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第7話

 ゴールデンウィーク初日、時刻は朝7時を少し回った頃。

 冬の頃だとまだ太陽が昇り始めたばかりで薄暗く、天気によっては夜と見紛うほどに暗いときもある時間帯だが、この季節になると既に太陽もとっくに顔を出して昼間と変わらぬ明るさで街を照らし、肌寒さも感じないほどに気温も上がっている。朝早くから外に出て何かをするにも、この気温ならば苦になることは無いだろう。


「ほら勇気、自分から参加するって決めたんだからシャキッとしなさい」

「そう言われても、眠いもんは眠いんだよ……」


 しかしそれは、あくまで気温の話。そもそも休日に遠出もしないのに早起きすること自体が一種の苦痛であり、そしてそれはゴミ拾いのボランティアに参加することを自主的に決めた勇気とて変わらない。


「朝早いのを分かってて夜遅くまでゲームをしてるのが悪いピョン! ヒーローたる者、いつ如何なる時も常に万全の体制を整えておくのが重要だピョン!」

「ピョン吉ちゃんの言う通りよ、勇気。――はい、朝ご飯ね」

「ワーイだピョン!」


 勇気の頭上からいきなり姿を現して説教してくるピョン吉に、母親は驚くどころか同意を示し、そしてテーブルの上に置かれた朝ご飯を勧めてきた。ちなみにメニューはトースト、スクランブルエッグ、キャベツとハムのサラダ、そしてオレンジジュース。隣に置かれた勇気のそれと、内容だけでなく量すらもまったく一緒である。

 広瀬達がこの家にやって来てヒーローの説明をする際に自身の存在を母親に明かしたピョン吉だったが、それ以来彼はこの家で勇気の弟的なポジションを得て普通に接するようになり、それどころかこうして食事も一緒に摂るようになっていた。


「てかさ、ピョン吉って普通の人間の食事って大丈夫なの?」

「今更だピョン! ボク達は自分でエネルギーを作れるから、本来は食事は必要無いんだピョン。でもエネルギーの変換はできるし人間の食事は美味しいから、ほとんど道楽みたいな感覚で食べてるピョン」


 ピョン吉はそう言うと、こんがり焼けたトーストを口で引き千切りモグモグと咀嚼する。体の大きさからして量が多いように思えるが、今までの生活でこの程度はペロリと平らげるのを何度も見ているので今回も難なく完食することだろう。

 見るからに幸せそうな笑顔とオーラを振り撒く背中から羽の生えたウサギの妖精に、母親も「急がないでゆっくり食べなさいね」と慈愛に満ちた笑顔を向ける。


「…………」


 今更母親を取られて嫉妬するような年齢ではないが、正体不明の妖精が普通に家族に入り込んでいる光景には色々と複雑な気持ちになる思う勇気であった。



 *         *         *



 午前8時より少し前。

 集合場所である学校近くの公園に着くと、生徒会長である遠原和美と生徒会のメンバー、勇気と一緒に自主的に参加を申し出た清春、そして今回一緒にゴミ拾いをする近所の町内会の会員達も既に集まっていた。

 もしかして遅刻か、と勇気が早足で和美と清春の傍へと駆け寄る。


「おう勇気、おはよ」

「ゴメン、もしかして遅れた?」

「いいえ、大丈夫ですよ。皆さん、いつも早めに来てお喋りするのが習慣なので」


 和美の言葉に勇気はホッと胸を撫で下ろし、生徒会の面々に軽く挨拶する。既に何度も一緒にボランティアをやって顔見知りであるため、皆が軽く手を挙げたり笑顔を向けたりとフレンドリーだ。

 そうして今度は、町内会からの参加者に目を向ける。彼らは性別こそ半々の比率だが、年齢層は40代から70代と比較的高めだ。もし生徒会や勇気らの参加が無かったら、体力が必要な場面など困ったことになっただろう。


「かずみちゃん、おはよー!」

「あら、おはようハナちゃん。お母さんは一緒じゃないの?」

「おかあさん、かぜひいちゃったの」

「あらら、だから今日は1人なのね」


 唯一の若い世代も、最近小学校に進学したばかりだという少女・ハナくらいだ。どうやら和美とは以前から知り合いらしく、とても親しげな様子で和美へと駆け寄り腰に手を回して抱きついてきた。

