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帰宅困難者

作者: 尚文産商堂

後半がグダグダに関する批評や本当の帰宅困難者はこんなんじゃ済まないといった御意見は受け付けられません。ご了承ください。

地震が起きた時、俺は家から遠く離れたところにいた。

駅のホームで電車を待っていると、急に放送がかかって地震が発生したことを知らされた。

反射的に近くの椅子の下に頭を突っ込むと、すぐ横に子供が真似して入ってきた。

俺はその子を抱えるようにして揺れが来るのを待っていた。


数秒後、ドンと下からの強い突き上げを食らうと同時に、ゆさゆさと前後左右へ揺すぶられる。

後々知ったのだが、このときの地震はマグニチュード8.4、最大震度7を観測したらしい。

だが、俺自身が揺れていて、すぐよこで泣き顔の小学生がいたら、そんなことも言ってられない。


揺れが収まったのを確認し、立とうとしているところが堅牢でありひび割れもないことを見回して、屋根からぶら下がっている蛍光灯が落ちてこないのを見てから、隠れていたところから這い出てきた。

はいていたズボンや転がってホームの端に置いてあったカバンなど、もともとの装備を整えると、カバンの中にいつも入れているポータブルラジオをとりだすと、『666MHz』に合わせた。

このあたりでは、『NHK大阪放送局』のFMを聴く事も出来、そちらのほうが情報量も『NHK神戸放送局』に比べて多いだろうと思ったからだ。

「…聞こえた」

チューナーを回して適当な目測で合わせると、ぴったりだった。

ひっきりなしに、地震速報を流し続けている。

「大阪も非常に激しい揺れがありました。いまだにスタジオ内につり下がっている蛍光灯が揺れているのが確認できます。震度の情報が入ってきました。震源は大阪湾、深さは10km、地震の規模を示すマグニチュードは8.4と推定されます。震度7が大阪市……」

