第9話
東京都の霞が関、内閣府が入所する中央合同庁舎第8号館。
大多数の公務員の例に漏れず、ここに勤める職員もゴールデンウィークは一応休日ということになっている。しかし国家公務員というのは常日頃から多くの仕事を抱えており、ましてや今は通常国会の会期中ということもあり、休日の朝から職員が登庁するという光景も珍しいことではない。
そんな休日出勤する職員の中に、内閣府の組織の1つである“怪人対策局”に所属する女性職員・三澤の姿もあった。途中のコンビニで買ったサンドイッチとペットボトルの入った袋を片手に、普段よりもラフな格好で庁舎へと歩いていく。
「あっ、広瀬先輩!」
と、その庁舎の入口に今まさに入ろうとしていた先輩の男性職員・広瀬の後ろ姿を見掛け、三澤は明るい声で彼を呼び止めた。その声に反応して彼の足がピタリと止まり、笑顔で駆け寄ってくる彼女を無表情で出迎える。
「先輩も休日出勤ですか?」
「まぁな。そっちは――あぁ、例のイベントか」
ヒーローを身近な存在に感じて活動への理解を深めてもらうため、怪人対策局では日本各地で広報イベントを定期的に開催している。三澤がその中の1つの企画に携わっているのを思い出して広瀬が口にすると、彼女はその笑顔を若干曇らせて頷いた。
「イベントに参加してくれるヒーローの選定に時間が掛かってまして。知名度の高いヒーローに来てもらった方が集客も見込めるんですが、そういう人は大体スケジュールが埋まってるんですよねぇ」
「タレント業も兼任するようなヒーローだとそうなるだろうな。向こうとしても、そちらの方が知名度の向上に繋がると考えるだろう」
広瀬の言葉に、三澤も頷いて同意した。こういったイベントに参加すると日当という形で報酬が出るとはいえ、民間企業の出すギャラの方がよっぽど高額でメディアへの露出度も高いため、知名度の高いヒーローほどそういったイベントには消極的なのである。
と、本当に困った様子の三澤に、広瀬が思案するように視線を逸らし、そして彼女へと向け直す。
「今回君が担当するイベントは、言い方は悪いがそれほど大規模なものではない。ならば今回はある程度割り切って、知名度こそ低いものの注目を集めそうなヒーローを選定してみるのも良いんじゃないか?」
「注目を集めそうなヒーロー、ですか……」
「そうだ。例えば最近世間の注目を集めた任務に関わった者や、普段そうしたイベントに参加しない者。あるいは期待の新人といった――」
「あっ!」
広瀬が具体例を列挙していると、突如三澤が思いついたとばかりに大声をあげた。
それまで無表情だった広瀬が、ほんの少しだけ目を見開いて息を詰まらせる。
「……どうした?」
「ほら、この間ヒーローになったばかりのあの子ですよ! あの子ならこの前の連続女児殺人事件解決の立役者ですし、期待の新人として紹介するにも最適じゃないですか!?」
「成程な……」
主語を意図的にぼかした三澤の提案を、広瀬は勘違いすることなく受け取った。ちなみに“あの子”とは、注釈するまでもなく勇気のことだ。もし彼のヒーロー名が既に決まっていたのなら、わざわざ周囲の耳を気にして遠回しな表現をする必要も無かっただろう。
我ながら妙案だと笑みを深くする三澤に対し、広瀬の表情は(ほとんど無表情なのを差し引いても)あまり芳しくない。
「本人が引き受けるかどうかは別にして、話を持ち掛けるのならしばらく後の方が良い。今日からしばらくの間、彼はブラックスパイダーの指導の下、実技研修を受けることになっているからな」
「あぁ、そっかぁ。確かにそんなこと言ってましたねぇ。――えぇっと、ブラックスパイダー? 聞いたことない名前ですねぇ」
三澤はそう言いながらスマホを取り出し、ネットで調べ物を始めた。彼女はまだ対策局に異動して浅くヒーローの知識もあまり無いため、こうして知らない名前が出てきたときは即座に調べるようにしている。
