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心霊写真鑑定バトル!写真家vs霊能者(スカッと系)

加瀬は40代前半のフリーカメラマン。広告写真や雑誌の撮影を手がけ、被写体の陰影や光量を調整する技術には自信があった。

カメラを始めて二十年以上、ピントの狂いや露出オーバー、レンズの反射やノイズの種類――ありとあらゆる「写真の失敗例」を見てきた彼にとって、いわゆる“心霊写真”などは単なる技術上の偶然か錯覚にしか思えなかった。


「人影が写った? それは二重露光か手ブレ。

オーブ? ただのホコリかレンズフレアだ」


依頼主がどんなに怖がっていても、加瀬は冷静に理屈で切り捨てる。

だから業界では「霊を信じないカメラマン」として有名だった。


そんな彼のもとに、ある日一本の電話がかかってきた。

バラエティ番組の制作会社からである。


「心霊写真を専門家の立場で解説してほしいんです。

視聴者投稿の写真を“霊能者”と一緒に鑑定していただきたい」


加瀬は一瞬、眉をひそめた。

オカルト番組など正直くだらないと思っていたが、「霊能者と対決」というフレーズには妙な興味をひかれた。

何より、出演料が悪くない。


「いいですよ。ただし……俺は本当のことしか言いませんよ」


こうして加瀬は、心霊番組の収録現場へ向かうことになった。


朝から照明合わせ、進行確認、カメリハといったリハーサルを終えた加瀬は、楽屋で肩をほぐしていた。

「まあ、所詮は“やらせ心霊写真ショー”だな」

独り言を漏らしながら、スタッフが置いていった進行表にざっと目を通す。


そこへADがやって来て説明した。

「霊能者の先生は別スケジュールの都合で個別にリハーサルを済ませました。本番で初顔合わせになります」

「へえ、じゃあ、ぶっつけ本番ってわけか」

加瀬は軽く笑い飛ばし、コーヒーをひと口すする。


──いよいよ生放送が始まる。


明るい音楽とともにMCが登場し、オープニングトークを経て、ゲストが紹介された。

「本日の鑑定は、このお二人にお願いしています。写真家・加瀬さん、そして霊能者の天海先生です!」


観客の拍手に迎えられ、加瀬は軽く会釈。隣に並んだ霊能者の天海は、ふくよかで人の良さそうなおばちゃん風。だが、その目は妙に鋭く、加瀬を射抜くように見据えていた。


「あなたが“科学の人”ね」

天海はマイク越しににこやかに言う。

「はい。まあ、心霊現象なんて全部カメラの仕組みや撮影条件で説明できるものですから」


加瀬は落ち着いた声で返す。

すると天海は笑顔のまま、首を小さく横に振った。

「そうかしらねぇ。今日の写真は……“本物”が映っているわよ」


観客席から「おおっ」と小さなどよめき。

加瀬は眉をわずかに動かしたが、すぐに冷静を装い、写真を指差す。

「じゃあ、証拠を見せてもらいましょうか」


──スタジオの空気は一気に張り詰め、火花が散り始めた。


番組は、ついに「恐怖の心霊写真鑑定コーナー」へと進んだ。

スタジオの大型モニターに、一枚目の写真が映し出される。


それは古びた旅館の廊下を撮影した一枚だった。

奥の暗がりに、青白い人影のようなものがぼんやりと浮かんでいる。


「これは……かつてこの旅館で命を落とした女将の霊ですね」

霊能者・天海は神妙な声で言い切った。

観客席から小さなざわめきが起きる。


加瀬は腕を組み、モニターをじっと見つめると、静かに口を開いた。

「長時間露光です。人が通り過ぎた影が残っただけですよ。足が透けているのがその証拠です」


天海は眉ひとつ動かさず、逆に視聴者へと視線を投げかける。

「ですが、この写真を撮った人の家は、この数か月後に全焼しました」


スタジオが一瞬、息を呑むように静まり返る。


次の写真が映し出された。

リビングで撮られた家族写真。背後のカーテンに、にやりと笑う人の顔のような影が浮かんでいる。


天海は指先でその影をなぞるように示した。

「この家族の一人は、その後、不慮の事故で亡くなっています」


観客席から悲鳴に似た声があがる。

しかし加瀬は淡々とした口調を崩さない。

