B-side 4
B-side βarrel
近寄るな、と言うわけでもないのに、照準をこちらの胴に合わせるのが気に食わない。まるで、手の平から何かが飛び出すみたいじゃないか!
「お待ちなさい!」
こめかみを貫いて、男の声が耳に刺さる。僕はどんな手品が見れるのかと、とても楽しみにしていたのに、一番後ろにいた男がそれを阻止した。周りの人達に守られるような位置にいるからには、彼はきっと、偉い人なんだろう。
「南の果てにあるジュラの国では、時たま、転生者と呼ばれる存在が現れるのですよ?この方達は、それと同じか、もしくは…」
「そいつが何かは知らねえが、こっちの世界にお邪魔するって意味じゃ、その通りのはずだぜ?なにせ、神サマ直々に、ご案内頂いたんだからよ」
「なんと!我等が神は、再び奇跡をお示しに!?」
軍曹の言うことを鵜呑みにしてくれるとは有り難い。だけど、耳にべたべたと引っ付くような、オーバー気味の驚きの表現は。
嫌だな。僕は、この人とは友達になれそうもない。凄腕じゃないから分かったけど、これは、演技派の嘘つきの声だ。
僕は、演技派の彼の何を信じて良いのか分からない。僕にはもう、全部が嘘に聞こえてしまうから。
「悪党をやっつけろ、と神から御下命頂いてるんだが、そいつを願ったのはあんた等なんだろ?」
「やっつけろ、ですか…ええ。今やそれは、この地域に生きる無辜の民の、総意とも言えるでしょう」
「司祭様…簡単に信じて良いのですか?」
演技派の彼が静かに頷くと、右手をかざしていた二人は、その手を落ち着けてしまった。僕はやっぱり、演技派の彼が嫌いだ。
「無辜の民ねぇ。まぁ、どう行動するかは、俺達に一任されてんだ。それに、だな」
軍曹は前髪を掻き上げるような仕草で、誰もいない左目だけを隠した。軍曹が変な動きをする時は、大抵格好つけてる時だ。本人に聞いたことがある。その格好良さがいまいち伝わらないのは、きっと僕が表情を読めないせいだろう。
「俺様の右目には、神の、タマちゃんの意志が宿ってる!全てお見通しってやつだ」(見てるよー)
「たま?…貴殿らは、私共の思考が読み取れるのですか…?」
「…そこまでは言ってねえだろ?タマちゃんは大層お疲れでな、今は眺めてるだけだ」
演技派以外の男達は、ぶつくさと文句を垂れている。僕も本当は、そうしたかった。演技派の彼は、何故こうも軍曹の言葉を信じられるのか。嘘臭い。信じるという演技をしているだけじゃないのか?
あぁ、本当に演技派の嘘つきは嫌いだ。全てを疑りたくなってしまう。
「では!行動を一任されていると仰いましたが、前回とは違い、貴殿らが直接、奇跡をお示し下さると?」
いちいち耳に障る。胡麻を擂るような喋りはやめてくれ!
「前回?…待った!今、確認する」
突然近くに降ってきた軍曹の顔を見て、はっと我に返った。気付けば僕は、男達から顔を背けて、祭壇に向かってお祈りするような姿勢になっていた。
「タマちゃんよぉ?」
(はいはい、ごめんなさいね~!5年前にねぇ、神珠を地上にばら蒔いたんだよね)
軍曹は長椅子の前でしゃがみながら、目を瞑っては額に手を当てている。僕も同じように手を当ててみると、頭が少し軽くなった。
(神珠はね、子供達の枕元だけに1日1個落ちるようにしてあってー、いーーっぱい集めると、神様だけが使えるスキルを使えるようになるんだぁ。スキルの詳細は、キミ達にだって最後まで明かせない決まりだけど)
「なんだそりゃ?お子様だけにプレゼントって、サンタクロースの真似事かよ?」
(誰それ?)
