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第5話

 突如接触してきた“怪人対策局”所属を名乗る広瀬と三澤の誘いを受け、勇気は公園のすぐ傍に路上駐車していた黒塗りの車へと乗り込んだ。後部座席の勇気に対して広瀬は運転席、三澤は助手席と、その気になればすぐにドアを開けて逃げられる布陣であることに、勇気はほんの少しだけ意外感を覚えた。もっとも、それで警戒を緩めることは無かったが。

 車の中で勇気に話し掛けるのはもっぱら三澤の役目で、広瀬はまっすぐ前を向いて運転に集中していた。その話の内容も雑談に分類されるような内容がほとんどで、勇気の個人情報や素性を探る類の質問は一切無かった。もっとも、それで警戒を緩めることは無かったが。

 そうして警戒心を隠そうともしない勇気を乗せた車は、それほど時間も掛からず目的の場所へと辿り着いた。

 広瀬と三澤が勇気を連れて来たその場所とは――彼の自宅だった。


「……場所を移すって、僕の家のことだったんですね」

「勇気さんは未成年ですから、親の同意が必要となりますので」


 リビングのL字型ソファーの長辺部分に広瀬と三澤が横並びに座り、勇気がもう一辺の方に座っている。そしてキッチンで紅茶を淹れていた母親がリビングへと戻り、2人の前にそれぞれティーカップを置いて勇気の隣に腰を下ろす。

 ちなみにその間彼女は、息子がスーツ姿の大人を客人として連れて来たことにただただ困惑している様子だった。


「それで、その……怪人対策局? の方がどうしてウチの息子に?」

「実はですね――」

「それはボクから説明するピョン!」


 広瀬の言葉を遮ったのは、声変わりすらしていない子供のような明るく無邪気な声だった。突然の出来事に、当然ながら母親は「えっ?」と困惑の表情でリビングを頻りに見渡していく。

 そうしてその視線が正面へと戻ったのを見計らったかのようなタイミングで、彼女達の目線辺りの高さでポンッと可愛らしい音と共にピョン吉が姿を現した。背中に羽の生えた喋るウサギという妙ちきりんな生物の登場に、彼女は僅かに腰がソファーから離れるほどに体を跳ね上げて驚いた。


「な、何これ!? 生き物!?」

「初めまして! ボクはピョン吉だピョン!」

「えぇ……、普通に日本語喋ってる……」


 母親が恐る恐る手を差し出し、ピョン吉の頭にそっと触れた。見た目に違わぬモフモフとした柔らかい感触が彼女の手に伝わり、緊張で強張っていた彼女の表情が和らいだ。


「……ちょっと可愛いかも」

「ありがとうだピョン!」

「ちょっと待って!? 僕以外には見えないんじゃないの!?」


 と、そんな光景を目の当たりにした勇気が、わざわざソファーから立ち上がってピョン吉に詰め寄った。


「ボクが見せたいと思った相手には見えるピョン」

「だったら刑事さんがいたときにも見せてよ! あの後ずっと危ない奴を見る目で見られてたの知ってるでしょ!」

「刑事さん? それって昨日勇気を家まで送ってくれた、あの上原っていう若い刑事さん?」


 ふいにそう問い掛けた母親に、勇気の肩がほんの僅かにピクッと跳ねた。

 そして一瞬だけ逡巡するような表情を浮かべると、ニコリと笑って「うん、そうそう」とそれに答える。


「昨日僕が引ったくりを捕まえたっていうのは、その刑事さんが説明してくれたでしょ? 実はここにいるピョン吉がヒーローになれる能力をくれたおかげで捕まえられたんだけど、僕しか見えない状態で会話したから変な目で見られちゃって」


 勇気の説明は和美のときと同様、嘘は言っていないが言葉が足りていない。変な目で見られたのは引ったくりを捕まえた町中ではなく怪人と戦闘した廃工場だし、変な目で見てきたのは上原ではなく剣である。

 何故こんな言い回しなのかというと、怪人と戦闘したことについて彼女には一切説明していないからである。要らない心配を掛けたくないというのが大きな理由、そして危ない事をしたとして怒られたくないというのが小さな理由であり、上原も彼の意向を汲んで警察署からまっすぐ家に向かった(てい)で説明してくれた。