ちなみにその際に利用するのは、対策局のホームページではなく有識者が作成する非公認wikiである場合が多い。前者の場合は名前や所属チームなど基本的な情報しか載っていないが、wikiだと過去に参加した任務や昇任の年表なども詳しく載っているので重宝されるのだろう。
もっとも今回の場合、その目論見も空振りに終わるのだが。
「ってこれ、ほとんど情報が無いじゃないですか。チームも組まずどこの企業にも所属していないってこと以外、活動開始時期すら知られてないって逆に凄いですね」
「全てのヒーローが、一般人の目に留まる形で活躍しているとは限らない。街中で怪人と戦うばかりがヒーローではないということだ。――勿論、実力は申し分無い。階級も4級だ」
広瀬が口にした級数に、三澤も目を丸くして驚きを露わにした。
ヒーローとして活動する者に必ず与えられる階級は、日本では8段階に分けられている。4級と聞くと半分より下だからと大したこと無いかのように思われるが、他チームと合同で任務に当たる際に現場責任者として指示を出せる立場となる。4級以上のヒーローは全体の1割にも満たないことも踏まえると、それだけの経験を積んだ実力者であることは想像に難くない。
「ところでその実技研修って、いつまで行われるものなんですか?」
「そこは不明だ。最終的に妖精を介してのチェックが入るとはいえ、内容も期間も基本的に講師に一任されている。それにブラックスパイダーの場合、以前はこういった講師の仕事も断っていたんだ。だから今回が初めてで、どれほどの期間を掛けて行うつもりなのかも分からない」
「えっ、そうなんですか? それなら、なんで今回になって引き受けたんでしょうね?」
「さぁな。ただ――」
広瀬は一瞬だけ何かを迷う素振りを見せたが、すぐにそれを止めて口を開いた。
「彼の講師に関しては、向こうから名乗りを上げたらしい」
* * *
ブラックスパイダーと名乗る黒ずくめの女性(本名は名乗らなかったので、便宜上ブラックと呼称する)に連れられて勇気がやって来たのは、彼女と戦った河川敷から少し離れた住宅街にポツンとある純喫茶だった。
とはいえ、純喫茶と聞いて思い浮かべるイメージとは離れた内装だ。どうやら元々バーだった物件を居抜きで借りたようで、奥に細長い空間の大半がグラスなどを並べた棚を背にしたバーカウンターで占められている。奥にはテーブル席が2つほど設置されているが、全て合わせても20席も無いような小さな店である。
純喫茶というだけでもハードルが高いのにバーのような見た目をしているとなると、未成年である勇気はどうにも入るのに抵抗が生まれてしまう。しかし彼女がさっさと奥のテーブル席に進んでいくのを見て、心の中で「よし」と気合を入れてから店の中へと足を踏み入れた。
「奥の席、借りるわね」
ブラックの呼び掛けに、カウンターの中でグラスを磨く店主らしき男性(ロマンスグレーの髪を丁寧にセットしたお洒落なご老人だ)は黙って小さく頷いた。
時刻は午前10時を少し回った頃であるが、現在店の中は勇気と彼女を除いて客が誰もいない。だからこそ、あまり聞かれたくない話をするにはもってこいの場所に思われた。
勝手知ったるといった感じでソファーに腰を下ろしたブラックは、テーブル脇のスタンドから手書きのメニュー表を手に取ると、ページを捲った状態で正面の席から見えるよう回転させてテーブルに置いた。
「遠慮しないで、何でも好きな物を頼んで良いわよ。さっきのお詫びも兼ねてるから」
「はぁ……。それじゃ、遠慮無く」
ブラックの言葉にそう返事する勇気ではあったが、昼食とするには時間的に中途半端なこともあり、とりあえずオレンジジュースとティラミスを所望した。
