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失顔症のスナイパー。の相棒で花屋の俺様!と 、ゆうしゃのわたし。  作者: 大石猪口 oishi choco
俺様が花屋になるまで
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A-side 2

 A-side akagami


 早朝の拳法道場で、師匠のハライムさんと二人きりの鍛練を終えると納屋をお借りした。御食事処で働くのに、汚れた格好で参上する程、非常識じゃない。汗を拭き取り、水色の作務衣に袖を通すと、ひとつ大人になった気になれた。手紙を受け取ってから浮かれ気味だった足も、今はどっしりと地面を踏みしめている。

「師匠!朝早くから、ありがとうございました!」

「おう!いつでも来いや。ルィーの店は今日からか?頑張れよ!」

「はい、行ってきます!」

 この道場に通おうと決めたのは、首都エイトに到着した翌日。少しでも強くなりたくて門を叩いたものの、成果は全く別の形で表れた。ううん。成果なんて、おこがましい。こういうのはきっと、恩恵っていうんだろう。

 思うようにいかない日々の鬱憤を、八つ当たり気味に師匠にぶつけた。本当にぶつけられた試しなんてないけど、がむしゃらに何度も拳を突き出す内に、憤りは気持ちの良い汗になって流れ落ちた。

 そんなある日、わたしは兄弟子のリゥ=ウィー=ルィーさんと出会った。以来、師匠とルィーさんの二人に引き合わせて下さったことを、わたしは毎朝欠かさず、神様に感謝している。

 そのルィーさんのお店を前に、わたしはもう一度身だしなみを確認してから戸を引いた。

「おはようございます!今日からお世話になります」

「おう。まぁ、しっかりやれや。まずは食材の下拵えだ。包丁は持ってきたな?」

「はい。精一杯、頑張ります」

 私物はひとまず納屋へ置かせてもらい、これでもかと手を洗う。その流れのまま、真っ黒なお芋の入った桶を前にして、わたしは束ねた赤髪を三角巾で覆った。そうしてルィーさんの隣に立つと、同じように皮を剥いていく。その速さは、全然同じじゃないけれど。

「うちは上等な店じゃねえからな。任せられる仕事は、何だってやってもらう。スープだけは毎日同じのを作るから、早いとこ覚えてくれ」

「はい!」

 工房街にあるルィーさんのお店では、日替わりの主菜に定番のスープとご飯がついた定食のみが提供される。主菜は揚げ料理か蒸し料理のふたつがあって、お客さんはそのどちらかを選んで注文することになっている。その日、どんな主菜を提供するかは、ルィーさん次第だ。

「店を開けたら、洗い物やらの雑用は全て任せる。それが疎かにならねえように、上手いこと学んでいってくれや」

「はいっ」

 雇ってもらえたなら、任せてもらえるのなら、わたしは応えなければいけない。皮剥きは、調理の始まりの大事な作業だ。ぬめりのある芋は、手から逃げ出そうとするし、集中を欠けば指を切る危険もある。速さと丁寧さ。優先されるのはどちらだろう?

 そんなこと尋ねるまでもない。答えは、すぐ隣にある。

「ルィーさんは、料理人としては何年目になるんでしょうか?」

「ん?何年だろうな。親父から店を受け継いだのが、7年程前で、その前が12年…もう19年、になるのか。早ぇもんだな」

「…一年だけ修行をさせて下さいっていうのが、そもそも、料理人を馬鹿にしたお願いだったんですよね」

「へへ。初対面の野郎に、いきなりそんなこと言われりゃあ、喧嘩の売り込みかと思うだろうよ」

 なんでこんなことに気付かないのか。しばらくは、お客さんとしてだって他の料理屋さんに入れそうもない。

 そんな会話の間にも、ルィーさんの前には美しく処理された芋が山盛りになっていく。さっきの回答を見せつけられても、現状のわたしでは実現不可能なことは分かりきっている。相反するふたつの両立を可能にするものが、何年にも渡る修行なんだ。

