聖女様は「王太子殿下と結婚したいです!」と何度も要求しますが、王太子殿下はその度に「愛する婚約者と結婚出来ないくらいなら死ぬ!」と即効性のマジモンの劇薬を用意するので話が進みません。
「王太子殿下と結婚したいです!」
「誰がお前のような金目当ての強欲女と結婚するか!たとえお前が神から選ばれた聖女だろうが、私の愛するベランジェールと結婚出来ないくらいならお前を殺して私も死ぬ!」
国一番の呪術師の作ったヤバめの劇薬を異世界から来たという聖女サオリに突きつける王太子、オーレリアン。オーレリアンの本気に気付きまたダメかとぐぬぐぬと歯噛みするサオリ。そしてオーレリアンの愛するベランジェールは…。
「どちらでもいいのですけれど、はやく決めてくださいません?」
もう十六回目になるこのやり取りに、いい加減呆れ果てていた。
「ベランジェール!お前はもう王太子妃教育が終わっているのだぞ!王室の〝秘密〟も知ってしまっている以上、私の婚約者でなくなってしまったら毒杯を賜るのだ!自分の命は大事にしなさい!」
ベランジェールを心から愛するオーレリアンの渾身のお説教を聞いても「はぁ…」と気の無い返事を返すベランジェール。一方それを横から聞いていたサオリは「はぁ!?」と腹の底から声を上げた。
「それを先に言いなさいよ!このバカ王太子!ベランジェールちゃんごめんね!大丈夫!?まだ誰にも何もされてない!?」
「とりあえず両親から大人しく身を引けと再三言われて、ああこの人たち私が死ぬことより国の安寧が大事なんだなぁと」
「なに!?」
「なんですって!?」
オーレリアンとサオリの頭はこの時点で沸騰していたがベランジェールの告白はさらに続く。
「学園でも、ご令嬢方にいつ身を引くのかしらと嘲笑されています」
「お前のせいだぞクソ聖女!」
「悪かったわね!あんたからは身を引くし、迷惑かけた分ベランジェールちゃんの仕返ししてやるから許しなさいよ!」
これで終わりかと思ったがまだ続く。
「国王陛下からもいい加減諦めてくれと言われて…」
「クソ親父…」
「あんたの父親一国の王のくせにこの年頃の女の子に遠回しに死ねとか言っちゃえるんだ。頭大丈夫?」
べランジェールはぽつりと呟く。
「私、こんなに簡単に両親や国王陛下から見捨てられると思いませんでした。それは、確かに聖女であるサオリ様の方が王太子殿下には相応しいとは思いますが…」
「そ、そんなことないわよ!私ただの金目当てだし!こいつベランジェールちゃんのために劇薬まで手に入れて抵抗してんのよ!?」
「私はべランジェール以外と結婚するくらいなら死ぬ!ベランジェール、私と生きてくれ!お前にひどいことを言ったやつらは全てお前に頭を下げさせるから!なんとかする!だから!」
ベランジェールはオーレリアンを潤んだ瞳で見つめる。
「私、オーレリアン様と一緒にいたいです…まだ、一緒にいてもいいですか?」
「まだと言わず一生…いや、永遠に一緒にいてくれ!愛してる、ベランジェール!」
「オーレリアン様っ…!」
「…私完全に悪女じゃないの。名誉挽回しなきゃね」
その場はそれで落ち着き、とりあえず解散となる。そしてこの日から、聖女サオリは国のために祈らなくなった。
「聖女様!どうか国のために祈りを!」
「嫌よ」
「何故!」
「何故はこっちのセリフよ!」
サオリは教会の中にいる平民達に聞こえるように声を張り上げる。
「あんた達、どうして私が王太子殿下と結婚したら、その婚約者のべランジェールちゃんは毒杯を賜らないといけないって教えてくれなかったのよ!聖女である私を人殺しにする気!?そんな女の祈り、神さまだって叶えてくれないわよ!」