一方彼女は朝ご飯を抜いてきたらしく、トーストしたパンにローストビーフ・レタス・トマト・マヨネーズを挟んだクラブハウスサンドを注文した。ホットコーヒーと合わせてまさにカフェの定番と呼ぶべき組み合わせだが、大人っぽい美人系の女性がボリューミーなサンドイッチに齧り付く光景を目の前に、勇気は思わずティラミスを口に運ぼうとしていた手を止めて見入ってしまう。
「それじゃ、食事しながらだけど研修の説明をするわね」
「は、はい。よろしくお願いします」
そんなタイミングでの呼び掛けに勇気は咎められたかのような心地となり、頭を下げるその動作に動揺が入り混じるのを隠せなかった。
とはいえ彼女にそんな思惑は無く、勇気のそんな姿にむしろ首を傾げていた。
「今回の研修はヒーローとなって間も無い新人向けに行われる、一人前のヒーローとして活動していくに当たって最低限の知識や技能を身に付けてもらうための実践的な訓練になるわ。本人の希望する活動方針に沿って、講師である私が内容も期間も決めることになってるの」
「活動方針、ですか……」
「そう。少し前にやったオンライン研修で、大体の仕事内容は聞いてるでしょ? あれを聞いて、どんな任務を主にやりたいとかって希望はある?」
「えっと、すみません。あんまりそういうの考えてなくて……」
申し訳なさそうな表情でそう答える勇気に、ブラックはふむと顎に指を添える。
「さっき戦ったとき、結構動けてたわね。やっぱり普段からヒーローを目指して戦い方とか勉強してたのかしら?」
「いやいや、そんな勉強なんて。ヒーローなんてピョン吉と出会うまでなろうとも思ったこと無いですし……」
「そうなの? 正式にヒーローになる前に能力を貰って怪人と戦ったくらいだから、そういうのが大好きなのかと思ってたけど」
「いやいやいや、違いますって! 怪人と戦ったのだって、子供の悲鳴を聞いて駆けつけたら偶々いたから成り行きでって感じですし」
ブンブンと勢いよく首を横に振って否定する勇気に、ブラックは彼に向ける目に同情的な雰囲気を含ませた。
「成程ね。怪人と偶々出くわしたせいで、その場凌ぎでヒーローとならざるを得なかったと」
「あ、いえ、実際にヒーローの能力を貰ったのはもっと前なんですけど」
「――――えっ?」
それまで落ち着きのある大人の女性という印象の強かったブラックが、初めて目を見開いて驚きを露わにするという素の感情を見せる仕草をした。
「私が軽く聞いた話だと、目の前にいる犯罪者を捕まえるためにピョン吉から能力を受け取ったと聞いたんだけど」
「えっと、確かにそうなんですけど……。その犯罪者って連続殺人犯の方じゃなくて、街を歩いていた女性から鞄を奪って逃げていた引ったくりの方でして……」
「――ピョン吉、いるんでしょ?」
「いるピョン!」
ブラックが目つきを鋭くして辺りに呼び掛け、そしてそれに応じたピョン吉がテーブルの上にポンッと小さな音と煙をたてて姿を現した。
勇気が咄嗟にカウンターの店主に視線を向けるが、彼は店に入ってきたときと変わらずグラスを磨いているだけでこちらに意識を向けている様子も無い。もっとも店内は狭いので、先程までの2人の会話も聞こうと思えば普通に聞けたはずだ。それでもブラックが店主に注意を向ける様子が無かったことから、もしかしたら店主は元々それなりに事情を知っているのかもしれない。
「あなた、何を考えてるの? 本人の許可無く能力を与えたことだけでも問題だっていうのに、その理由が引ったくりを捕まえるためだなんて……」
「引ったくりだって立派な犯罪だピョン」
「そういう話をしてるんじゃないの。あなた達妖精はヒーローに力を与えてサポートするのと同時に、ヒーローとなるべき人物を見極める役割も果たしているのよ。そんな存在が、特に差し迫った理由も無く濫りに能力を与えて良いと思ってるの?」