 と、そんなハナが和美の傍にいる勇気と清春の存在に気付き、2人と和美との間で視線を行ったり来たりさせる。

 いったい何だろう、と勇気達が揃って首を傾げていると、


「皆さん、おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございまーす!」


 ボランティアを取り仕切っていると思われる柔らかな雰囲気のお婆さんが挨拶を始め、他の参加者が一斉に挨拶しながら頭を下げた。勇気・清春・和美の3人は一瞬遅れて慌てて頭を下げ、そして最後にハナが元気良く挨拶を返す。


「今日はこの公園を中心として、駅前広場までの通りを一通り見て回る感じになります。1人につき袋を2枚渡しますので、燃えるゴミとそれ以外のゴミで分けて集めて、それ以外のゴミは集積所で分別をお願いします」

「はーい、わかりました!」

「はいハナちゃん、良いお返事ですね。――あんまり長くやっても疲れるでしょうし、9時には終わるように頑張っていきましょう。それでは、宜しくお願いします」

「お願いします」

「おねがいしまーす!」


 こうして、ゴミ拾いのボランティアが始まった。





 学校の最寄りで、この町の玄関口でもある駅の入口前は、車が移動するためのロータリーとは別に歩行者だけが立ち入れる広場が広めに取られている。色取り取りの舗装ブロックを組み合わせたそこは、広場の中央にランドマークとしてモチーフがよく分からない銅像を設置したり、ロータリーから車が侵入しないよう植え込みが広場を囲っていたり、所々にベンチが設置されたりしている。


「あっ、あきカンあった!」

「本当だ。ハナちゃん、凄いねぇ」


 そんな広場の植え込みに隠すように捨てられた空き缶を見つけたハナと、彼女を褒めながらその缶を拾って袋に入れる和美。

 そんな光景を背後から見つめていた勇気が、感心した様子で口を開いた。


「あんな小さな子も、ゴミ拾いに参加してるんだなぁ」

「だな。というか、勇気ってあの子と会ったことねーの? 会長とは仲良いっぽいけど」

「別に毎回参加してるわけじゃないからね、偶々僕がいないときに会ってたんじゃない?」

「成程ね。――しかし元気だな、俺なんて休みの日にこんな早起きするのも辛いのに」

「普段登校するときと変わらない時間じゃん」

「平日と休日じゃ、精神的に違うんだよ」


 清春の弁明に心の中で同意しながら、勇気は和美達と共にゴミ拾いを続けていく。休日の朝とはいえ駅を利用する者は多く、遊びに出掛ける若者グループやスーツ姿で出勤する大人達がその脇を擦り抜けて改札口へと歩いていく。

 それだけ普段から人の出入りが多い場所だからか、パッと見た限りではそれほどゴミが落ちているようには見えない。しかしベンチの下や排水溝の入口、あるいは植え込みの中など、人目に付きにくい場所となると途端に空き缶やペットボトル、そして煙草の吸い殻などが捨てられているのが見て取れる。


「またへんなばしょにゴミがある! ぜったいわざとだよね!」

「悪いことしてる自覚があるなら、最初からポイ捨てしないでほしいよなぁ」


 植え込みの奥に入り込んだゴミは、探して見つける手間だけでなく拾う手間もより掛かる。故に疲労感も相当なものとなり、袋にゴミが溜まっていくのに比例してハナが目に見えて憤慨していくのが分かる。それに同調する清春の声にも、ゴミを捨てたどこかの誰かに対する苛立ちが見え隠れしている。


