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捨てても戻ってくる人形(笑える系)

増える人形

松原、三十代半ば。

定職にはつかず、その日暮らしに近い生活を送っているが、本人にとってはそれが性に合っていた。

「金になることなら何でもやる」――それが松原のモットーだ。


ネットオークションやフリマアプリを駆使しての転売はもちろん、知り合いの店の手伝いや、不用品回収を装った中古品あさりも日常茶飯事。

利益にならないことには一切手を出さないが、儲け話の匂いがすれば、夜中だろうと電車で数時間かけて駆けつける。


そんな松原が足を踏み入れたのは、街外れにある古道具屋「あやし堂」だった。木製の引き戸を開けると、鈴の音がカランと響く。薄暗い店内には、古びた家具や埃をかぶった置物、何に使うのかわからない金属の道具が所狭しと並んでいる。


 カウンターの奥で帳簿をつけていた白髪交じりの店主が、顔を上げた。

「いらっしゃい」


 松原は、軽く会釈してカウンターに近づく。

「何か、いい物ないですかね。できればちょっと珍しくて……高く売れそうなやつ」


 店主は顎に手を当て、店内を一巡り見渡した。

「ふむ……ああ、そういえば先週までは面白い物があったんだがな。等身大の女の子の人形だ。だが、それはもう別のお客さんが買っていったよ」


 松原は、わずかに眉をひそめる。

「へぇ……そういうの、ちょっと興味あったんだけどな。じゃあ、今あるもので何かありません?」


 店主はにやりと笑い、背後の棚に視線を向けた。


 店主が手に取ったのは、古びた木箱だった。箱の表面は煤け、角は擦り減っている。

 松原は無意識に身を乗り出す。こういう“古そうな”雰囲気は、出品時の写真映えがいい。


「これなんかどうだ?」

 店主がゆっくりと木箱の蓋を開けると、中には膝丈ほどの女の子の人形が収まっていた。白いワンピースを着たその姿は、妙に生々しい。長い黒髪が乱れ、ガラスのような瞳は一点を見つめている。


「……人形?」

「そうだ。ただし、この人形にはちょっとした“特徴”があってな」

「特徴?」


 店主は目を細め、声を潜めた。

「手放しても、必ず戻ってくるんだ」


 松原は思わず吹き出した。

「何それ、怪談ですか? まあ売れればどうでもいいですけど」

「いや、本当に戻ってくる。前に持っていった客も、数日後には玄関先に立っていたそうだ」


 松原は半分呆れ、半分興味をそそられた。

「……じゃあ、その人形、いくらで?」


「安くしとく。といっても1万円。だが、くれぐれも覚えておけ――必ず戻ってくる」


 松原は、その言葉を軽く聞き流しながら、財布を取り出した。


 松原は人形を抱えて帰路についた。

 改めて明かりの下で見ると、その造形は妙に精巧だった。肌の質感や指先のしわまで作り込まれ、ガラス玉のような瞳がこちらを追ってくるような錯覚を覚える。


「……不気味だな、これ」

 独りごちて、部屋の隅に置く。


 翌日、松原はさっそく街のリサイクルショップへ向かった。

 店員は人形を見るなり、少し渋い顔をしたが、最終的にわずかな金額で買い取ってくれた。

「まあ、この程度の値段か……」

 松原は肩をすくめ、店を後にした。


 夕方、自宅に戻ると――松原は玄関先で足を止めた。

 そこに、昨日の人形が立っていたのだ。しかも、ひとつではない。


 二体。

 並んで、同じ白いワンピース、同じ髪型、同じ無表情でこちらを見つめている。


 松原は言葉を失った。

 やがて、ぞくりと背筋を冷たいものが這い上がる。


翌朝、松原は意を決して二体の人形を袋に入れてリサイクルショップへ向かった。

 昨日とは別の店舗だ。

 店員が怪訝そうに人形を見回し、「状態は悪くないですね」とだけ言って、ふたつ合わせて二千円の値をつけた。


「ほぉ……」

 松原は思わず口元をほころばせる。昨日は一体千円だった。それなら――二体で二千円。倍だ。


 帰宅後、玄関を開けた松原は、もう驚かなかった。

 そこには四体の人形が、まるで帰宅を待っていたかのように並んでいたからだ。


 松原は腕を組み、にやりと笑う。

「これ……もしかして、金のなる木どころじゃないぞ」


 彼の脳内で、計算がはじまる。

 今日二体売ったから四体、明日四体売れば八体、さらに翌日には十六体――。

 売れば売るほど、手元には倍の在庫が戻ってくる。しかも仕入れゼロ。


「すぐ元取れるどころか、すぐ大儲けじゃねぇか!タワマン住むのもクルーズ船乗るのもプライベートジェットも夢じゃないぞ」

 松原の野心は一気に膨れ上がった。


 その夜、彼は人形たちを見下ろしながら、電卓を叩き続けた。瞳の奥には、もう不気味さに怯える色はなく、札束の幻影だけが輝いていた。


松原はその日も、朝からオークションとフリマアプリで人形を売りまくっていた。

「へっへっへ……これだけ売れば、今日はもう焼肉食い放題だな」


 だが夜になり、部屋に戻った松原は言葉を失った。

 売ったはずの人形が、売却数×2の勢いで戻ってきている。


 畳は見えず、押し入れは満員御礼、風呂場も人形で湯船が埋まり、冷蔵庫を開けても人形の顔。

 さらには天井から吊り下がってくるやつまでいる。


「……まぁ、狭いけど住めなくは――」


 ガシャァン!

 突然、窓ガラスが割れ、人形が外からも流れ込んできた。

 バキバキッ!ドゴォォン!

 今度は玄関ドアも壁も突き破ってくる。


 松原は必死に逃げ回るが、人形の雪崩に飲まれ、家全体がギシギシと傾いて――


 ズドォォォン!

 ついに倒壊。


 瓦礫と人形まみれになった松原は、空を見上げて叫んだ。

「もう人形なんて……嫌じゃあああああ!!!」


 こうして街外れに、更地と大量の人形だけが残された。


終わり

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