「それなら大丈夫だピョン。勇気は誰よりも立派なヒーローになれるって確信してるピョン」
ピョン吉の言葉に、ブラックの鋭い目が勇気へと向けられる。
ビクンッと肩を跳ね上げて顔を強張らせる勇気の姿に、彼女は大きな溜息を吐いた。
「……ヒーローなんて、いつ取り返しのつかない大怪我を負うか分からないわ。それこそ、そのまま死んでしまうことだって普通に有り得る。そんな仕事が、成り行きで巻き込まれただけの一般人に務まるとは――」
「あっ、あのっ」
遠慮がちに、しかしハッキリと彼女の発言を遮った勇気は、再び鋭い目を向けてくる彼女をまっすぐ見据えて口を開いた。
「確かに最初は巻き込まれた形ですけど、怪人に襲われてる子供を助けようと思ったのも、こうしてヒーローになることを決めたのも、最終的には自分の判断ですので……。あの、心配してくださって凄くありがたいんですけど……」
最初は真剣な表情だったものの途中で照れが入ったのか、勇気はニヘッという擬態語が似合う緩い笑顔を浮かべてそう締め括った。しかし彼がけしてふざけているわけではないことは、今も逸らされること無くブラックへとまっすぐ向けられたその目が如実に物語っている。
それを感じ取った彼女は、1つだけ質問をぶつけることにした。
「あなたは、どうしてヒーローになろうと思ったの? 最初はピョン吉に巻き込まれたとはいえ、拒否してしまえばそれ以上無理強いすることはできないのに」
「この能力で誰かを助けられるかもしれないときに、後悔したくないからです」
まるで最初から答えを用意していたかのように、勇気の返答には一切の間も迷いも無かった。
「――――そう、分かったわ」
勇気の返答を受けて、ブラックは食べかけとなっていたサンドイッチに手を伸ばした。それを口に放り込む勢いで食べ進め、若干温くなったコーヒーで流し込んでカップをソーサーに置いた。
「クモ次郎」
「おう」
彼女が呼び掛けた瞬間、そのカップのすぐ脇でポンッと小さな音が鳴り、全体的に丸々と可愛らしくカラフルな蜘蛛の妖精が姿を現した。
「私の相棒、クモ次郎よ」
「よろしゅうな、ボウズ。んで、ワイを紹介するってことは、ボウズがヒーローになるのを認めたってことか?」
「保留ってだけよ。怪人と戦いたいだけの命知らずってわけでもなさそうだしね。――とはいえ、この研修の結果次第では対策局にクビを打診することも有り得るってのは憶えておきなさい」
「はい、よろしくお願いします」
引き締まった表情で深く頭を下げる勇気と、そんな彼の頭上をフワフワ漂いながら勝ち誇るような笑みを浮かべるピョン吉。
そんな彼らにブラックは僅かに目を細め、しかし瞬きするように一瞬目を閉じることで気を取り直し、伝票を手に取って席から立ち上がった。
「それじゃ、今日のところは解散ね」
「あれっ、今から始めるわけじゃないんですね」
「熱心なところ悪いけど、今日は単なる顔合わせのつもりだったのよ。実際どんなヒーローを目指してるのかも分からなかったし」
ブラックの言葉に、勇気が得心したように頷いた。
「内容が決まったら、クモ次郎を通してピョン吉に伝えるわ。妖精は独自の連絡手段を持っていて、私達ヒーローが情報を遣り取りするときは妖精を介するようにしているの。スマホとかの連絡先を交換しなくても済むようにね」
「分かりました」
勇気が返事をして席から立ち上がるのを確認し、ブラックはカウンターの店主に目配せした。彼はグラスを磨いていた手を止め、入口近くのレジへと歩いて行く。
誰も座っていないカウンター席の後ろを通りながら、ブラックは思案する。
――さてと、研修の内容はどうしたものかしらね。本当は怪人が起こした事件とかあれば分かりやすいんだけど、そうそう都合良く起こるものじゃないし。
* * *