 つらつらと淀み無く説明を終え、心の中でホッと息を吐く勇気。


「――勇気、お母さんに何か隠してる事があるでしょ」

「へっ!?」


 しかし母親からクエスチョンマークすら付かない断定口調でそう問われ、勇気は思わず素っ頓狂な声をあげた。

 その瞬間、勇気は「しまった」と思った。


「何だか変な気はしたのよね。引ったくりを捕まえたのはその……能力? っていうので納得するとして、何となくお母さんに何か隠してる雰囲気があったし。今朝も殺人事件の犯人が捕まったってニュースをやたら熱心に観ていたし」

「…………」

「何年あなたの母親をやってると思ってるの。――怒らないから、正直に話しなさい」

「……はい」


 勇気にそう詰め寄る母親は笑顔だったが、笑顔のまま表情筋がピクリとも動いていないのが逆に不気味だった。それを感じ取ったのか、勇気は体を小刻みに震わせて顔を俯かせている。

 そんな遣り取りを横で見ていた三澤が、心の中で呟いた。


 ――絶対怒るヤツだ、これ……。





 時間経過。

 呆れるように溜息を吐く母親と、ぐったりとソファーにもたれ掛かって寝そべる勇気がそこにいた。


「まったく……、この子ったらそんな危ない事を……」

「ですが勇気さんの活躍によって少女の命が救われました。そして妖精であるピョン吉氏に選ばれたという事は、ヒーローになる素質も充分にあるという事です」

「……ヒーローは立派な仕事だと思います。でも怪人が出たら戦わなきゃいけない危険な仕事なんですよね?」

「確かに危険である事は否定しません。しかし怪人と戦うことばかりが仕事ではありません」


 広瀬のその言葉が合図だったかのように、三澤が自身の鞄から薄い冊子を取り出して勇気に差し出した。それは省庁が一般向けに発行しているフルカラーのパンフレットであり、挿絵や写真を多用することで誰でも分かりやすく見られるよう工夫が施されている。

 勇気がパラパラとそれを捲り、母親が横からそれを覗き込む。


「せっかくですし、ヒーローの仕事について簡単に説明させて頂きますね」


 広瀬と三澤が所属する“怪人対策局”は内閣府直属の組織であり、主に怪人が発生した、あるいは怪人との戦闘が想定される場合に介入して事態解決を図るのを目的としている。

 彼らがヒーローに依頼する仕事は、大きく分けて3つ。

 1つ目は、警察や自衛隊から要請される怪人退治及びその補佐。

 2つ目は、警察から要請される、怪人が関係してると想定される事件の捜査協力。

 3つ目は、地域活動や広報活動などのタレント業務。

 2つ目に関してはベテランに、3つ目に関しては知名度の高いヒーローに割り振られるケースが多いため、新人の場合は主に1つ目を請け負うことが多いらしい。とはいえ1人で戦う事はまず無く、最初の内は直接戦闘しないポジションに置かれる場合が多いそうだ。


「勿論、給料も発生します。詳しくはこちらの給料表をご覧ください」


 広瀬が自分の持つパンフレットをテーブルに置き、見開きで書かれた表を勇気と母親に見えるよう差し出した。


「勇気さんの場合、妖精から直接スカウトされた“リーダー”としての採用となるため、最初は2級の9号給からのスタートとなります」

「リーダー?」

「ヒーローは大きく分けて2種類いて、勇気くんみたいに妖精から直接スカウトされたヒーローを“リーダー”といって、そのリーダーにチームの一員として認められたことでヒーローとなった人を“メンバー”というの」


 戦隊を組んでヒーロー活動をする場合、リーダーがその戦隊を運用していくことになる。リーダーがその戦隊の活動方針を決定し、その方針に則ってメンバーをスカウトすることになる。つまるところ、戦隊を会社に例えた場合、リーダーはその会社の社長のような立場になるということだ。

