荷物運びアルバイト(怖い系)
今回のお話は、普段よりも少しダークで不気味な内容になっています。
人によってはかなり怖い描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
北川翔太、26歳。
フリーター。
昼過ぎに起きてコンビニで買ったカップ麺を食べ、夕方からパチンコ店へ。
軍資金をすぐに溶かしては、友人を誘って飲み歩き、気づけば財布は空っぽ。
そんな自堕落な生活を、もう何年も続けていた。
「やべぇ……今月の家賃、払えねぇ」
アパートの六畳間。
散らかった床に寝転びながら、翔太はスマホをスクロールしていた。
SNSには「日払い」「誰でも簡単」「荷物を運ぶだけ」という甘い言葉が並ぶ。
《急募!簡単バイト!荷物を運ぶだけで即日5万円》
怪しいとは思った。だが、そんな理性は腹の虫の前にあっけなく吹き飛んだ。
「運ぶだけで五万? 楽勝じゃん。これでとりあえず払えるわ」
半ばやけくそでメッセージを送り、数分もしないうちに返信が届いた。
《仕事は簡単です。指定の駅コインロッカーに入っている荷物を取り出し、指定の場所に持って行くだけ。顔を合わせる必要はありません。》
翔太の胸はざわついたが、空っぽの財布が彼の背中を押した。
「まぁ……やるしかねぇな」
そのときはまだ、自分が足を踏み入れようとしているものの正体を知らなかった。
翌日。
翔太のスマホに、見知らぬアドレスからメールが届いた。
件名は《仕事の詳細》――本文には、淡々とした指示だけが並んでいた。
《〇月〇日 19時、〇〇駅東口。改札を出てすぐのコインロッカーに荷物が入っています。ロッカー番号はD-23。暗証番号は “7410”。取り出した荷物を、21時までに△△県の山中にある施設へ運んでください。地図は添付のリンクをご確認ください。》
翔太は眉をひそめた。
「……山奥の施設? なんだそれ」
怪しさは募る一方だった。だが「運ぶだけで五万」という言葉が頭を支配していた。
背に腹は代えられない。
指定された時刻、駅のコインロッカーに立った翔太は、番号を入力して扉を開ける。
そこに入っていたのは、ずっしりと重みのある黒いガムテープで封じられた段ボール箱。
「……何が入ってんだ、これ」
答えを知るのは怖かった。
封を切ろうと一瞬思ったが、「余計なことをするな」という無言の圧力を感じ、手を引っ込めた。
段ボールを抱え、車の後部座席に積み込む。
カーナビに入力された目的地は、街の灯りから遠く離れた山奥へと導こうとしていた。
「ただ運べばいいんだ……ただ、それだけ」
自分にそう言い聞かせながら、翔太はアクセルを踏み込んだ。
山道に差し掛かると、街灯は途切れ、車のヘッドライトだけが暗闇を切り裂いていた。
ナビは青白い光を点滅させながら、ひたすら山奥へと誘導している。
後部座席に積んだ段ボール箱から、妙な気配を感じた。
さっきから、車の揺れに合わせて「カタ……カタ……」と微かな音がしている。
「……中身、なんなんだよ」
汗ばむ手でハンドルを握りしめるが、好奇心と恐怖がせめぎ合った。
耐えきれず、路肩に車を停める。
後部座席に身を乗り出し、黒いガムテープを少しずつ剥がしていった。
バリッ──と音を立てて箱の口が開いた瞬間。
「……っ!」
翔太の全身に寒気が走る。
箱の中には、見てはいけないものが詰め込まれていた。
白く乾いた何かが積み重なり、その形は……人の姿を連想させる。
空洞の奥から覗き込まれているような錯覚に、背筋が凍りついた。
「マ、マジかよ……!」
息が荒くなり、冷や汗が背中を伝う。
荷物を運ぶだけの“簡単バイト”──その実態が、想像を絶する闇に繋がっていることを悟った瞬間だった。
翔太は震える手で、再び段ボールの蓋を閉じ、ガムテープを押さえ込んだ。
「……知らなかったことに、しよう。届けて終わり。それでいい」
そう自分に言い聞かせ、車を再び走らせる。
ナビに従って進むうち、鬱蒼とした木々の奥に、突然開けた場所が現れた。
そこには、異様に巨大な建物──古びた寺院のようでもあり、倉庫のようでもある施設がそびえていた。
駐車場に車を入れると、すぐに数人の男たちが近寄ってきた。
全員、黒いスーツに無骨な体格。目つきは鋭く、威圧感に満ちている。
「ご苦労」
一人が低い声で言い、箱を受け取る。
安堵しかけた翔太に、男は続けた。
「こっちへ」
問答無用で腕をつかまれ、建物の奥へ連れて行かれる。
コンクリートの廊下を進むと、行き着いた先は窓のない小部屋だった。
重たい扉が閉じられ、金属音が響く。
「お、おい……! どういうつもりだよ!」
叫ぶ翔太を無視して、男たちは外へ出ていく。
暗い部屋に取り残された彼の耳に、どこからともなく低い声が届いた。
「また一つ、運ばれたな」
「次の者も、すぐに……」
ぞっと背筋が凍りつく。
──そのころ。
駅前のコインロッカーでは、新たな段ボール箱が静かに収められていた。
無機質なドアの内側で、“次の配達人”がそれを取り出す瞬間を、ただじっと待っているのだった。
そしてまた別の人物はSNSでこんな広告を目にする。
《急募!簡単バイト!荷物を運ぶだけで即日5万円》
彼は躊躇わず申し込んだ。
――終わり。