なじみの地域が次々と読み上げられていく中で、俺が今いる地域や住んでいる場所の名前も出始めた。

「……震度6弱は、神戸市北区、宝塚市、西宮市……震度5強が、明石市、神戸市西区……」

『阪神・淡路大震災』から数十年を経て、この地域に再び震度7の地震が襲った。

そのことをゆっくりと理解しながらラジオを聴いていると、周りに人が集まってきていることも忘れていた。


ラジオの音量を最大にしながら、横にいた小学生と思う子に聞く。

「お母さんかお父さんは?」

「トイレに行くって言ったきり、そのまま……」

それからは少し泣きそうになったのを見て、あわてて言った。

「俺については大丈夫だ。悪い人じゃない」

定期入れに入れている学生証を彼女に見せる。

彼女の周りにいる人も、俺の学生証を見てくるが、本物とわかると何も言わずにラジオの方へ再び集中し始めた。

「ねぇ」

俺に学生証を返しながら、彼女は俺に聞いてくる。

「どうなってるの?」

「大きな地震があって、大阪を中心に大変なことになってるようなんだ」

かみ砕いて説明をするが、よくわからないような表情を浮かべている。

さらに俺が言おうとすると、拡声器をもった駅員がいろいろと指示を出し始めた。

「当駅舎は点検のため、一時封鎖します。乗客の皆様は、建物の外へ出ていただきますよう、御理解とご協力をお願いします」

地震があったから、線路ごと点検をするつもりなのだろう。

こういうときの日本人としての行動力は半端じゃないほど整っている。

どこから出てくるのかわからないが、常日頃からこういう行動力を発揮することができれば、いろいろと便利になるのではないかと思ったりもする。

そんなことを考えていながらも、人の流れに沿って俺と彼女はゆっくりと駅舎から外へと向かい始めた。


『JR明石駅』の構内は、2階に鉄道が通り、1階部分に続く階段かエスカレーターもしくはエレベーターを使い、改札口へ出るようになっていた。

電気も切れかかっている状況でエレベーターは動かず、エスカレーターも単なる階段となっていた。

そこを二人並んでゆっくりと降りて行く。

誰も話さない、一段ずつ確実に降りはじめ、最後まで降り切る。

通勤ラッシュの時のように歩いていく群衆を、俺はいつものように見ていることはできなかった。

剥離した壁、点滅している蛍光灯、大声で叫ぶ駅員。

通路の端には背中をもたれさせられているけが人が数人見えた。

これから何処に行こうとも、このような光景は見たくないと、深く思った。


「地震発生につき、全路線は停止しています。お手数をおかけしますが、本駅舎の耐久度もわかりません、一時避難場所として『明石公園』が新規に指定されました。いったんここに集合していただいたのち、安全が確保されたのを確認されたのち、避難所の近隣の小学校へうつってもらいます。明石公園までは、各係員が案内します。小学校までは、出発時にお教えいたします」

メガホンを持ったJR職員が、そんなセリフをいつまでも繰り返していた。

通い慣れた道である駅側のバス停と道を挟んだ歩道を、黄色い腕章をした『山陽電鉄』やJRの制服を着た人たちに導かれるがまま、鳥が一切見えない道をずっと歩き続けた。


銅像の横にある道を通り、中の庭園を進み、ついたのは『明石陸上競技場』のグラウンドだった。

ここで各班に均等にばらまかれ、後々行くことになる避難所ごとに集められる。

俺は小学生と一緒だったので、近くの小学校に行くことになる班に優先的に行かせてくれた。

第34班と書かれた紙きれを一枚渡され、俺たちは係員に導かれるまま、第34班の最後に並んだ。

すでに数十人は並んでいる。

周りを見ると、端っこには第70版と書かれた立札を持っている人がいる。

それ以降に人は見えないから、おそらく一番最後の班になるのだろう。

さりげに漢字間違いしているのは、誰も突っ込まないのだろうか。


ときどき来る余震に対して、周りの人たちとともに体を抱きあって過ごす。

誰も文句を言わず、ただ、指示を待ち続けていた。


メガホンを持ってきた明石市の腕章をつけ、JRの制服を着た、山陽電鉄のメガホンを持った人だった。

「検査が終了しました。すぐに移動してもらいます。第1班から順々に、先頭の人についていってください。1班ずつ行き先が違いますので、班の番号の腕章をつけている人に道を聞いてください。先頭の人に持っていただいています立札については、避難所に到着してから回収とさせていただきます」

そういうと、大きく"1"と書かれた腕章をつけた人を先頭に、第1班から順番に出発した。


10分もしないうちに、俺たちの番がやってきた。

その間に、携帯で誰かと連絡を取ろうとしたが、話し中になるだけだった。

「行きましょう」

前のほうで係りの人が俺たちに言う。

ゆっくりと列が動き出し、グラウンドから近くの小学校までいつもなら歩いて15分かかるところだが、度々起きる余震のせいで、30分近くかけてゆっくり歩いて行った。


『明石市立明石小学校』が俺たちが行く避難所になっていた。

目の前に明石駅や明石公園があるところで、ちかくには『神戸大学付属明石小学校』もある。

ここで俺たちは電車が動くまで待機扱いとなる。


『明石小コミュニティ・センター』の会議室のような大部屋の中に、百数十人が座っていた。

俺と彼女は、その中でもストーブに近いところを与えられた。

毛布2枚、食料としておにぎりが毎食配給され、水もその時に受け取るという形になっている。

トイレは運動場にある仮設トイレを使うこと、体育館外へ出るときは、トイレのときでも係りに声を掛けてほしい、校内はまだ安全が確保されていないから入らないでほしい、医者が必要ならばすぐに言ってほしいなどなど。

