第12章「将軍の苦悩」
「来たか。」
将軍は短くそう言った。
そして、となりにいた老中の方へ目をやる。
「すまないが、外してくれ。」
「上さまのお心のままに。」
老中が、一礼し退出した。
部屋には、私と将軍の二人が残された。
将軍は立ち上がる。
「改めて、私の命を救っていただいて、感謝している。私はあの場を、帝との決着の地と位置づけ、警戒を怠っていないつもりだった。しかし、まさか罠に掛けられていたとは・・・・・・
帝を囮に使うなど、さすがに予想外だった。」
将軍は、再び頭を下げた。
ふむ。将軍は本当に感謝しているようだ。
それなら、先ほどの進級は取り消してほしいのだが・・・・・・どうにも言い出せる空気じゃない。
私はフォローに回る。
「致し方ないことです。相手の方が一枚上手だった。それでも、なんとか勝利を収められた。今はそのことを喜びましょう。」
「・・・・・・そう言ってもらえるだけで、救われる。全ては私の失策が原因だというのに・・・・・・」
おいおい、思いの他ナーバスだぞ。将軍らしくない。
私はどう声をかければいいか迷う。
そして・・・・・・何を血迷ったか、将軍は刀を取り出した。
しかもそれは、いつも腰に携えている自刀ではない。
「妙純傳持━ソハヤノツルギウツスナリ━」
いやいやガチすぎる。
「近藤、悪いが今から、打ち合いに付き合ってもらえないか?
当然真剣による、真剣勝負だ。」
は⁉
コイツ、どれだけ恩を仇で返したら気が済むんだよ‼
でも・・・・・・目がガチだ。
断れる雰囲気じゃない。
やむを、得まい・・・・・・
「虎徹」
私も、愛刀を抜いた。
生徒会室の窓上部より、壁に張り付いて中の様子を窺っていた才蔵は、何やら剣呑な雰囲気を感じ取り、突入を決意する。
「何をしてるんだい、土方君?」
しかし、その行動には待ったが掛かる。
屋上より、容永が呼びかけたのだ。
やむを得ず、才蔵は屋上までよじ登る。
「松平さん、あんたは今、生徒会室内で何が起こってるのか知ってんのか?」
「老中だ。沙汰は知らん。私は上様の命に従うだけよ。」
この返答に才蔵は憤慨した。
「勇美に危害が及ぶかもしれねーんだぞ!勇美はまだ本調子じゃねえ。今すぐ止めさせろ‼」
しかし、容永は冷静のまま言う。
「言っただろ。全ては上さまのご高察の通りだ。生徒会室へ行きたいのなら、私を倒してからにしろ。」
そして容永は、刀を構えた。
才蔵は歯軋りする。
「ちっ、しゃーねえなあ。手早く終わらすぞ!」
そして才蔵も、拳を構えた。
私と将軍の刀が交わる。
「将軍、どうしてこんなことを・・・・・・」
「・・・・・・分からない、私の今の心情。なぜ配下に、命の恩人に、刃を向けているのか・・・・・・
それでも、抜かずにはいられない。まるでそれが宿命かのように・・・・・・」
将軍の顔は苦しそうだ。
かく言う私も、しぶしぶだったはずが、闘争心を抑えられない。
これは一体なんなのだろうか。
刀と刀が無数に交差し、電撃が走る。
「クッ」
「ウゥッ」
将軍の技量は素晴らしいものだ。
これまで戦った如何なる者よりも、上回っている。
私は、やや後退し、体勢を立て直す。
クソ、これは遊びではない。私も本気を出さねば、命を取られかねない。
私は両手で刀を構え直す。
「将軍、悪いですが、全力でいかせていただきますよ。
つばぜり合いに付き合うつもりはない、一気に片を付ける‼」
「よかろう、私も必殺を使う‼」
将軍も、構え直したようだ。
互いの間に、静寂が訪れる。
勝負は一瞬だ。
私と将軍は、同時に駆けだした━━━
「竜尾剣‼」
「公方剣斬‼」
虎徹と妙純傳持が激突した。
才蔵の拳と、容永の刀が交わる。