「まぁ、何年かけて修行したって、身が入ってなけりゃ何の意味もねえ。よく見て、考えて働くこった」

「ありがとうございます。ご指導、よろしくお願いします」

 ルィーさんの仰る通り、わたしはこの会話を最後にして作業に没頭した。その最中、よくよく考えた結果、まずは丁寧な仕事を一番に心掛けることにした。


「よし、昼の客はもう来ねえだろ。今から、俺達二人分の賄いとして、今日の主菜をふたつとも作ってみな」

 16ある座席に空きが目立ちだした頃、何の前触れもなく、ルィーさんはそう言い放った。

「え?!しょ、初日から、そんな大事な、調理までさせてもらっていいんですか!?」

「嫌なら無理に、とは言わねえよ?」

「そんなことありません!やらせて頂きます」

 ルィーさんの挑発的な笑みがなくとも、わたしのやる気は満々だ。料理を作らせてもらえるのなんて、1ヶ月以上先の話だと思っていたから、ルィーさんの采配にびっくりしただけだ。

 扱う食材は、(かれい)によく似たプリンという魚だ。なんだか懐かしい響きを名に持つ白身魚は、揚げて良し、蒸して良し、らしい。だから本日の日替わりは、どちらもプリンが主たる食材になっている。ルィーさんいわく、市場で飛び抜けて安く買えたんだとか。

 薄く粉をまぶしてカリッと揚げたプリンに、細切りにした人参などの野菜が入った甘酸っぱい餡をかけて頂くのか。蒸されて身がふわふわになったプリンに、ピリッとした辛さがクセになる、特製の香味ダレをちょんとつけて頂くのか。どちらも選び難い。選べない。わたしがお客さんなら、迷いに迷った挙げ句、どちらも美味しく頂くんだろう。実際、そんなお客さんは沢山いた。

 でも今、わたしは作る側に立っている。タレも含めて、作り方は全部見ていた。味見する機会は、一度だけ頂いた。丁寧に作れば、絶対に再現できるはずだ。

「俺は今から、腹を空かせた客だ。大将!日替わり、ふたつ共頼むぜ!」

「しょ、承知しました!」「おい、なんか面白えことが始まったぞ」

 ルィーさんが、どっかりと椅子に腰を下ろすと、残っていたお客さんが愉快げに声を上げた。その声は、嫌でもわたしの耳に入ってくるけれど、それに付き合っている時間は無い。惑わされている場合でもない。スープとご飯は、流石に既にあるもので良いはずだ。注文は日替わり定食でも、さっき作れと言われたのは主菜だけだ。

「ルィー。お前、女将さんに逃げられたのか?」「また若ぇの連れてきやがって」「女房ってより、娘って歳じゃねえのかよ?」

「勝手に言ってな。女房が帰ってきたら、お前ら一人残らず、蒸すか揚げるかされちまやぁいいんだ」

 では、何から作る?餡とタレは、余っていようと使うのは厳禁だ。それでは、わたしの作った賄いではなくなってしまう。

 何から手を付ける?日替わりの片方ずつならまだしも、揚げ蒸し両方の面倒を見ながら、同時進行で餡やタレを仕上げる自信なんてない。ならば!魚を揚げたり蒸したりする前に、そちらから作るべきだ。

「女将さんは身重だろ?代わりに雇い入れたのかい?」

「そんなとこだ。俺一人じゃ、うるせえ客の面倒まで見きれねえからな」

 食材の下拵えは済ませてある。冷静に焦らず。あ。でも、お腹を空かせたお客さんっていうことは、やっぱり急がなきゃ駄目なの?!

「それにしても、腹が減ったな?」

 わたしの利口なお耳は、騒がしい客席からルィーさんの声を拾い上げた。

「しょ、少々お待ち下さい!」

 できるできないじゃない!やるんだ!揚げの方は二度揚げだから早めに作り始めていい。一番先に餡を作り始めて、一番最後に揚げの方を仕上げるのはどうだろう。その間に、揚げて、蒸し始めて、餡を仕上げて、香味ダレを調合する。最後にもう一度揚げたら盛り付けだ。この流れでいこう。

「こんなのが毎日見れるんなら、遅めの昼飯も悪くないねえ」「ゆっくり昼飯を楽しむってのも悪かねえ」「食い終わった奴らは、さっさと働いてこい」

 揚げ油と蒸し器の準備は万全だ。わたしは小鍋を火にかけると、全神経を集中させた。

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