いろいろなことが書かれた、慌てて作ったこと丸出しのわら半紙が1グループに1枚ずつ配布された。

「勉強がしたいんだったら、少しぐらいなら教えられるけど…」

「いいの?」

俺が彼女に聞くと、キラキラ輝いている目をして見返してきた。

「ああ。ただ、英語とかは教えられないし、分からないところはせっついて聞くなよ」

「分かった」

彼女はおとなしく言うことを聴いてくれるようだった。

教科書や筆箱、ノートの類は今ある分で我慢することにして、足りなくなったら、俺が持っているルーズリーフを1枚ずつ使うことにした。


彼女の教科書の裏に、名前が書いてあった。

居川 細雪(いかわささめ)っていうんだ」

「そうだよ」

彼女は一言だけ反応を返すと、その直後から一気に俺に聞き始めた。


「ちょっと休憩入れるか」

俺がそういうと、彼女はノートに落としていた目を上げ、ペットボトルの水を一口飲んだ。

「ほら」

ふたを甘めに閉め、居川へ回す。

居川も一口ばかり飲んでから、きつめにふたを閉めた。

「これから公衆電話のところへ行くけど、一緒に来るか?」

「どうして?」

「公衆電話は災害時用の緊急電話として使うことになっているんだ。最優先でね」

俺は勉強をするために使っていた簡易テーブルを片付け、居川の手を引いて公衆電話がある玄関部分へ向かった。


ここに来た時にはかなり並んでいたが、今ではほとんどいない。

「10円…あった」

財布の小銭入れをまさぐると、10円玉が10数枚出てきた。

「数回分にはなるか」

俺は『171』に最初に掛けることにした。

受話器を持とうとした時、目の前に張られている張り紙に気付いた。

「『災害用伝言ダイヤル』を使用いただけます。171に続いて、録音は1、再生は2、暗証番号を用いた録音は3、暗証番号を用いた再生は4を押し、それぞれの自宅の電話番号を市外局番から押して下さい」

つまり、俺の家の場合は、171-1~4-0797-*******となるわけだ。

さらに張り紙は続いている。

「なお、この公衆電話は非常事態につき、"無料"で使えます。171の適応範囲は……」

その後は、ひたすらに適応範囲の市町村名がずっと書かれていた。

「タダっていうこと?」

「まあそういうことらしいな」

俺は財布をポケットにしまうと、最初に再生分を聞いた。

「『こちらは災害用伝言ダイヤルセンタです。録音される方は1、再生される方は2、暗証番号を利用する録音は3、暗証番号を利用する再生は4をダイヤルして下さい。』」

迷わず2を押す。

「『被災地の方はご自宅の電話番号、または連絡を取りたい被災地の方の電話番号を、市外局番からダイヤルして下さい。被災地以外の方は連絡を取りたい被災地の方の電話番号を、市外局番からダイヤルして下さい。』」

0797-*******を一気に押す。

「『電話番号0797-******* の伝言をお伝えします。プッシュ式の電話機をご利用の方は数字の1のあと#を押して下さい。ダイヤル式の方はそのままお待ち下さい。なお、電話番号が誤りの場合、もう一度おかけ直し下さい。ピッ』」

1♯を押し、少しだけ待った。

「『新しい伝言からお伝えします。伝言を繰り返すときは数字の8(はち)のあと#を、次の伝言に移るときは数字の9(きゅう)のあと#(シャープ)を押して下さい。』"もしもし、こっちは大変なことになってる。近所の『兵庫県立宝塚東校等学校』に避難する。何かあったら、ここに入れておいてくれ。家族は全員無事だ"」