「んもー! ちっちゃいこびとみたいなのがなかにはいって、ゴミをひろってくれないかなー!」

「あはは、確かにそれなら楽で良いかもね」


 そしてとうとうストレスの許容量を超えたハナが怒りを爆発させ、それでも子供らしい可愛らしさに満ちたその言葉に和美がほんわかとした笑みを浮かべながら賛同した。

 そんな中勇気は、ハナが口にした“小人(こびと)”という単語にふと考える。


「この辺のゴミは僕がやるんで、会長達は他の所のゴミを拾ってくれます?」

「えっ? いや、それはさすがに――」

「普段からゴミ拾いしてて慣れてるんで、僕は大丈夫ですよ」


 断ろうとする和美の言葉を遮って、勇気はチラリとハナへ視線を遣った。

 その仕草で察したのか、なおも口を開こうとしていた和美がグッと言葉を呑み込んだ。


「……分かりました。それじゃ、宜しくお願いしますね」

「じゃあ勇気、そっちは頼んだ」

「ゆうきくん、がんばってね」


 そうして3人がその場を去っていくのを見送ると、勇気はザッと辺りを見渡した。駅へと向かう通行人と駅から出てくる通行人が交差して歩くだけで、こちらに目を向けている様子は無い。

 それを確認した勇気は、植え込みに視線を落として口を開いた。


「ピョン吉、僕にだけ姿が見えるようにできるだろ?」

「できるピョン」


 その瞬間、勇気の目の前にピョン吉が姿を現した。植え込みのすぐ上をフワフワと浮かんでいるが、周りの通行人がそれに気づく様子は無い。


「じゃあ僕が袋に入れるから、ピョン吉は植え込みの中に入ってゴミを外に出してくれる?」

「えっ? ボクがゴミを拾うのかピョン?」

「どうせ暇でしょ? 手伝ってよ」

「んもう、妖精使いが荒いピョン」


 ブツブツと文句を呟きつつも、ピョン吉は植え込みへと小さな体を滑り込ませ、そして拾った空き缶を根っこの隙間から押し出すように勇気の足元へと転がした。おそらく捨てる際に握り潰されたのであろうそのアルミ缶は、植え込みに紛れて過ごした月日を物語るかのように表面の塗料が剥がれ落ち、代わりに土をべっとりとその身に纏わせている。

 それを見て勇気は一瞬顔をしかめ、軍手を嵌めた手でそれを拾い上げるともう片方の手に持つゴミ袋にそれを放り込んだ。


「オッケー、その調子で宜しくね」

「はいはいだピョン」


 溜息混じりで返事をしたピョン吉が植え込みを掻き分けながら次々とゴミを拾い上げ、勇気がそれを受け取って1枚のゴミ袋に放り込んでいく。

 ちなみにだが、最初に袋を2枚貰っているにも拘わらず、現在勇気が手に持っているのは1枚だけだ。拾うときはスピード重視で1つに纏めておき、ゴミ集積所に捨てる際に分別するというのが、勇気がいつも自主的にゴミ拾いをするときのスタイルだからだ。


「んもう! 人間はゴミを捨て過ぎだピョン!」

「ははは、僕もそう思うよ」


 特に気にも留める様子も無く通り過ぎていく通行人を横目に、1人の少年と1体の妖精はハイペースでゴミ拾いを進めていく。





「…………」


 勇気達がゴミ拾いをしている箇所から数十メートルは離れたベンチに座るのは、この時期にしては厚手のレジャージャケットに細身のジーンズを身に纏う20代後半くらいの長身の女性。ジャケットもジーンズも黒、おまけに髪も黒のロングであるため、カラフルなタイルの敷かれた駅前広場においては逆に少々目立つ全身黒ずくめとなっている。

 その切れ長の目が見据えるのは、ゴミ拾いに勤しんでいる様子の勇気。遠目には植え込みに入り込んだゴミを1人で拾っているように見えるが、よくよく観察すると植え込みに向かって呼び掛けているような仕草が何回か見受けられる。


「奴が例の新人か?」

「そう」


 どこからか聞こえたその声に、女性はポツリと独り言を呟くようにそう答えた。





「ところで勇気、アレはもう決めたのかピョン?」


 和美達と一緒に拾っていたときよりも明らかにハイペースでゴミを集めていく中、ピョン吉が植え込みでの探索の手を止めることなく勇気に尋ねてきた。


「ん? アレって?」

「アレといったら決まってるピョン! チームの名前と自分のヒーローネームだピョン!」

「あぁ、その話か……」


 ヒーローとして活動する際に名乗るヒーローネームは、基本的に本人が決めることとなっている。チームの名前に関しては実際にメンバーをスカウトしてチームを結成してからでも構わないが、将来的に結成することを見越して今の段階で決めておくのが一般的とされているらしい。


