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失顔症のスナイパー。の相棒で花屋の俺様!と 、ゆうしゃのわたし。  作者: 大石猪口 oishi choco
俺様が花屋になるまで
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B-side 6

 B-side βarrel


 軍曹を説得し終えたところで、僕はバックパックから、とっておきを取り出した。

「お!お前、これは!?」

 ぼろぼろの布きれ。本物の空き家の中には、使えそうな物どころか、使えそうにない物まで何も無かった。ただひとつ、服とも呼べないようなぼろ布を除いて。これが最低限、僕達に必要なものだった。

「これだけあれば、作れるだろ?」

「でかした!よく見つけてきたなぁ、相棒!」

 闇市でも布ぐらいは売っていた。でも、万が一にも足が着くといけないからと、その時は諦めるしかなかった。

「マスクと、マントぐらいは何とかなる?」

「おう!継ぎ接ぎになるだろうが、むしろそれがいい!今回のコンセプトと合ってる」

「やったね。これで僕達はやっと、スマイルマンになれる」

 スマイルマン。それは、僕達がヒーローとして活動する時の呼称だ。ヒーローは素顔を晒さない。素顔で戦うヒーローもいるんだろうけど、僕達はそうじゃない。

「顔はお前が描けよ?お前の注文はムツカシイんだよ」

「分かってる。軍曹のだけは、特別仕様にしてあげるよ」

 二人して美味しいタコスを口に押し込むと、僕達は酒場を後にした。


 僕達の秘密基地は、軍曹が探し当ててくれていた。それは二階建ての住居で、何かの店舗でもあったらしい。一階部分は、今はガレージのように何も無く、僕達はその二階部分を寝床にすることにした。ベッドは勿論無いけど、居心地は上々。壁はさておき、屋根に穴が無いだけ有り難いぐらいだ。

「よし、できた!」

「待ってたぜぇ?見せてくれ!」

 スマイルマンの頭が出来上がると、僕はそれをひとつずつ、両手にぶら下げてみせた。違いはあるけど、どちらも表情は同じだ。そう、表情。表情だ。笑った表情だ。

 僕は彼を見る度、とても愉快な気分になる。

「コンパスも定規も無しに、よくもこれだけ綺麗に線が引けるもんだな?」

「履歴書に書ける特技だからね」

 僕は、向かい合わせの矢印の下に、切れ目の入ったメロンを描いただけだ。彼を知る以前の僕は、彼を、スマイルマンを、そうとしか表現できなかった。

 3本線の矢印は、それぞれ左上と右上に、向かい合わせに配置する。尖った所の角度はきっちり90度、どの線の長さも均一に。メロンは丸のままじゃなく、八つ切りにした三日月みたいなやつがいい。でも、八つ切りにするだけでも駄目だ。あと5回、包丁で切れ目を入れて食べやすくしたものがいい。

 矢印は右目と左目、メロンは口だ。コミックに出てくる笑顔の表現、らしい。僕はスマイルマンが大好きだ。スマイルマンといっても、そんなキャラクターがいたわけじゃない。僕と軍曹が勝手に呼んでるだけだ。

 僕は、初めてこの描写を目にした時、自分以外の人には、顔がこういうふうに見えているのかと勘違いして、顎が外れるぐらいに驚いた。それを軍曹に尋ねたら、軍曹は顎が外れるぐらいに口を大きく開けて、大きな笑い声を上げていた。

 この時きっと、軍曹はスマイルマンと同じ顔をしていたんだろう。本当に愉快だ。メロンが口で、矢印が目だなんて。笑顔がこんな表情だというのなら、僕にだって一目瞭然だ。

 たった一度でいい。僕は死ぬまでに、彼に会ってみたい。

「軍曹は、どっちがいい?」

 今回のスマイルマンの頭は、表情は同じでも模様に違いがあった。

「継ぎ接ぎスマイルマンに、穴開きスマイルマンってとこだな」

 片や、小さな布切れを継ぎ合わせたスマイルマン。片や、小さな穴のたくさん開いたスマイルマン。どちらも良い味がある。

「色はどうする?お前はあの、なんとかってえ赤色が気に入ってたんだろ?」

「コチニールレッド=スマイルマンのこと?」

「そいつだ」

 向こうの世界では、同じ表情のマスクを区別するために色で分けていた。僕が気に入っていたのは、そのコチニールレッドという色味そのものではなく、その名前の由来の方だった。