「なるほど、さすがは土方歳三の末裔、見事な拳技だ。
━━しかし解せぬな。なぜ貴様は刀を使わない?」
これに対し、才蔵は肩を竦める。
「お前ら、銃刀法って知っている?まあそれについちゃ、うちの勇美だって人のことは言えねーが。
俺は昔から、剣より拳の方が秀でていた。なら、わざわざ刀剣を使う必要もねーだろうが。」
「ふ、たしかに一理あるな。」
会話の間にも、二人の拳と刀は無数に行き交っている。
今度は才蔵が尋ねる。
「松平さん、どうしてあんたは、こんなにも将軍へ執着してんだ?」
「老中だ。我々臣下が、上さまに忠節を尽くすのは当然のこと。特に松平家は、徳川将軍家をお支えするのが一門の役目。なれば私も、その習わしに従うのみ‼」
才蔵はため息をつく。
「そうかよ・・・・・・まあ、お前らが将軍をどう敬おうが構わねー 俺達をどう扱うかもな。
・・・・・・だがこれだけは言っておく。俺はお前達に忠義を尽くすわけじゃねー 勇美のためにここにいる。
愛する者のために、俺は戦う。
俺の主君は━━近藤勇美だ‼」
そして、必殺を放つ。
「秘拳・燕返‼」
才蔵の拳が、容永の正面に直撃した。
「ぐはァ」
容永は、膝から崩れ落ちた。
才蔵が容永の横を通りすぎる傍ら、発言する。
「わりーな。俺にとっては、勇美が全てだ。」
それを聞き、容永は満足したように返す。
「・・・・・・フッ、いい覚悟だ。」
地に伏したのは、将軍の方であった。
私は思わず、そのまま立ちすくんだ。
「・・・・・・」
将軍は、しばらく無言だった。
・・・・・・あの、大丈夫だよな?
息があるのは確認しているが・・・・・・私、殺ってないよね?
・・・・・・
やがて将軍が、口を開いた。
「お前と打ち合って、ようやく私は、自分の気持ちに気がついた。」
将軍が起き上がり、私の前で跪く。
「お前が好きだ、勇美。」
・・・・・・
・・・
・
え?
今コイツ、なんつった?
私のことが好きって言わなかった⁉私の聞き違いだよねえ!!?
困惑する私だが、将軍は構わず続ける。
「お前を見ていると、いつも絡みたくなる。からかいたくなる。かなり奇怪なことを言っても、お前は嫌々ながらも、それを受け入れ、付き合ってくれる。
お前が入学してからの私は、何かに取り付かれているようだった。先来、命を救われていてからは特にそうだ。私は、その正体が何か分からなかった。だから戦った。打ち合った。
そして分かった。
これは愛だ。
当然、江戸幕府を再興するという指針に嘘偽りはない。
だがそれとは別に、私は将軍としてではなく、一人の男として、お前が好きだ。
━━愛している‼
・・・・・・勇美はどうだ?将軍でない私個人を、どう思っている。」
・・・・・・
・・・
・
マジで言ってる?
そんなこと急に言われてもなあ・・・・・・
返答に困るとはこのことであった。
だが最近の私も、たしかにおかしかった。
嫌だと言いながらも、なんだかんだいつも、江戸幕府再興会に足を運んだ。どんな不利な外征でも、全力で戦った。挙げ句の果てには、自身の命を危険に晒してまで、将軍を庇った。
・・・・・・
だから私は、こう言う。
「しばらく・・・・・・考えさせてください。」
そして、相手の顔も見ず、私は生徒会室を、去って行った━━━━━━
容永との戦いを終え、生徒会室に急行した才蔵であったが、将軍と勇美の一部始終の会話がドア前で聞こえてしまい、言葉を失い固まった。
「しばらく・・・・・・考えさせてください。」
この言葉が聞こえると、思わず身を隠す。
直後、勇美がドアから飛び出し、周りにも目をくれず、走り去っていった・・・・・・
才蔵は呆然と立ちすくむ。
「勇美・・・・・・」