声から聞くと、姉のような感じだ。

「『お伝えする伝言は以上です。伝言を追加して録音されるときは数字の3のあと#を押して下さい。ピッ』」

そこまでで俺は無意識的に指を動かしていた。

「『伝言をお預かりします。ピッという音のあとに30秒以内でお話下さい。お話が終わりましたら数字の9のあと#を押して下さい。ピッ』」

「"俺だよ。今明石にいる。小学校に避難してる。体は無事。いつ帰れるかわからないけど、帰れるようになるまではここにいる。では"」

話すことを話すと、すぐに電話を切る。

「どうだったの?」

「実家の近くにある高校に避難してる。全員無事だって」

受話器を置きながらすぐ横にいる居川に話しかける。

「ほら、次は居川の番だ」

「うん」

小学生でも使えるように、俺が使った公衆電話よりも30cmぐらい低くなったところに、2台ほど置かれていた。

受話器を外し、ガイダンスに従っていろいろとしていた。

その横で俺は、校舎の方をぼんやりと眺めていた。

このまま、ここにずっといることにはならないだろうが、家に帰って壊れていなければいいんだが……

そんな家族の心配や、友人の心配や、実家の建物自体の心配まで、いろいろなことが頭の中に浮かんでは消えて行く。

「終わったよ」

「どうだった?」

居川の言葉で、急に現実へ戻された。

「何にも入ってなかった。お母さん、どこいっちゃったんだろ……」

「大丈夫さ、生きていれば、必ず会える。そう信じるんだ」

居川は俺の言葉を聞いて、微妙な表情を浮かべた。

「戻るか」

「うん」


俺たちは中へ戻ると、再び小部屋の中で勉強の続きをし始めた。

途中で、配給があったから俺が取りに行く。

帰ってくるとすぐに居川がわからないところを俺が教える。

それが、寝る時まで続いた。


居川が眠りに就いたのを確認すると、俺はひっそりとそこから立ち去った。

今の情報を仕入れるためだ。

別の部屋には、テレビを入れてずっと『NHK』を流していた。

「あ、どうも」

先客は一人だけで、明石市の腕章をしていた。

ここまで案内してくれた女性の方だった。

「どうぞ」

テレビの一番見やすい席に二人並んで座った。

「どうですか、現状は」

「かなり悪いです。淡路島、大阪府、徳島県、高知県の一部、兵庫県の瀬戸内海側に津波が来たという情報が寄せられています。最高は、大阪湾の『天保山』で2mらしいわ」

「かなり大きいですね」

「ええ、港湾機能は完全にマヒしてるらしいんだけど、それだけじゃなくて、交通機関はたいてい止まってるようよ。よかったところは、倒壊建物が少なく、火災も起きなかったこと。ガス、電気、水道などのライフラインは完全に不通だけどね」