 実際、洗濯による色落ちと、ヒーロー活動による日焼けとを繰り返し、コチニールレッド=スマイルマンは度々その色合いを変えて、最後はファイアーレッド=スマイルマンとでも言うべきものになっていた。

「今回のは特徴的だし、染料の入手も大変そうだし、このままでいいんじゃない?」

「そうかそうか。助かったぜ。そんじゃあ俺は、穴開きスマイルマンだ」

「オッケー。最後の仕上げだ」

 僕は、穴開きスマイルマンの頭を床にもう一度広げると、右目の矢印の端っこに小さな丸を付け足した。

「なんだそりゃ?涙か?」

 涙?

「え?違う。これは、タマちゃんだ」

 そうか。目の端に丸を描くと、涙に見えるものなのか。

「右目に丸というより、タマか」

「そうそう。泣き笑いみたいなメッセージ性は、込めてないつもりだけど」

「ま、受け取り方は、受け手に任せるか」

 そう言いながら、軍曹は穴開きスマイルマンに変身した。ぼろぼろのマント姿の上に、穴開きスマイルマンの頭が収まると。最高に不恰好なヒーロー、スマイルマンが姿を現した。

「いいね!不恰好さに磨きがかかってる。これはいいよ」

「お?そうか?流石は俺達のヒーローだな」

 スマイルマンは、二流のヒーローだ。積極的に、暴力に訴える。積極的に、甘い理想を掲げる。きっと負けることもある。だから、格好良くては駄目なんだ。一流(ほんもの)のヒーローが現れるまで、子ども達のために泥臭く戦う。それが僕達のスマイルマンだ。

「お前も変身しろ。記念に祝砲を放ってくれ」

 そう言って、軍曹は僕の手の平に、見慣れた銃弾をひとつ落とした。

「あ!スキルを試してみたんだ?」

「おう。お前がスマイルマンの顔に化粧をしてる間にな。念のため、発射薬は少なめにしたが、7.62ミリ弾を模してある。頭ん中で設計図やら化学式やらを事細かに組み上げるのは、俺様でなきゃあ無理だろうな!」

「よくやるよ。僕には絶対に無理だ」

 向こうの世界でも、銃弾の選定や弾道計算は軍曹の仕事だった。僕は軍曹からもらった情報を噛み砕いて、勘を頼りに微調整するだけで良かった。

「へへっ。まぁ、テストといこうや。祝砲とは言ったが、サイレンサーは付けたままにしとくか」

「もちろん。余計な騒ぎは御免だ」

 サイレンサーがあっても、音が出なくなるわけじゃない。僕のライフルのものは特別に高性能だけど、調子が良い時のフィンガースナップぐらいの音は出てしまう。

「幸い、穴はたくさん開いてる。お月様でも狙ってやりゃあいい」

 穴というのは穴開きスマイルマンの方じゃなく、もちろん壁に開いてる穴を指しているはずだ。そちらに銃口を差し込むと、僕は軍曹の方へと振り向いた。

「じゃあ…記念すべき、異世界1日目の夜に」

「調子付いた悪党共の最後の夜に」

 祝福の言葉の最後に、僕は異世界で初めて、引き金を引いた。調子が悪い時のフィンガースナップみたいな音がした。

「ん?撃ったんだよな?」

「変な音がしたね。撃ったはずだけど、反動が無かった」

 僕がボルトを操作して排莢してみると、弾頭と薬莢がそれぞれに床を打った。

「発射薬を少なくし過ぎたんじゃない?」

「…マジかよ。そこまで少なくしたつもりは、なかったんだがなぁ」

「一応、音はしたんだし、祝砲としては十分だ」

 軍曹は薬莢を拾い上げると、中を覗いて何度も首を傾げた。僕達のスキルは、1日1回きりだ。明日は、上手くいくといい。

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