詐欺と戦う男2(スカッと系)
今回は笹島誠という詐欺と戦う男の話の続編です。
ライフエッジ株式会社が摘発されてから、数週間が過ぎた。
笹島誠の朝は、いつものようにスマホでニュースをスクロールするところから始まった。
一つ目の記事の見出しに目が留まる。
「死神ドローンで話題のYouTuber、撮影中に消息を絶つ」
再生ボタンを押すと、黒い外骨格のようなドローンで吊るした死神を模した骸骨マスクと黒い布が公園を飛び回る映像が流れる。画面の奥から不気味が影が迫り、最後にカメラに何か言いかけた瞬間、映像は暗転した。それ以来、彼の姿は確認されていないという。
スクロールを続けると、次の見出しが現れる。
「偽りの成功者、金梨直樹が消息断つ インスタで豪遊演出か」
高級ホテルのスイートルームでワインを掲げる金梨の写真が並ぶが、記事によれば実際の彼は都心から遠く離れた木造アパート暮らしで、背景も料理写真もすべて借り物や転載だったという。最後の配信中、取り立て屋の声が入り込み、画面がブラックアウトして以降、消息は途絶えた。
「スーパーで“爆発する!”と叫んだ中年男性 騒動に」
セルフレジの操作を誤っただけにもかかわらず「店が爆発する!」と絶叫し、買い物客を困惑と爆笑の渦に巻き込んだ事件だ。未会計の商品が原因でアラームが鳴っただけだったが、SNSでは「#セルフレジ恐怖症おじさん」として拡散されていた。
そしてもう一つ。
「謎の人形で自宅倒壊か? 転売屋の男、消息不明」
街外れのアパートが倒壊し、瓦礫の中からは数百体に及ぶ日本人形が発見された。近隣住民によれば「毎晩トラックで荷物を運んでいた」「窓から人形がはみ出していた」と証言。住人の松原という男の行方は依然不明だという。
笹島はスマホを置き、コーヒーを一口すする。
「世の中、妙なやつばかりだな……」
そう呟いた瞬間、机の上のスマホが震えた。
表示された名前は“大村”。
通話ボタンを押すと、いきなり大村の弾んだ声が飛び込んできた。
「笹島さん! 俺、すごい女性と繋がったんだよ!」
あまりに唐突で、笹島は思わずコーヒーをむせそうになった。
「は? 朝っぱらから何言ってんだ」
「聞いてくれよ。相手は海外在住のモデルで、慈善活動とかもやってるんだ。インスタのフォロワーが10万人以上! しかも俺のこと“ソウルメイト”だって言ってくれるんだぜ」
笹島は眉をひそめる。
「……お前、それ、どこで知り合った?」
「国際交流アプリ! 向こうから“あなたの優しい笑顔に惹かれました”ってメッセージが来たんだ」
その瞬間、笹島の脳裏に嫌な予感がよぎった。
あまりにも典型的な、あのパターン――。
数日後、笹島は大村の様子を確かめるため、なごみ亭で会うことにした。
昼時の暖簾をくぐると、カウンターの奥から元気な声が飛んでくる。
「いらっしゃいませー!」
出迎えたのは宮中麻衣。
悪質クレーマーを笑顔で撃退する“なごみ亭の番人”として地元では知られた存在だ。
以前、笹島が酔っぱらった客に絡まれたときも、間に入ってきっぱり一言で黙らせたことがあった。
「おや、笹島さんじゃないですか。お久しぶりです」
「おう、宮中さん。相変わらず元気そうだな」
「おかげさまで。今日はお友達と?」
軽く会釈を交わし、案内されたテーブル席には、すでに大村が座っていた。
妙に浮かれた表情で、スマホを握りしめている。
笹島が席に着くやいなや、大村は身を乗り出してきた。
「笹島、聞いてくれよ。俺、すげぇ女性と繋がったんだ」
そう言ってスマホの画面をこちらに向ける。
そこには、外国人と思しき長い髪の美女のプロフィール写真。背景は高級ホテルのラウンジらしい。
「ほら、見てくれ。このやり取り」
トーク履歴をスクロールしていく大村。
──Hi, my dear. I’m so happy to know you.
──Your smile makes my heart warm.
──I wish I could walk with you on the beach someday.
絵に描いたような、翻訳アプリ経由の甘ったるい文章が並んでいる。
さらに、送られてくる自撮りはどれもプロカメラマンが撮ったような完璧な構図だ。
「な? めっちゃ美人だろ? 俺、この人のこと本気で…」
大村は頬を赤らめながら、画面を見つめている。
笹島は、内心でため息をついた。
──これは典型的な“やべぇやつ”のパターンだな。
大村が「次は彼女の国まで行って…」と夢見がちな口調で語り出したところで、笹島は湯呑を置き、低い声で言った。
「お前、ネズミ講やめたと思ったら、今度は国際ロマンス詐欺か?」
大村の笑顔が固まる。
「は? いや、そんなわけ…」
「そのやり取り、全部テンプレだ。写真もどこかのモデルの使い回しだろうな。お前、もう目ぇ覚ませ」
笹島は大村からスマホを受け取り、女性とのチャット画面を開くと、ゆっくり文字を打ち込んだ。
──国際ロマンス詐欺なの、わかってますよ。
送信ボタンを押すと、数秒の沈黙のあと、画面右上に「ブロックされました」の表示が浮かんだ。
「ほらな」
笹島がスマホを返すと、大村は肩を落とし、情けない笑みを浮かべた。
笹島はため息をつき、テーブルに肘をついて語り始める。
「国際ロマンス詐欺ってのはな、SNSやマッチングアプリでモデルみたいな写真を使って接近し、甘い言葉で信じ込ませる。で、病気だとか事故だとか投資話とか、金が必要になる理由を作って送金させるんだ。ターゲットは恋愛経験が浅いか、人をすぐ信じる奴。……つまり、お前みたいなタイプだ」
「……ぐっ」
大村は顔をしかめたが、反論はできなかった。
「目ぇ覚めたか?」
しばしの沈黙の後、大村は苦笑してうなずいた。
「……ああ。今度こそ、もう騙されねぇよ」
笹島は心の中で(フラグ立ったな)と呟き、冷めかけた味噌汁を啜った。