「ここは、ましだったっていうことですね」

俺がその人の横で並んでテレビを見ていた。

「少し聞いてもいいですか?」

テレビにはL字状にずっと情報を流し続けている。

死傷者数、停電件数、断水件数、搬送先の主だった病院の数々……

そんな情報が次々と表示されては画面の左側へと流れて行く。

「どうしたんですか」

「一緒に来た小学生がいるんです。その子の母親か父親がトイレに行った時に地震にあったらしく、はぐれたままになっているんです。探していただけませんか?」

「お名前を」

急に仕事モードになったらしく、手にはメモ帳とペンが握られていた。

「"居川細雪"です。すいません、子供の名前しかわからないんです」

「いえ、それだけでも結構です。このあたりの病院に、居川という名前の人が搬送されてないかどうかを調べますね。すこしお時間をくれますか?」

「明日でもかまいませんので…よろしくお願いします」

「分かりました」

彼女は、そういうとメモ帳を大事そうに抱えたままどこかに歩いていった。

俺は、戻って寝ようか考えていたが、そのまま一人でテレビを見ていた。


テレビの前にいた俺に、一枚の紙切れとともに彼女は戻ってきた。

「居川さんは二人ほど、男性と女性の方が『明石市立市民病院』に入院されてますね。足を折ったという情報がありますけど、どちらかまでは…」

「いえ、それだけでもありがたい情報です。夜分遅くすみませんでした」

「これが仕事なもので……」

住民の不安を取り除くのも、仕事の一部だということだろうと解釈した。

「ありがとうございます。明日にでも連れていきたいと思います」

公園の反対側に、市民病院はある。

今いるところから、一時避難場所になったスタジアムの横を通っている道をずっと北へ行ったところだ。

「でしたら、職員と同行しますか?病院へ連絡係を増員してほしいという情報がありまして、専用車で行くので、歩くよりも速いですよ」

「よろしいんですか」

俺は歩いていったら何分かかるかを考えていたが、そんなことは頭の中からどこかへ飛んでいった。

「何名か一緒に言った方が、車の効率も上がりますので。マイクロバスなので、席は開いてるんですよ」

「他の人も連れて行けって言いませんか」

「その点は大丈夫です。御安心ください。では、午前9時にJR明石駅前の交番に集合です」

「分かりました」

そう言って、再度礼を言ってから、寝るためにテレビの前から離れた。


翌日午前8時半ごろ、俺は居川とほとんど同時に起きた。

すぐに昨日のことを居川に説明すると、表情がみるみる間に変わっていった。

「わかった。準備するね」

居川は黙って、3分もかからずに準備を整えた。


明石駅前の交番には、『明石ライオンズクラブ』から寄贈を受けた、鯛が上についているポールの前に、小さなバスが止まっていた。

「これに乗れっていうことか」

15人か多くても20人ぐらいしか乗れないような小さなバスだが、ないよりかははるかにましだ。

俺たちがバスに乗り込むと、こちらを何人かが見てきた。

中には、俺たちのように病院に用がある人もいるようだ。

「出発しますので、どこでもいいので座ってください」

運転手に促され、一番前の席に二人並んで座った。

「出発します。なお、このバスは明石市立市民病院直通です。では、扉閉めます」

ガスが漏れる音とバスが動き出すのと同時に、扉が閉まった。

外を見る暇もなく、次々と流れていく光景に目をやることもなく、すぐにバスは病院の前にあるロータリーへ到着した。

「明石市立市民病院前です。終点となります。なお、このバスは車庫へまいりますので、続けて御乗りにはなれません。ご理解ください」

そもそも、誰も乗ろうとしていなかったから、その言葉は誰も聞いていなかった。


病院はさながら野戦地帯にある病院のようになっていた。

そうはいっても、軽傷者が主に廊下に作った仮設ベッドで寝かされており、重傷者は優先的にふかふかのベッドに寝かせれているのだから、その点は心配していたものではなかったからよかった。

「すいません、居川という人がいると聞いてきたんですが……」

「しばらくお待ちいただけますか?」

受付に寄ると、すぐに番号札を渡された。

「番号が呼ばれたら、受付に来てください」

番号を見ると321番と書かれている。

待合室にされているのは、普通であれば領収書発行となるようなところの前だった。

「わかりました」

会いに来るだけでも一苦労なのに、座る場所がないところで、さらにかなりの人数が待っている状態でどれだけ時間がかかるか分からない。

見た目だけだと軽く50人は超えているだろう。

そんな中で、俺は居川の手を握り、壁に寄りかかりながら待ち続けた。


待つこと30分強、ようやく呼ばれたころには、居川は疲れて眠っていた。

「ほら、起きろって」

俺に寄りかかりながら寝ていたから、俺が動けばすぐにこけてしまう。

すぐに居川を起こして受付へと向かう。


「今日はどうされましたか?」

受付にいる白衣を着たお姉さんは、無表情に聞いてきた。

「居川さんを探しているんですが。この子の両親と思うんです」

「居川…居川さんは、2階廊下つきあたりにいます。正面玄関わきにある階段をあがられますと右手に講義室があります。そちらに単純骨折者は収容されています。抗議室付近にいる看護師に詳しい場所は聞いてください」