スキルをプレゼントするには、随分と回りくどい方法だ。それが神様のやり方なのかもしれないけど、他に目的があるような気がしてならない。
「タマちゃんはどうしてそんなことを?普通にスキルをプレゼントしちゃ、駄目なのかい?」
(うん。アタシがあの時に受け取った願いの塊はさ、子供達が立派な大人になれますようにっていうものだったからね。スキルは、一番頑張った大人へのご褒美っていう感じ)
「あん?神珠を集めるのは大人なのかよ?」
(そうだよ?神珠をさ、食べ物とかお金と交換してもらいなさいって。同じような説明は、天使を通じて、この地域の人達全員にしてもらったよ。子供達はご飯を食べられるし、善いことをすれば、良いことがあるよって、皆に信じてほしかったんだぁ)
この辺りの子供達は、食糧すら満足に得られていないということか。そういえば、この教会に落ちてくる前に、子供達の生きる糧、いや、それを得る手段を奪う悪人がいると、タマちゃんは言っていた。その手段というのが神珠か。
「あー、ちょっと分かった。タマちゃんの用意した救済システムが上手く機能しなかったから、新たに願いを叶えて、僕達を喚んだってことでいい?」
(当たり!)
ご褒美の飴玉だけじゃ駄目だったから、お仕置きの鉛玉をくれてやる。なるほど。本当にありふれた、人間社会に合わせたやり方だ。
「…スキルをエサにするにしてもよ、ちょいと、善意に頼り過ぎなシステムだな?」
「タマちゃんの想定外に、馬鹿な大人が多かったっていうだけだろ?」
それでも、そういう善意が巡る社会になる、その手助けになればいいと、キミは神珠をばら蒔いたんだろう?
(シリル君は、綺麗な目をしてるね)
「人の目を使って見つめ合うんじゃねえ」
軍曹が立ち上がると、その目の中にあった光も見えなくなった。
「待たせたな!確かに前回とは違う。俺達が直接、鉄槌を下してやるつもりだ」
「おお!感謝します!」
感謝は必要無い。僕達がヒーローをやるからには、この世界の情勢や標的となるものを、全て自分の目で見なくちゃならない。それがルールだ。
「そのためにも、俺達二人は一般人を装う。前回のように大っぴらにやるつもりはねえからな。あんた等も、口外しないでくれ」
「承知しました。他の五人の分も、わたしが責任を持って約束致します」
今回、天使が僕達のことを触れ回った様子は無い。タマちゃんが指示するのを忘れてただけかもしれないけど、それは僕達にとっては好都合だ。
「私共に、何か協力できることはありませんか?」
あるかもしれないけど、いらない。僕個人としては、さっさと彼の前から立ち去りたいと思ってる。でも、軍曹もそうとは限らない。真偽はともかく、情報収集は急務だ。
「ねえな。今は、な」
ところが軍曹は、僕の予想に反してそれを放棄した。
「そんなことよりよお?俺達に関わらず、あんた等には自身で考えて、俺達とは別の方法で、ガキ共を救ってもらわねえとな。それが神の、タマちゃんの意志だ」
軍曹は、僕の隣で寝転がっていた僕のライフルを。布でぐるぐる巻きにされたそれを肩に担ぐと、出口に向けて、つかつかと歩きだした。軍曹がこの場を去るつもりなら、願ったり叶ったりだ。僕は無言で、その後に続いた。
「…そうですか。でしたら、安全な住居の手配だけでも、お任せ頂けませんか?差し出がましい上に、お恥ずかしい話なのですが、この町では今や、それすら苦労する有り様でして」
「考えておく。じゃあな」
前を通り過ぎようとする軍曹に対し、演技派の彼は頭を低くしたかと思うと、素早く右手を差し向けた。僕は一瞬、身構えたけれど、彼の手にはナイフも無ければ銃器も無い。
「自警団を名乗る連中には、くれぐれもお気をつけ下さい」
彼はただ、握手を求めただけだった。