恩師との再会(感動系)
後藤は三十代半ば。
トラックドライバーとして働きながら、妻と娘と小さな家庭を築いていた。先日生まれたばかりの娘の顔を眺めていると、ふと「昔の自分からしたら、こんな未来は想像もできなかったな」と思う。
気まぐれで押し入れを漁り、中学時代の卒業アルバムを引っ張り出した。
ページをめくれば懐かしい同級生たちの顔、そして担任だった須崎秀明先生の写真。
「あの先生、今どうしてるんだろ」
軽い気持ちでスマホを取り出し、名前を検索してみる。
するとヒットしたのは、とある中学校のホームページ。そこには「校長 須崎秀明」と書かれていて、奇しくも今年校長に就任した写真が載っていて白髪が少し混じってはいたが、どこか変わらぬ笑顔に、後藤は思わずホッとした気持ちになるのだった。
後藤はアルバムをめくりながら、ふと笑みをこぼした。
そこには、担任だった須崎秀明先生の姿が写っている。厳しい目元と、どこか温かさを秘めた口元。写真を見た途端、次々と当時の記憶がよみがえってきた。
——「一度問題を起こすのは馬鹿者。二度と問題を起こすのは大馬鹿者」
教室で騒ぎを起こすたび、黒板をチョークで強く叩きながら、須崎先生は決まってそう言った。
当時は「また始まったよ」と反発ばかりしていたが、大人になった今なら、あの言葉の意味が骨の髄までわかる。
授業を妨害したときも、同級生と殴り合いの喧嘩をしたときも、先生は容赦なく叱りつけた。
だが一方で、自分がいじめられる立場になったときには、放課後の職員室に呼び出して、静かに話を聞いてくれた。
「お前は一人じゃない。俺が味方でいるからな」
その声に、どれほど救われたことだろう。
さらに、勉強がさっぱりできず「高校なんて無理だ」と思っていた自分に、須崎先生は親身になって進路を一生懸命探してくれた。
「ここならお前に合っている。諦めるな」
その言葉に背中を押され、受験に挑み、どうにか進学できたのだ。
アルバムを閉じながら、後藤は静かに息を吐いた。
厳しかったが、温かくもあった先生。今こうして家庭を持ち、娘に胸を張れる自分がいるのは、間違いなく須崎先生のおかげだった。
——そして今、その先生が校長になっている。
画面に映る穏やかな笑顔に、後藤は不思議な安心感を覚えていた。
ここに会話入れる感じでいいかも
数日後、後藤のもとに一通の封筒が届いた。差出人は「○○中学校 第20期卒業生同窓会実行委員会」。
中を開けると、来月開催される同窓会の案内状だった。
「……ちょうどいいタイミングだな」
須崎先生の名前を検索したばかりだったこともあり、後藤は迷わず参加を決めた。
──そして当日。
会場となったホテルの宴会場は、懐かしい顔ぶれで賑わっていた。
20年の歳月が流れても、笑い声や雰囲気は中学時代と変わらない。
「おい後藤!お前も来たか!」
声をかけてきたのは、かつて同じく問題児として名を馳せていた倉野だった。
当時は授業を抜け出してゲームセンターに通ったり、教師に何度も怒鳴られたりと、後藤とはよく一緒に叱られた仲だ。
「お前こそ、まだ元気そうだな」
互いに笑い合う。だが次の瞬間、倉野が意外な言葉を口にした。
「実は俺、教師やってんだよ」
「……は? お前が?」
後藤は思わず聞き返した。
「信じられねぇだろ?でもな、須崎先生に世話になったのは俺も同じでさ。あの人みたいになりたいって思ったんだ」
倉野は照れくさそうに頭をかきながらも、真剣な目をしていた。
後藤は笑って首を振った。
「俺は教師にはなれなかったけどさ、トラックの仕事頑張ってます。家族もでき、この前、娘が生まれたんだ」
