。
まったく、人騒がせな役人ですね。元々寡黙な性格とはいえ、近しい同僚には事情を伝えてくれればよいのに」
言ったものの、翠玄は彼の胸中を思い起こした。
まじめな盧宋のことだ。仮にも後宮へ上がった侍女を娶ることに、多少なりとも後ろめたさを感じていたのかもしれない。
「侍女の方は、今も涼月妃と度々文のやり取りがあるそうで、今は田舎でゆっくり暮らしているそうですよ」
なので、これ以上の詮索は不要だと、翠玄は胡相に釘を刺しておいた。
「蓋を開けてみれば、特に私が出る幕もない話でしたね」
「まったくだ。お前には苦労をかけたな」
そう言って胡相は労を労った。
「しかし、他の失踪者の行方はまだ分かっていませんからね。
今回は駆け落ちということで片がつきましたが、他も全員同じというわけでもないでしょうし」
翠玄は少し不安げに付け加える。
「そうだな。依然、謎は残るが、これ以外は儂も管轄外なので詮索はできそうもない。」
胡相は肩をすくめた。
その後、二人は書庫を後にした。
外へ出ると、辺りはすでに夕闇が迫る時刻になっていた。
(悪鬼……本当にそんなものがいるのだろうか)