「といってもなぁ、僕は今のところ誰かと一緒にやるつもりは無いし……」

「だったらヒーローネームだけでも早く決めるピョン! 早く名前を憶えてもらった方が、活動するときにも色々とお得だピョン!」


 更に付け加えると、怪人対策局の職員からもなるべく早く名前を決めるよう言われている。対策局はネット上でヒーロー名簿なるものを公開しており、そこに名前を載せる必要があるからだ。また固有の名前があった方が、ヒーローを自称する不審者ではない本物だと証明する際の手間が少なくて済むのだとか。

 勇気もそれは分かっているため、早く名前を決めなければとは思っているのだが、


「なかなか良いのが思い浮かばないんだよなぁ。いっそのこと、ピョン吉に決めてもらった方が――」

「じゃあ“ピョンピョン戦隊・ピョンリーダー”というのは――」

「うん、やっぱり自分で決めるよ」

「なんでだピョン!」


 ピョン吉からのブーイングを軽く聞き流し、ふと植え込みから視線を外して顔を上げた。辺りを何度か見渡し、僅かに首を傾げてから再び植え込みへと視線を落とす。

 そのタイミングで、ピョン吉が再び問い掛けてきた。


「そういえば勇気、最近は耳が聞こえ過ぎて辛そうにしてる様子が無いピョンね」

「あぁ、確かに。別に聞こえなくなったわけじゃないけど、何というか、聞こえてるけど聞き流せるようになった感じかな」

「聞き逃しちゃいけない音も聞き流さないように注意するピョン」

「それは分かってるけど、そういうのって実際にどう訓練すれば良いかなんてよく分かんないし――」


「おじさん! ちゃんとゴミはゴミばこにすててよ!」


「――――!」


 突然背後から聞こえてきたその叫び声は、間違いなく和美達と一緒にゴミ拾いしているはずのハナのものだった。勇気とピョン吉は互いに顔を見合わせると、ゴミ拾いを中断して勢いよく背後を振り返った。

 広場の中心に位置する銅像を挟んだ反対側に和美と清春の後ろ姿が見え、その向こう側にハナの後ろ姿が見える。

 そうしてハナが2人の前に出て相対しているのは、ベンチに座るパッと見ただけでは年齢の判別が難しい男だった。羽織っている薄手のジャンパーは明らかに古びており、白髪交じりの頭は寝起きそのままで来たのかと思うほどにボサボサだ。

 しかしそれ以上に印象的なのは、小学生の女の子に向けているとは思えない、剝き出しの敵意をそのままぶつけているかのように鋭いその目つきだった。


「あぁ? うっせーぞ、クソガキ。ゴミ拾いが好きなんだろ? だったら、さっさと拾えよ」

「おじさんみたいなひとがゴミをポイすてするから、わたしたちがこうしてひろってるんだよ! ちゃんとゴミばこにすててよ!」

「ハナちゃん、さすがに抑えた方が……」


 どうやら男がポイ捨てした瞬間を目撃したハナが怒って突撃し、和美と清春が彼女を抑えようとしているという構図らしい。

 しかしハナは制止しようとする和美に対し、頬を膨らませて抗議の言葉を口にする。


「だってこのおじさん、こっちをみてからゴミすてたでしょ! ゴミをすてたいならこっちにもってくればいいのに、わざとポイすてしてわたしたちにひろわせようとしてるんだよ! そんなのおかしいじゃん!」

「……ったく、ガキの癖に年長者に盾突いてるんじゃねぇよ!」

「きゃっ!」


 男がキレて投げつけてきた空のペットボトルが、ハナの足元の地面に衝突して大きくバウンドした。幸い彼女に当たることは無かったが、突然のことに思わず悲鳴をあげてしまう。そしてそんな彼女に対して、男がしてやったりといった笑みを浮かべた。

