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逆詐欺師(スカッと系)

桐生美咲、28歳。

都内の中小企業で働く、ごく普通のOL。

朝はコンビニのコーヒー片手にオフィスへ、昼は同僚とランチ、夜は家に帰ってサブスク視聴。

誰が見ても「普通の女性」にしか見えなかった。


だが、彼女には“もう一つの顔”があった。


仕事終わりにスマホを開くと、そこには匿名アカウントで集めた「詐欺師リスト」。

過去に自分の家族を壊した連中と同じ種類の人間たち。

美咲は彼らを追い、狙い、そして嵌める。


彼女が“逆詐欺師”として生きる理由は、大学時代のある事件に遡る。

当時、彼女の父親は中小企業を経営していたが、ある投資話に乗せられ数千万円を騙し取られた。取引先や従業員に迷惑をかけ、結局会社は倒産。父は病に倒れ、母も心労で急逝した。


「人を食い物にする奴らを絶対に許さない」


その時、美咲は誓った。彼女は大学を出ると同時に心理学や詐欺手口の研究を独学で学び、裏の世界で少しずつ経験を積んだ。狙うのは詐欺師だけ。彼らの心理を利用し、騙し返して金を奪い、被害者に戻す。


昼は平凡なOL、夜は冷徹な“逆詐欺師”。

二つの顔を持つ彼女の復讐劇が、今始まろうとしていた――。


ある夜、桐生美咲のスマホに一通の暗号化メッセージが届いた。

送り主は、彼女が「唯一信頼できる筋」と認める情報屋・篠崎。

過去に何度も詐欺グループの情報を流してきた、裏社会のブローカーだった。


《新しい獲物だ。振り込め詐欺グループ”クロノス”。被害額は数千万規模。

リーダーは元証券マン・鷹野。手口は老人狙いの投資話。》


添付されたファイルには、鷹野たちの顔写真と、詐欺の手口、隠し口座の番号までもが網羅されていた。


画面をスクロールする美咲の目が、氷のように冷たく光る。

「……鷹野、ね。老人を食い物にして平然と笑える奴ほど、許せない相手はいない。」


OLとしての仮面を脱ぎ捨て、逆詐欺師・桐生美咲が動き出す。

彼女は既に頭の中で、鷹野を嵌めるシナリオを描き始めていた――。


ターゲットの鷹野は、元証券マン。老人を狙った投資詐欺で資金を集め、巧妙に隠し口座へ流している。

その鷹野の「餌場」は、富裕層向けの資産セミナーや投資相談会。被害者は「専門的で信頼できそうな雰囲気」に騙され、次々と金を吸い取られていくのだ。


「なら、私も“カモ”として近づけばいい。」


美咲はそう決めると、即座に偽名でアカウントを作成し、鷹野が勧誘する“セミナー”に申し込んだ。

プロフィールは「父親が残した資産をどう運用すべきか迷っているOL」。詐欺師が好みそうな設定だ。


数日後。

銀座のホテルの一室で開かれた小規模セミナー。参加者は老人ばかりで、美咲だけが異質な若さを放っていた。

講壇に立った鷹野は、グレーのスーツに笑顔を貼り付け、証券マン仕込みの流暢なトークを展開する。


終了後、鷹野はわざわざ美咲のもとに近づいてきた。

「お嬢さん、珍しいですね。こういう場に若い方が来るなんて。」

「父の遺産があって……どうすればいいかわからなくて。」

目を伏せ、不安げに答える美咲。

その声色も表情も、完全に“獲物を装うカモ”そのものだった。


鷹野の目が、わずかに光る。

「良ければ、個別に相談に乗りますよ。直接お会いして、お嬢さんに合った投資の話を。」


――誘いに乗った。

美咲の心の中で、冷たい笑みが浮かんだ。


「ぜひお願いします。」

声だけは震えたふりをしながら。


セミナーが終わると、美咲は周囲の人々に紛れ、わざと少し緊張した様子で会場を出た。すると鷹野がタイミングを合わせたように声をかける。


「桐谷さん、もしこのあとお時間ありましたら……もう少し詳しくご説明できますよ。」


美咲は一瞬迷ったふりをしてから、少し照れたように頷いた。

「はい、ぜひ……でも、私あまり詳しくなくて……」


二人はホテルのカフェに入り、席につく。



鷹野は滑らかな手つきで名刺を差し出した。

「株式会社○○、投資コンサルタント・鷹野です。ご安心ください、初心者の方でもわかりやすくご説明しますよ。」


美咲もバッグから名刺入れを取り出す。だがそこに入っているのは、事前に用意した偽造名刺。

「浅野千春と申します。小さな会社で事務をしていて……経済とか投資は正直よくわからなくて……」