「偶然です。カーテンの模様が顔に見えているだけです。人間の脳は、ランダムな形を『意味のあるもの』に見てしまうんですよ」


三枚目の写真が映る。

海岸での集合写真。足元の波間に、まるで白い手が伸びているかのような模様が写り込んでいた。


「この写真に写っていた人の一人は、後に行方不明になりました。海に引きずり込まれたのでしょう」

天海の言葉に、観客席はざわつき、誰かが小さく「怖い」と呟く。


加瀬は苦笑を浮かべた。

「波の跳ね返りです。光の加減で偶然そう見えるだけです」


──だが。

観客の空気は、次第に霊能者の言葉に引き寄せられていった。

理屈では説明できる。しかし、説明と同じくらい不気味な“末路”が写真に結びついているのも事実だった。


カメラが加瀬を抜いた。

彼は変わらず冷静な表情を保っていたが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。


スタジオに再び暗転が訪れ、司会者がカメラ目線で問いかける。

「さて、ここまでの心霊写真……皆さんは“本物”だと思いますか?」


観客席からは「怖い!」「本物だろ!」といった声が飛ぶ。

空気は完全に霊能者・天海に傾いていた。


その中で、加瀬は腕を組んだまま、にやりと笑った。


「確かに、火事や事故や失踪……。その事実と写真を“後付け”で結びつければ、何だって怪談にできます」


天海が眉をひそめる。

「……何が言いたいのかしら?」


加瀬はカメラを一瞥し、続けた。

「視聴者の皆さんに知ってもらいたいだけです。僕は番組の依頼で天海先生のことを少し調べてきました」


スタジオがざわめいた。司会者も慌てて制止しようとするが、加瀬は止まらない。


「十年前、天海先生は“開運セミナー”を主宰していましたね。高額な壺や護符を販売して、数百万円を失った被害者もいた」


「それは……!」

天海の声が一瞬震える。


「さらに、“浄霊ツアー”と称して廃墟や廃寺に人を集め、参加費を巻き上げた。宗教法人の認可も取らず、“祈祷”と称したパフォーマンスで金を稼いでいた。全部、過去の新聞記事に残っています」


観客席から驚きの声が漏れる。

司会者が「ちょっと! 放送コードが……!」と声を上げるが、加瀬は冷静そのもの。


しかし、加瀬は微動だにせず、冷めた目でマイクを握った。


「……霊なんて存在するかどうか、証明なんてできませんよ」


その一言でスタジオは水を打ったように静まり返る。


「でも、少なくとも僕が見てきた中で“本当に怖い”のは霊じゃない。

 嘘をついて、人の不安につけ込んで、金を巻き上げる──そういう人間です」


カメラが天海を抜く。彼女は口を結び、表情を固くしていた。


加瀬は続けた。

「番組も同じです。嘘を“心霊”という名前で演出して、何を伝えるんですか?

 恐怖より先に、真実を届けるべきでしょう」


観客席の一部から拍手が起きる。最初は小さな音だったが、次第に大きな波になっていった。

司会者は必死に笑顔を作り「はい、ここでCMです!」と声を張り上げたが、その時にはもう空気は完全に加瀬のものだった。


数日後。

ネットには番組の切り抜き動画が溢れ返っていた。


「写真家・加瀬、生放送で霊能者と番組を一刀両断」

「“霊より怖いのは人間”発言に喝采」


コメント欄は「正論すぎる」「スカッとした!」で埋め尽くされ、加瀬のフォロワーは倍以上に増えていた。


そんな中、さらに衝撃的なニュースが飛び込んできた。


――自称霊能者・天海陽子(54)、詐欺容疑で逮捕。


長年にわたり「霊が憑いている」と信じ込ませ、除霊代と称して数百万円単位の金を巻き上げていたという。警察は、番組放送後に寄せられた複数の被害相談をきっかけに捜査を進めていたと発表した。


記事を読み終えた加瀬は、深く息を吐いた。

「やっぱり……。本当に怖いのは霊じゃなくて、人間だ」


窓の外には冬空が広がっていた。

あの日の言葉が、ただの強がりではなかったことを、自ら改めて噛み締めるのだった。


――終――


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