その言葉に周りの同級生たちが一斉に歓声を上げた。
「おおっ!」「マジか!」「それはめでたい!」
倉野も力強く肩を叩いた。
「後藤が父親かよ。世の中わかんねぇもんだな。でも、なんか嬉しいぜ」
笑い声に包まれながら、後藤の胸に熱いものが込み上げてくる。
――須崎先生。俺たち、ちゃんと前に進んでますよ。
そのとき、会場の入り口から落ち着いた声が響いた。
「お前たち、だいぶ盛り上がっているようだな」
振り向けば、須崎先生が立っていた。
白髪は増え、背中も少し丸くなっていたが、その眼差しは二十年前と変わらず鋭く、そして温かかった。
「先生!」
あちこちから歓声があがり、教え子たちが一斉に駆け寄る。
後藤も胸が高鳴るのを感じながら歩み寄った。
「須崎先生……覚えてますか、俺のこと」
先生はにやりと笑い、即答した。
「当たり前だ。授業中に机を叩いて騒いでいた問題児を忘れるはずがない」
周囲から笑いが起きる。後藤も苦笑しつつ頭を下げた。
「確かに、あの頃はどうしようもない奴でした。でも……あの時先生がよく言ってた言葉、覚えてますよ」
須崎先生が少し目を細める。
「……ほう、どの言葉だ」
「『一度問題を起こすのは馬鹿者。二度問題を起こすのは大馬鹿者』ってやつです。あの頃は反発してばかりでしたけど……今思えば、あの言葉に何度も救われた気がします」
「……あの言葉を覚えていたか。正直なところ、授業で繰り返していた自分でも『本当に届いているのか』と不安だった。だが、お前の中に残っていたのなら、それだけで十分だ」
先生は目を細め、ゆっくり頷く。
「それにもうお前は“馬鹿者”じゃない。社会を支えてる立派な大人だ」
「確かに、あの頃はどうしようもない奴でした。でも……今はトラックドライバーやってます。娘も生まれて、ようやく少しはマシになったかなって」
須崎先生の表情がふっと柔らかくなる。
「そうか……。いいか、後藤。トラックドライバーは物流を支える立派な仕事だ。君が社会を動かす一員になっていることが、私は本当に嬉しい。
それに――父親になったか。子どもを持つというのは大きな責任だが、同時に何よりも強くしてくれる存在だ。胸を張れ、後藤。娘さんにとって誇れる父親であり続けなさい」
その言葉に、後藤の胸の奥が熱くなった。
誰からも言われなかった“誇っていい”という言葉が、真っ直ぐに心へ届いたのだ。目には涙が浮かんだ。男だからこそ泣いてはダメだと思ったが、恩師の言葉に思わず涙を流した。
そこへ倉野も歩み出る。
「先生、俺も教師になりました。先生みたいに、生徒に真剣でありたいと思って」
「ほう……倉野が教師とはな」
「教師の仕事は大変です。でも生徒達のために尽くして立派だとわかりました」
須崎先生は、会場を見渡しながら深く息を吸った。
「……こうしてまたお前たちと会えたことを、私は本当に誇りに思う。
私は教師として、時に厳しく、時に温かく接してきたつもりだが……正直、うまくいったのかどうか、ずっと自信はなかった。だが今日、社会で頑張っているお前たちの姿を見て、胸を張って言える。“教師をやってきて良かった”とな」
一拍おいて、須崎先生は穏やかに笑みを浮かべる。
「お前たちはもう立派な大人だ。だが、これからも悩んだり、つまずいたりすることはあるだろう。その時は、この同窓会や仲間、そしてここで学んだ日々を思い出せ。支えてくれる人は、必ずそばにいる」
会場は静まり返り、やがて大きな拍手が鳴り響いた。
後藤は目頭を熱くしながら、隣の倉野と頷き合った。
須崎先生の言葉は、二十年の時を経てもなお、教え子たちの心を照らし続けていた。