あえて頼りなげな口調で渡す。


鷹野はすかさず微笑み、安心させるようなトーンに切り替える。

「ご安心ください。皆さん最初はそうなんです。ですが、こういう“内輪の情報”を早く知れた方だけが得をしているのが現実なんですよ。」


そしてわざと数字やグラフの入ったパンフを机に広げる。

「もし100万円をお預けいただければ、数か月で倍近くになる可能性があります。これは選ばれた方しかご案内できないんです。」


美咲は目を輝かせ、わざと食いつく。

「えっ、そんなに!? でも……私、貯金はあまりなくて……100万円なんてすぐに出せるかどうか……」


困った顔を見せる美咲に、鷹野は優しく肩を傾け、声を落とす。

「大丈夫です。分割でも構いませんし、私だけの特別枠をご案内しますから。」


――美咲は心の中で冷笑した。

(やっぱり出たわね、詐欺師の決め台詞。さて、どう料理してあげようか……)


鷹野は身を乗り出し、声を落として畳みかける。

「桐谷さん、これは一生に一度のチャンスなんです。誰にでも声をかけているわけじゃありません。あなたは特別に選ばれたんですよ。」


美咲は一瞬、感動したふりをする。

「そんな……私が特別だなんて……でも、やっぱり怖いですね。詐欺とかじゃないんですか?」

大きな瞳を不安げに揺らし、わざと核心を突く。


鷹野は即座に両手を広げて否定する。

「とんでもない! 私がそんなことするはずがないじゃないですか!」


――内心で、美咲は冷笑した。

(やっぱり来たわね。“特別”という言葉で縛りつける。詐欺師の常套句。でも私には全然効かない。むしろあなたのパターンが完全に読めたわ。


鷹野は最後の仕上げとばかりに、美咲へ契約書のコピーを差し出した。

「これさえサインすれば、あなたの未来は保証されますよ。桐谷さん、今ここで決断を。」


だが、美咲はペンを取らない。代わりに、バッグから小型レコーダーを取り出し、テーブルに置いた。

赤いランプが点滅している。


「……全部、録ってます。」


鷹野の顔色が、一瞬で凍りついた。


美咲は静かに言葉を続ける。

「“特別に選ばれた”とか、“一生に一度のチャンス”とか。あなたの常套句も、契約を迫るやり口も、これで十分に証拠になる。」


さらにスマホの画面を鷹野に向ける。

そこには篠崎から送られてきた資料――依頼人が提供した鷹野の“弱み”。

過去の横領、暴力沙汰、裏口座の情報。


「あなたがどれだけ悪どいか、私は全部知ってるの。」


鷹野は必死に取り繕うが、美咲は畳みかける。

「録音データをマスコミに流すか、依頼人の弁護士に渡すかは私次第。あなたが持ってる金――全部返しなさい。でなければ、あなたの人生は終わる。」


鷹野の額に冷や汗が滲む。

「……待て、話し合おう。金は渡す、だから――」


彼の声は完全に震えていた。

数分前まで自信満々だった詐欺師が、今は美咲の掌で転がされている。


美咲はゆっくりと席を立ち、淡々と告げた。

「いい子ね。素直に差し出せば、命までは取らない。」


バッグを肩にかけ、振り返ることなく歩き出す。

その背中は、昼間の“普通のOL”ではなく――冷酷無比な“逆詐欺師”そのものだった。


その後、美咲は依頼人へ証拠一式を渡す。依頼人は弁護士と共にすぐに動き出し、鷹野のグループは警察にマークされる。

翌日にはニュースで「投資詐欺グループ摘発」のテロップが流れる。鷹野の顔写真も報じられ、社会的に完全終了。


依頼人は深く頭を下げ、美咲に封筒を渡す。

「ここまでやっていただけるとは……本当にありがとうございました」

美咲は受け取るが、どこか冷めた表情。


「私の仕事はただ、悪党を潰すこと。感謝なんて要らないわ」



一人になった美咲が、夜のオフィス街を歩きながら心の中でつぶやく。

「さて――次の獲物は、どんな奴かしら」

その横顔には、普通のOLではなく “逆詐欺師” の影が浮かぶ。


その夜、美咲のスマホに通知が灯る。

見知らぬ名前「笹島誠」からのDM。

《あなたと同じく、詐欺師と戦っている者です。いずれ話がしたい》

美咲は画面を閉じ、冷たく笑った。

「……面白いわね。敵か味方か、確かめてみるのも」


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