「わかりました。ありがとうございます」

俺は半ば寝ぼけている居川の手を引いて、階段を上がった。

すぐ右側にトイレの表示があり、その前に講義室があった。

「すいません、ちょっと聞いてもいいですか」

看護師は小学校で使うような木の机をどこからかひっぱり出してきていて、そこにパイプ椅子で2階の臨時受付所となっていた。

「ええ、どうぞ」

「居川さんがこちらの講義室にいると1階の受付で聞いたんですけど……」

「おりますよ。こちらへどうぞ」

A4画用紙を3つに折り、そこにペンで"巡回中"と書いて机の上に置いた。

そこまでしてから、俺たちを案内した。


「お父さん!」

真っ先に反応したのは細雪だった。

看護師が指さすとほとんど同時に俺とつないでいた指を離し、隙間を縫うように目標へと駆け出す。

その声に彼らが振り替えると、一気に笑顔になった。

その声は、俺がいるところまで届くことはない。

「私は不要ですかね」

「ですね」

互いになぜか笑顔になり、そのまま看護師は机へと戻り、俺は細雪のところへ慎重に歩を進めた。


父親と思う男性がベッドに寝かされ、その横に女性が立っている。

細雪は足にギプスをはめた男性の胸に突撃をかけていた。

「この人に助けてもらったの」

頭をなでてもらっていた細雪だったが、がバットはね起きて、俺を両親に紹介した。

「初めまして、近くの大学生です」

「娘がお世話になりました。どうお礼を言えばいいのか……」

「いえいえ、困ってる時に助け合うのは当然でしょう」

深々とお辞儀をされると、俺はあわてて言った。


そんなことがあり、無事に細雪を両親のもとへ送ることができたのだが、彼女の両親があのような状況では、一緒にいることも無理だ。

結局、俺が両親が治るまでの間、預かるという形で避難所生活をすることになった。

1日に一回のペースで公衆電話を経由して、高校に避難している俺の家族と連絡を保ち続けた。

居川の親戚縁者には、両親から説明をしたらしい。

鉄道が単線でも開通したのは、3ヶ月後。

さすがにJRが一番最初になると思われたが、山陽電鉄、『神戸高速鉄道』、『阪急電鉄』だった。

JRは阪神淡路大震災の時、復旧工事を優先しており、その分の負荷が今になってきたということらしく、一方の私鉄側は阪神の時にかなりのダメージを受け、根本から工事を迫られた部分もあった。