 勿論必ずしも戦隊を組まなければいけないというわけではなく、中にはソロのまま活動するヒーローも存在する。


「2級の9号給の場合、基本給は月に約25万円。ちなみに今後メンバーを採用する場合、その方は1級の12号給からのスタートとなり、金額は約20万円となります」

「つまり勇気くんは、最初から役職の高い幹部候補生みたいな立ち位置になるってこと。お得だね」

「ちなみにこちらの給料は、月に一度も出動しなかった場合でも満額支給されます」

「そうなんですか?」


 勇気の質問に、広瀬は首肯した。


「生活費を担保し、自身の鍛錬に時間を割けるようにして頂くためです。勿論ヒーローとして活動した際には、手当という形で別途報酬が支給されます。金額は基本給を基に計算されます」

「そして人事評価が半年に1回行われ、成果や貢献度に応じて昇給・降給が決定されるの。まぁ、よっぽど悪い事をしてなければ降給なんて無いけどね」

「号給の数字が大きくなるほど基本給が増え、級数が増えるほどより重要な役職に就くというイメージです。この辺りは会社などと一緒です」

「何だか思ったよりも現実的だな……」


 勇気がパンフレットをパラパラと捲ると、ヒーローの紹介記事と簡単なインタビューが掲載されたページに辿り着いた。

 写真の横にある『自分の活動が社会の人々の平和を守っている事にやり甲斐を感じる』という見出しが、勇気の目を惹いた。


「ちなみに勇気さんがヒーローとなった場合、相棒(パートナー)として今後ピョン吉氏と行動を共にして頂く事となります」

「先程話した我々の依頼や人事評価向けの成果報告などは、ピョン吉を通して行われる事になるの」

「宜しくだピョン!」


 快活に挨拶をするピョン吉に対し、勇気は露骨に顔をしかめた。


「えぇ、それは何だか嫌だなぁ……」

「酷いピョン! ボクが授けた能力のおかげで犯人を逮捕できたし、あの女の子も助けられたピョン」

「そうだ、勇気さん。その件についてですが」


 広瀬が会話に割って入り、自分の鞄から封筒を取り出した。

 その封筒は厚みのある物を入れているのか、自立できるほどではないにしろ少々膨らんでいた。


「昨日の事件について、勇気さんに対して報酬をお支払いする事が決定しましたのでお渡し致します」

「えっ!?」


 そうしてテーブルの上を滑らせるようにして差し出された封筒に、勇気が目を丸くする。


「金額は先程話した号給から“戦闘手当”及び“捕獲手当”の規定に基づいて決定しました」

「そんな、結構です! そんなつもりでやったわけじゃ――」

「受け取ってもらえませんか? 勇気さんが成し遂げた事は、それだけ評価される事なんです」

「いや、それでも――」

「良いじゃないの、勇気」


 遠慮の言葉を口にしようとした勇気に、母親が横から呼び掛けてそれを止めた。


「勇気のした事は、プロの仕事として評価されるような事よ。プロじゃないから云々なんて事は無いわ」

「母さん……」


 母親の言葉を受け、勇気の視線が広瀬の差し出す封筒へと向けられる。

 一旦目を閉じて考え込み、そして目を開けて封筒へと手を伸ばした。


「……分かりました、有難く頂戴します」

「改めて、この度は誠にありがとうございました」


 深々と頭を下げる広瀬と三澤に、勇気が封筒を両手で持ったまま困った顔をする。

 そんな光景を、母親が口元に微笑を携えながら見つめていた。





「それでは勇気さん、返事が決まりましたらピョン吉氏にお伝えください」

「お時間を頂きまして、ありがとうございました」

「いいえ、何もお構いできませんで」


 玄関先にて広瀬と三澤が頭を下げ、家の前に停めてあった車に乗り込んでいった。そして勇気と母親に見送られながら走り出し、すぐ近くの十字路を曲がって見えなくなった。

 先に母親が家へと戻っていくが勇気はその場に留まり、その十字路をしばらくジッと見つめた後、彼女の後に続いて家へと入っていった。


「母さん、僕――」

「答えを急がないで、じっくり考えなさい。あの人達も、そのために時間をくれたんだから」


 勇気の呼び掛けに母親は振り返らずに答え、そのままリビングへと歩いていく。

 そんな彼女の背中をジッと見つめる勇気。

 勇気の背後で、ピョン吉がフワフワ浮いたまま黙って彼を見つめていた。



 *         *         *



 次の日、放課後。

 それぞれの教室でホームルームが終わった途端、生徒達の帰り支度や談笑する声で途端に学校中が騒がしくなった。部活のある者は足早に運動場や部室へと向かい、そうでない者はゆっくりと帰り支度をしながら仲の良い友人達とこの後の予定について話し合ったりするのだろう。