 するとそんな男の態度に、さすがに和美達も男へ詰め寄った。


「今のは、さすがに無いんじゃないですか?」

「そうだな。この子に謝れよ、おじさん」

「あぁ? 何だガキ共、一丁前にヒーローの真似事か? 俺はな、ヒーローとかおまえらみたいな、如何にも正義ですって(つら)で説教かましてくる奴らが一番嫌いなんだよ」


 男は額に青筋を立てて、ゆっくりとベンチから立ち上がった。

 まさに一触即発の雰囲気に、彼女達の下へ向かっていた勇気の足が速くなる。


「勇気、どうするんだピョン?」

「どうするも何も、僕があのゴミを拾って、それで終わりだよ」

「それだけだピョン?」

「僕もゴミ拾いをしてると偶にああいう人と出くわすけど、あの手の奴に何言ったところで反省しないから相手するだけ無駄なんだよ」

「成程だピョン」


 納得したように頷くピョン吉を尻目に、勇気は足早に歩を進め、


 ――ん?


 背後からズンズンと近づいてくる足音が気になり、ふと後ろを振り返った。


「――――っ」


 そしてそこにいた人物の見た目に、思わず息を呑んだ。

 側面を刈り上げてそれ以外を金髪にして逆立てている、筋肉質で大柄な少年だった。ただでさえ威圧感のある髪型だというのに、猛禽類のような鋭い目つきがその威圧感に拍車を掛けている。

 その少年は一瞬だけ勇気に目を向けると、そのまま彼を追い越して和美達の所へと向かっていった。その威圧を肌で感じたのか振り返ってギョッと目を丸くする和美と清春を通り過ぎ、男を睨みつけているハナの横を通り過ぎ、そして和美達と同じタイミングで呆気に取られていた男の眼前で立ち止まった。


「ようおっさん、たかがゴミの話で随分と盛り上がってるじゃねぇか」

「な、何だテメェ! 関係ねぇ話にしゃしゃり出てくんな!」

「良いじゃねぇか。ガキにゴミを投げつけてくる良い歳したおっさんを見つけて、思わず来ちまっただけなんだからよ。ほら、あのガキの代わりに俺が話を聞いてやるから言ってみろよ」

「…………」

「それとも、ガキ相手じゃなきゃ何も言えないってか?」


 先程の男が悲鳴をあげたハナに対して向けた笑みと同じ類の笑みを浮かべる少年に、男はカッと顔を真っ赤に染め上げた。

 顔を真っ赤に染め上げて――特に何もしなかった。


「……テメェら何かに構ってるとか時間の無駄だ! 俺は忙しいんだよ!」


 そして男はクルリと踵を返し、逃げるようにその場を後に――


「おいおっさん、忘れ物だぞ」


 しようとしたところで、少年が声を掛けて投げつけてきた空のペットボトルを咄嗟に受け取り、更に男は顔を真っ赤にして今度こそその場を後にしていった。そうして広場を出ていく際、植え込みの脇に置かれたゴミ箱に叩きつける勢いでそのゴミを放り込んでいった。

 それを見届けてから、少年も踵を返してその場を後に――


「随分と珍しいじゃない。こんな時間に出歩くなんて」


 和美が少年に向かって、そう話し掛けてきた。普段の後輩にも丁寧な物腰の彼女らしくない、どこか投げやりなものだった。

 そんな彼女に対し少年も足をピタリと止めて、しかし顔は彼女に向けることなくぶっきらぼうに答える。


「まぁ、徹夜でバイク飛ばしてた帰りだからな」

「そう。――相変わらずなのね」

「…………」


 和美の言葉に少年は何も答えず、今度こそ来た道を戻るようにしてその場を後にしていった。

 そしてその際、少年が乱入してからずっとその場に留まっていた勇気の脇を通り過ぎた。ふと視線を向けたときに勇気と目が合い、少年が苛立ち交じりにチッと舌打ちをする。


「知り合いなんですか、会長?」

「まぁ、昔から知ってる仲ではあるので。――今はほとんど関わりも無いですけど」


 ヒーローの能力で大きく向上した聴力が清春と和美のそんな遣り取りを捉える中、勇気はロータリーに停めている厳ついマフラーの付いたバイクへと歩いていく少年の背中をジッと見つめていた。

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