そのことがすぐに開通することができた遠因になっているという評価だった。

そうはいっても、大阪経由の大半の車両は廃車とならざるをえなかったし、脱線も随所で見られていたため、完全な復旧には1年近くはかかるのではないかという話だった。

道路も、国道2号と1号を真っ先に復旧工事をした結果、道路網が1週間程度で東西交通の要となった。


今でもニュースの大半はこの地震の話であり、ほかに大きな事件も起きていないため、他にすることもないようだった。

各国の援助物資は、神戸港を中心に直接被害地域へ搬入され、避難所ごとに政府が配布するという体制が整っていた。

政府は今回の地震を『激甚災害』に指定した結果、さまざまな減税策がとられることになり、財政も一段と楽になった。


大学は始まったといえども、あちこちに避難をしている生徒も大勢いることから、授業はほとんど進もうとしなかった。

明石の近くに大学があるから、俺は毎日歩いて通学をすることにした。

バスもいつ来るかわからない状態だし、なによりも道路があちこちでグダグダになっていることが歩く以外の選択肢を奪っていた。


「明日から、ようやく家に戻れるんだ」

居川は俺にそう言ってきた。

避難所生活も1カ月を超し、どうにか周りと仲良くなれそうな気がし始めた矢先だった。

だが、ここにずっといるわけにもいかないのもわかってる。

「そうか」

俺は六法から頭を上げずにつぶやいた。

「でね、お父さんたちと話をしたんだけど、もしよかったら、うちに来ないかって」

「いいけど……」

家は黄色の張り紙がされているらしく、半壊と判断されたという話だった。

全壊ではないのがせめてもの救いで、工事をすれば再び住むことも可能らしい。

ただ、その工事は順番待ちの状態で、早くても半年後になるらしい。

その間に、電話を復旧し、避難所も閉鎖されるだろう。

避難所がなくて家が使えないとなると、ホテル暮らしになるが、そうなるとお金の心配が出てくる。

「こっちの家族と相談してもかまわないか?」

「いいよ」

居川に一言いってから、俺は公衆電話へ向かった。


地震から1カ月が経過し、すでに災害用伝言サービスは終了していたから、家族に直接伝わるように携帯へかける必要があった。

俺の携帯はというと、この1カ月でバッテリーが切れてしまい、充電装置も壊れてしまったため、どうしようもない状態になっていた。

「はい」

「ああ、俺。実は……」

俺はさっきの話を簡単に説明した。

「いいんじゃない?そのほうがホテルに行った時の金が浮くし」

姉はあっさりと言い切った。

「父さんと話したいんだけど…」

「今会社。オカンは近所のおばちゃんらと話し合ってる」

「じゃあ、姉さんから伝えておいて。頼んだよ」

「へいへい」

そう言って、向こうから電話を切った。

「…切りよった」

「どうしたの?」

急に後ろから声をかけられた。

振り向くと、居川が俺を見ていた。

「姉さんに電話してたんだ。べつに居川の家に行ってもかまわないって」

「よかったー」

安どの表情が、見る見る間に広がっていく。

「実は、もう部屋を用意してあったりするんだ。ここはもうそろそろ閉鎖されるっていう話だし、私も学校があるし……」

そういう話は、別にどっちでもよかった。

「それで、どこに住んでるんだっけ?」

「『神戸市西区』」

「お隣か」

俺は定期のことを思いながらつぶやいた。

家からの定期の範囲内だから、十分に行くことができるが、いつまでいるかによって、これからの更新をどうするかを決める必要がある。

「これから卒業するまで面倒をみるってお父さんが言ってたけど」

「母親はどんな顔してたんだよ」

「苦笑い」

居川はそういいながら、人が少なくなっている避難所を見回した。

「1か月か……」

「地震が起きてからね」

電池が切れてあわてて変えた回数は数知れず、今持っているラジオのおかげで、どうにか情報をつないでいた日々から見れば、最初からテレビを見ながらという状況にあった俺たちはかなり恵まれていたのだろう。

思いつつもこれまでの1か月間を振り返ってみていた。


翌日、居川の両親が避難所の引き払い作業を手伝いに来た。

そうは言っても、持ってきていた荷物と毛布とかしかなく、毛布は市の方に返還をすることになっていたから、事実上引き払う時は、居川の両親は見ているだけだった。

「乗ってくれ」

父親が乗ってきた普通乗用車は、多少フロントガラスに傷が付いている程度で済んでいた。

3列になっている車内で、父親は運転席、俺が補助席、母親とその娘は一番後ろに座った。

「シートベルト締めたかー?」

運転席から声が響いてくる。

「はーい」

後ろから2重奏が反響する。


車は、いたるところで工事をしている復興途上の地区の横を通っていく。

「ここが我が家だよ」

車を止め、降りるように促された後で見た紹介された家は、青色のビニールシートを敷いている屋根以外は何ともないようだった。

「瓦が落ちてしまってね。危ないのも外してくれって言ったら、こうなったんだ」

しかたがないというふうに、力なく俺に言った。

「さあ、入って入って。君がこれから住む家なんだから」

父親に言われるがまま、家へと足を踏み入れた。


電車通学をしている間、俺は一人きりで考えている。

これでいいのだろうかと。

こんなふうに偶然知り合ったところに転がりこみ、俺の実家が直るまでということで居候させてもらっているが、厚意に甘えてもいいのだろうかと。

現実としては、家族と1日1回メールや電話で元気かどうかを確かめているし、家の直り具合も家族に聞いている。

それでも、こうやって家で生活できるというのは、地震前と同じことであり、結局はどこかに落ち着かなければならなかったことを考えると、これでよかったのだと、いつもそんな結論になった。



最後に、それからの話を少し。

居川家に居候してから半年が経った頃、実家の修理が完了した。

だが、俺は定期代や通学のことを考えて卒業するまで、居川家にいさせてもらうことにした。

姉は4年生に無事に上がれたし、友人も全員無事だったらしい。

この地震での死者は、1万人強。

負傷者が30万人ほどになり、経済損失が30兆円を越える見込みとなっている。

政府は"大阪湾地震"と命名し、マスコミもその名前で呼ぶようになった。

『ルミナリエ』には『阪神・淡路大震災』の慰霊という意味がもともとあったが、それに加え、この地震の被害者の慰霊という意味も含まれるようになった。


無事に生きている。それをどこかにいる神に感謝しながら、俺は毎日生きている。

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