 勇気も鞄に教材や文具を詰め込んでいると、一足先に身支度を終えた清春が彼の席へと歩み寄ってきた。


「勇気、帰ろうぜ~」

「ちょっと待ってて」


 そう言いながら支度を進める勇気が、ふと一瞬だけ窓の外に目を遣った。その間も手は止まっていないので、特に彼に注目していなかった清春はそのことに気付かない。


「ゴメン清春、用事あるのを思い出したから先に帰っててくれる?」

「用事? また? 今度は何だよ?」

「ちょっとね」


 内容については話さない勇気に、清春は首を傾げるも「まぁ仕方ないか」と特に追及する様子は無かった。


「じゃ、また明日な」

「うん、また明日」


 教室を出ていく清春を、勇気は手を振って笑顔で見送った。

 そんな2人の遣り取りを、ピョン吉が勇気の頭上辺りをフワフワと漂いながら眺めていた。

 当然それを知るのは、彼を見ることのできる勇気だけである。





 校門を出た勇気は、普段使っている通学路とは()()()()へと歩き出した。とはいえそちらにもベッドタウンらしくマンションも併設された住宅地が存在し、住民にとっての憩いの場兼いざというときの避難場所としての公園が存在する。

 面積も広めで多くの遊具が取り揃えられているそこには、それで遊ぶ子供達だけでなく彼らを連れた親も多く訪れており、公園内は賑やかな子供の声や親達の談笑する声で溢れている。そんな公園に足を踏み入れた勇気は、若干居心地悪そうに身じろぎしながら公園の端にある誰も使っていないベンチへと腰を下ろした。

 一息吐くように体の力を抜き、軽く目を閉じる。

 そして目を開けると、呼び掛けた。


「ここで良いですか?」

「悪いなボウズ、わざわざ場所を移させちまって」


 公園に入った辺りで勇気との距離を詰めていた剣がそれに答え、同じベンチに腰を下ろした。とはいえ互いに端に寄っているため真ん中は空いており、互いに正面を向いているため視線が合うことは無い。


「怪我の方は、もう大丈夫なんですか?」

「丈夫さだけが取り柄だからな」


 勇気の問いにそう返事をしながら、彼の右手が自然とコートの内ポケットへと伸びていく。

 しかしその中に入っている物に触れたところでピタリと動きが止まり、小さく首を横に振ってから右手を元の位置に戻す。


「煙草なら構いませんけど」

「いや、すぐ終わる。――ボウズが助けた例の女の子だけどな、警察病院に入院させて検査してるが命に別状は無いそうだ」

「そうですか。それは良かった」

「彼女の両親も彼女本人も、ボウズに凄く感謝してたぞ。本当なら直接話をさせてやりたかったんだが……、まぁ色々あるからな」

「お気遣い、ありがとうございます」


 軽く頭を下げてそう答える勇気に、剣は何かを言いかけて止めるという仕草をした後、大きな溜息を吐いて頭をガシガシと掻いた。


「勿論、俺だって感謝してる。ボウズのおかげで更に被害者を増やすことなく、事件を解決することができた」

「僕の力が役に立ったのなら、何よりです」

「……答えられたらで良いんだが、ボウズはヒーローなのか?」

「えぇと、正確にはまだなるかどうか迷ってまして」


 勇気の答えに、剣は「何?」と思わず彼へと顔を向けた。


「ヒーローだからああいう力を授かったんじゃないのか?」

「えぇと、多分それが普通なんでしょうけど、僕の場合は特殊と言いますか……」


 煮え切らない言葉で答えながら、勇気の意識は自分の頭上にいるであろうピョン吉に向いていた。剣がそちらに目を向けている様子が無いことからも、彼は剣に自分の姿を見せる気が無いらしい。