サオリの言葉に平民達は動揺する。平民達も聖女であるサオリと王太子であるオーレリアンの結婚を望んでいた。しかし、それが叶ったらひとりの女性が死んでいたなんて。
「そ、それは…」
「しかも、それを知っていてベランジェールちゃんの両親や国王陛下はベランジェールちゃんに身を引けと言ってたらしいじゃない!学園とやらの女子どもも知ってたか知らないかわかんないけど、ベランジェールちゃんはいつ身を引くのかしらとかほざいてたらしいし!みんなが公の場でベランジェールちゃんに頭を下げるまで、私お祈りしないから!」
サオリの言葉は、平民や神官を通して瞬く間に広まった。ということで、急遽王宮に遍く民が集められオーレリアンがベランジェールの隣で守り、サオリが後ろから見守る中、べランジェールに皆が真剣に頭を下げた。
貴族一同に頭を下げられて困り顔だったベランジェールは、両親から土下座されさらに困惑。国王陛下のつるっぱげの頭を見せつけられた時にはもう逆に真っ青になって顔を上げさせようとしたくらいだった。
「ゆ、許しますから!」
「言っておくけど私、国中が王太子殿下とベランジェールちゃんの結婚を祝福しなきゃまた祈らなくなるからね」
やっと事態が落ち着いたと思ったらまた爆弾が落っこちて、その場にいた貴族も平民もこぞってオーレリアンとベランジェールを引き攣った笑顔で祝福した。ぶっちゃけベランジェールとサオリは特に仲がいいわけではないが、みんなベランジェールとサオリを親友だと勘違いしもう二度とベランジェールを傷付けないと誓った。
ちなみにサオリが祈らなかったこの数日間に起こった出来事といえば、国王陛下のつるっぱげ事件くらいである。聖女の祈りがない状態が長く続けば国が崩壊するほどのことは起きるが、別に数日ならそこまで問題はない。聖女が国を離れることだってあるからである。
今回はそれを知るサオリの勝ちだった。
オーレリアンは私もベランジェールのために何かしたかった…と後々落ち込むが、べランジェールのキスですぐに復活した。
「べランジェールちゃん!第三王子殿下の出産おめでとう!」
「王妃殿下、だろうが!」
「なによ!それなら私だって聖女様だもん!」
「あの、私は別にどちらの呼び方でもいいです」
結局あれ以降、サオリとべランジェールは妙に仲良くなりべランジェール命のオーレリアンはサオリに嫉妬している。
とはいえお陰であまり良くなかった王室と教会の仲も少しは改善された。今では下手にサオリがオーレリアンに嫁がなくてよかったとまで言われている。
聖女サオリは結局、教会にいればそれなりに贅沢できるしもういいやと独身を貫いていた。下手に立場のある人には大抵婚約者がいるから、また誰かを死なせかけるのではないかと怖いのだ。
「第三王子殿下可愛いー!生まれたばかりの赤ちゃんの匂い好きだわー」
「さっさと祝福したらどうだ!」
「今するわよ!」
聖女の力で生まれたばかりの王族の赤ちゃんに祝福の光を浴びせるのも、サオリの仕事だ。べランジェールの腕の中の第三王子は、サオリの優しい光にきゃっきゃと笑う。これで彼も幸せが約束されるだろう。
「しかし、この国の神ってなんで毎回異世界の少女を拉致るのかしら。召喚とかマジでやめてほしいわ」
「すみません、うちの神が」
「べランジェールちゃんはいいのいいの!オーレリアン、なんとかしなさいよ」
「国王陛下と呼べ!不敬だろう!」
「なによ!私は聖女様よ!」
べランジェールは思う。
「なんだか…」
「どうしたの、べランジェールちゃん」
「サオリ様が聖女様で、よかったです」
「…ふふ、そうでしょそうでしょ」
「べランジェールの方がよほど相応しいと思うがな」
色々あったけれど最終的にこれでよかったのだろうと、彼女は笑った。