“眠らない街・東京”という言い回しがあるが、それはあくまで繁華街など深夜に営業する店が密集する地域に限った話。それ以外のオフィス街や住宅地といった場所はコンビニなどを除いてほとんどの店が閉まっているし、街の人々のほとんどは電気を落として夢の世界に旅立っている。
都内屈指のベッドタウンである七姫市も、終電の時間が近づくにつれて昼間の喧騒が嘘かのように町全体が静まり返っていく。多くの人々がそこにいるはずなのに、まるで誰もがこの世界から消え失せてしまったかのような錯覚に陥るほどだ。
「うっしゃあ! もう1軒行くぞ、もう1軒! 今日は朝までとことん呑みまくるんだぁ!」
そんな静寂を打ち破る大声でそんなことを叫ぶ、アルコールで顔を紅く染めて上機嫌な様子の中年男性。
「ちょっと先輩。いくら奥さんと喧嘩して家に帰りづらいからって、俺まで巻き込まないでくださいよ」
そしてそんな彼を、おそらく職場の後輩であろう若い男性が肩で支えながら住宅地の大通りを歩いていた。外灯の明かりが2人を照らし、ほとんど1つに合わさった長い影がユラユラと大きく揺らめいている。
「何だと!? 俺が若い頃は、先輩が呑むと言ったら絶対で――」
「アルハラで訴えますよ」
「……よぅし! だったら締めのラーメン食いに行くぞ! 酒の最後はラーメンと日本の法律で決まってんだ!」
「ありませんよ、そんな法律。というか、ここまで来たんですから大人しく家に帰りましょうよ」
「何だよ、つれないなぁ! 家でも職場でも俺は独りですってかぁ!」
「わざわざこうして付き合ってあげてるでしょ――あぁもう、裾が濡れちゃいますよ」
肩を支える後輩の腕を振り払い、先輩の男は覚束ない足取りで薄暗い歩道を走り始めた。その途中、昨日の雨でできた水溜まりに思いっきり足を叩きつけ、バシャリと水面が大きく跳ねる。
しかし酔っ払いの足で遠くまで走ることなどできるはずもなく、先輩の男はバランスを崩して公園脇にあるゴミ捨て場へとそのまま突っ込んでいった。
「あぁもう先輩、何してんですか」
幸いにも、と表現して良いか分からないが、明日は(時間的にはそろそろ今日になるが)可燃ゴミの日だからか既にゴミをパンパンに詰めた自治体指定のゴミ袋が多く積まれており、大きな音をたてて派手に転んだ割には怪我1つしていなかった。唸るような声をあげてそのままゴミ捨て場に寝そべる輩の男に、後輩の男は呆れ果てた様子で彼の手首を掴んで引っ張り上げる。
「……何だこれ?」
と、そんな遣り取りの最中に、後輩の男はふと“それ”を見つけた。
ゴミ袋に紛れていたそれは、ガラスのような素材でできた掌サイズの球体だった。無色透明ならば占いで使う水晶玉にも見えただろうが、その球体は赤く色付けされているため占いで使うには不釣り合いな代物だ。
興味を惹かれたのか、後輩の男はそれをヒョイと拾い上げて眼前に持って来た。最初は単純に赤色のガラスを使ってるのかと思ったが、よく見たら無色透明のガラス(のようなもの)でできた容器の中に赤い煙が充満しているように見える。
そもそも何故こんな物が可燃ゴミに紛れているのか、と彼が首を傾げていると、
ぴしっ――。
「えっ――」
特に力を込めていないにも拘わらず、球体の表面に深々と亀裂が走った。
透明な球体に詰まっていた真っ赤な煙が、亀裂の隙間からドロリと漏れ出した。
その“何か”が外の空気に触れ、途端に眩い光を放ち始める。
「ちょ――」
そして次の瞬間、膨大な熱と炎を伴って、それが炸裂した。
『続いてのニュースです。昨夜未明、東京都七姫市内にある5ヶ所のゴミ捨て場にて同時に火事が発生、複数人が火災に巻き込まれて重傷を負うという事件がありました。近所に住む人の話によると、激しい音と共に突然炎が上がったという証言もあり、警察は何かしらの理由で爆発が起き、それが近くのゴミに引火したと見て捜査を進めています』