 いったいどういう基準で見せる人と見せない人を選んでるのやら、と勇気が考えていると、


「例の犯人だが、あの後正式に“怪人認定”をされたよ」

「人類に仇なす存在だと怪人対策局が認定した、って意味だピョン!」


 聞き慣れない言葉に勇気が頭の中で疑問符を浮かべていると、心の中を読み取ったかのようなピョン吉の声が頭上から聞こえてきた。


「あの犯人って、最初から怪人だったんですか? ずっと人間の振りをして暮らしていたと?」

「……いや、詳しいことはまだ俺にも分からん。結局あの後も、後からやって来た怪人対策局の連中が奴を引っ張ってったからな」


 剣の言葉に、勇気が廃工場で怪人を倒した後のことを思い起こした。確かに気絶した青年を連れて行ったのは少女を保護した上原が呼んだ応援の刑事ではなく、如何にも頑丈そうな見た目をした護送車に乗ってやって来たスーツ姿の男達だった。

 勇気は剣の計らいもあって覆面パトカーの中から眺めていただけなので詳細は知らなかったが、おそらくあの男達が怪人対策局の職員だったのだろう。あるいは、何人かヒーローも紛れていたのかもしれない。


「ということは、犯人は今警察にはいないってことですか?」

「今はな。俺は怪人が関わった事件にはあまり詳しくないが、しばらくしたら向こうから戻ってくるらしい。――怪人としての力を失った状態でな」


 剣の言葉に、今度は勇気が「えっ?」と彼へと顔を向けた。


「対策局って、そういうこともできるんですか?」

「らしいな。具体的にどうやってるかまでは、さすがに教えられていないけどな」

「そうですか……」


 勇気が頭の中で疑問符を浮かべるものの、今度はピョン吉からの説明は無かった。


「そんなわけで、今は奴の素性も含めて裏付け捜査中だ。とはいえ、俺は元々犯人逮捕を目的に警視庁から派遣されてる立場だ、頃合いを見て向こうに戻されるだろう」

「そうですか。えっと……、お疲れ様でした?」

「ハハッ。そっちも、お疲れ」


 ここに来てから初めての笑顔を浮かべ、剣はベンチから立ち上がった。


「悪いな、時間を取らせて。戻る前にこうして話ができて良かったよ」

「僕もです」

「じゃあな、ボウズ。できることなら、二度と会わないことを祈るぜ」


 剣はそう言い残して勇気に背中を向けると、公園の出口へと歩いて行った。

 そんな彼の背中に、勇気も無言で同意しながら僅かに頭を下げる。

 心の中で、1つの決意を固めながら。



 *         *         *



 東京都霞が関、中央合同庁舎8号館。

 怪人対策局の人事管理課として割り当てられたオフィスには、現在広瀬と三澤以外の人物の姿は無かった。窓の外は既に日が落ちて久しく、勇気の家から戻って事務作業を片付けている間に他の同僚は帰っていったからである。

 しかし時間外労働をしているにしては、パソコンと向かい合う三澤の表情は明るいものだった。


「ピョン吉さんから連絡ありました。勇気くん、引き受けてくれるそうですよ」

「そうか。とりあえず第一関門は突破だな」


 相変わらずの無表情で答える広瀬に、三澤がニッコリと笑みを深くする。


「良かったですね、先輩。わざわざ銀行に寄って()()()()()()()お金を下ろした甲斐があって」

「勘違いするな。彼は金のためにヒーローを引き受けたわけじゃない」

「えぇ、勿論分かってますよ」

「それに――」


 広瀬はそこで一旦言葉を区切ると、キーボードのエンターキーを押し、画面に表示された文章に目を通す。


「俺達にとっては、ここからが本番だ」



 *         *         *



 それから数日後。

 ヒーローになる決意表明をしたものの、特に勇気の生活が劇的に変わるわけではなかった。普通に学校に通って授業を受け、友人と遊びつつ宿題を片付ける、何てことない学生としての生活を続けている。

 このときも勇気は、自分の部屋で宿題である数学の問題を解いている最中だった。

 しかしそんな日常が、長4サイズの封筒を片手に飛んできたピョン吉によって終わりを告げる。


「勇気! 対策局から手紙を持って来たピョン!」

「手紙? 持って来た?」

「ヒーロー宛の手紙は、ボクらを通して直接遣り取りするんだピョン」

「へぇ、手が込んでるね」


 勇気が封筒を開けて、中の手紙を取り出す。

 堅苦しい文面が並ぶその手紙の見出しには『新人ヒーロー向け研修開催のお知らせ』と書かれていた。


「……研修?」

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