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いのちもらいさん(怖い系)

深夜0時を過ぎた頃、オカルトマニアな20代の社会人、健司はいつものようにノートパソコンを開いた。

 SNSや掲示板を巡り、最新の怪談を読むのが彼の夜の楽しみだ。

 学校や仕事の話題には興味がなくても、背筋が凍る話にはなぜか惹かれる。

 作り物とわかっていても、想像の中でゾクゾクできればそれでいい。


 ある夜、読み終えたスレッドが妙に物足りなく感じ、健司はふと思った。

「……自分でも一つ、作ってみるか」


 キーボードを叩きながら、彼は新しい怪異の姿を思い描く。

 名前は——いのちもらいさん。

 全身を黒い布で覆い、顔は布の影で決して見えない。

 呼び出す方法は簡単だ。


深夜一時ちょうどに、部屋の明かりをすべて消す。

窓を閉め、ドアの隙間も塞ぐ。

そして静かに椅子に座り、目を閉じたまま自分の名前を逆さに三度唱える。


すると——背後に、暗い布をかぶった“いのちもらいさん”が立つ。

顔を見なければ、誰かの命がもらわれるかも。

ただし、どこかで誰かの命が奪われる。


 健司はそれを怪談投稿サイトに書き込み、「これ、全部創作です」と最後に添えた。

 投稿ボタンを押すと、深夜の部屋にキーボードの軽い音が虚しく響いた。


翌日、健司がスマホを開くと、昨夜の投稿に「面白い!」「やってみる!」というコメントが並んでいた。

 深夜に書き込んだ怪談が、見知らぬ人のタイムラインで拡散されている。

 引用リプライやまとめサイトが次々と拾い上げ、アクセス数はみるみる上昇した。


 やがて「やってみた報告」が現れ始める。

「背後に気配を感じた!」

「布が擦れる音がした」

「気づいたら肩に冷たい手が……」


 中にはスマホ動画を投稿する者もいた。

 暗い部屋、カメラ越しの自分の背後に、黒い影のようなものが一瞬映る。

 画質は荒く、ピントも合っていないが、コメント欄は「ガチだ!」「本物だ!」と騒ぎ立てた。


 さらに数日後、別のユーザーがこう書き込む。

「これ、やった翌日に親が倒れた…偶然かな?」

「友達が事故ったんだけど、いのちもらいさんのせいじゃ…?」


 健司は画面をスクロールしながら、思わず口元を緩めた。

 自分の作った話が、見知らぬ誰かの現実を揺さぶっている。

 恐怖と興奮が同時に伝染していく様は、まるで自分が都市伝説の操り人形師になったようだった。


 ——もちろん、全部作り話だ。

 そう信じて疑わなかった。


夜、健司は布団の中でスマホを握りしめたまま、コメント欄を読み返していた。

 「いのちもらいさん」に似た噂は過去にもあった気がする。

 ——ひとりかくれんぼ、くねくね、八尺様。

 どれも最初は誰かの創作だったはずだ。

 けれど、そのうち「本当にやった」という体験談が積み重なり、境界が消えていった。


 (これも、同じなんだ。たまたま不幸が重なっただけ——)

 自分にそう言い聞かせる。


 だが、コメントの一つに目が止まった。


「これ、投稿者の名前を呼んでも効果あるのかな?」


冗談半分のその書き込みに、健司は小さく笑った。

——自分の名前を逆さに?そんな馬鹿な。


だがその夜、午前一時。

健司は暗い部屋の中、机に両肘をついてスマホを握りしめていた。

(……どうせ作り話だ。けど、俺の名前でやったらどうなるんだろ)


息を殺し、目を閉じる。

そして小声で、自分のフルネームを逆さに三度唱えた。


次の瞬間、パソコンの画面がノイズに覆われ、部屋の灯りがふっと揺らぐ。

背後で布の擦れる音が近づく。


振り返ろうとした瞬間、耳元で低い声が囁いた。

「……もらったよ」


翌日、昼過ぎ。

 家賃の集金に来た大家は、何度呼び鈴を押しても反応がないことを不審に思い、合鍵で健司の部屋を開けた。

 カーテンは閉じられ、薄暗い室内には重い空気が淀んでいる。


 机の前で突っ伏す健司。

 肩に触れた瞬間、その冷たさで大家は息を呑んだ。

 救急を呼ぶ手が震える中、視線は自然と机のモニターへ向かう。


 画面には、健司が投稿した「いのちもらいさん」のスレッドが開きっぱなしになっていた。

 そこに未送信の文章が残されている。


……布の中の顔を、見てしまった。


 大家は背後で、布が擦れるような音を聞いた気がした。

 振り返ったが、誰もいない。


 怪談は、作り話のはずだった。

 ——だが、それは本当に起こってしまったのかもしれない。


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