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失顔症のスナイパー。の相棒で花屋の俺様!と 、ゆうしゃのわたし。  作者: 大石猪口 oishi choco
俺様が花屋になるまで
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A-side 1

 6月37日(火と月の日)  晴れ  元気いっぱい


 転生前の、向こうの記憶はどんどん消えていってる感じがするのに、この変な日付への違和感だけは、一向に薄れる気配がない。自分で書いていて、とぉっても気持ちが悪い。

 こっちの世界に転生してから今日でちょうど2ヶ月。最初の慌ただしい1ヶ月はジュラの国で、そして今は、その隣にあるカリマヤという国で暮らしている。

 世界中のレシピを集めた本、世界料理大全を作ると豪語したものの、今日までは足踏みする毎日。だけど、わたしを雇ってくれるというお店をつい先日、やっっと見つけた。

 色々と事情があって月始めから働くことになったけれど、明日からは前進あるのみ!

 せめて一年は、調理の修行とレシピ収集のために、カリマヤで頑張る。そう決めたのはわたしだもんね。一人ぼっちのお家が静かで寂しくても負けるもんか!

 伝書鳥代わりのワズンが、手紙を届けてくれるのを楽しみに待っていよう。

 明日も早起き。魔法の練習をちょっぴりしたら、程よい眠気を運んでくれるかな。



 A-side akagami


 朝のお祈りを終えると、青い宝石のついた指輪が朝日に光って見えた。ヴァレンにもらった指輪は、今日も薬指には嵌まっていない。それは飾り紐の留め具となって、いつも通りに右の手首に収まっている。これに、勇気の腕輪という名前を付けたのはわたしだ。

「おはよう。こっちは元気だよ!」

 このコに挨拶を送るのは、近頃できた朝の日課。いっそ、この声がヴァレンに届けばいいのに。そんな魔法があればいいんだけど、多分、存在しない。魔法という言葉を聞けば、何でもできそうな、そんな期待を抱いてしまうのは、向こうの世界との認識の差のせいかな?

「ん?」

 何の音?わたしが視線を上げると、窓の外にワズンの姿があった。

「ワズン!いつからそこにいたの?!」

 ワズンはパピヨンという種類の鳥で、ウサギのような長いお耳を持っている。普段は耳をぺたんと閉じているんだけれど、今はわたしに挨拶するみたいに、右の耳だけをぴよんと立てていた。

「夜のうちに来てたの?鳥なのに、暗くても見えちゃうの?」

 残念ながら、わたしにそこまでの知識は無い。わたしはワズンを寝室に迎え入れると、即座にワズンの右足にある足環に手を伸ばした。

「初めてだけど、ちゃんと帰ってこれたね!ご苦労様!ワズンは偉いねぇ」

 ごめんね、ワズン?普通はお礼が先だよね。でも!だって、だってだよ?恋人から!初めてもらう手紙なんだもん。

「えへへ~」

 どんなことが書いてあるんだろう。

 小さなわたしの手の平に、ぽつんと、ちっちゃな手紙がひとつ。期待だけはどんどん膨れて大きくなる。わたしがこれを開くには、愛の告白以上の勇気が必要だ。心臓にだって、準備運動がいる。ううん、それだけじゃ、きっと足りない。

「朝ごはん!先に食べちゃおう!」

 お腹におはようを言って、体調をバッチリにしなきゃ。

 決意を胸に寝室を出ると、一直線にお台所へ走る。お行儀の悪い足でごめんなさい。

 朝ごはんは、昨日の夜に作っておいた具沢山のトマトスープとパン。冷めてても美味しく食べれるように、スープの塩味は控えめにしてある。一人分には多過ぎるかな?というぐらいの量でも、わたしのお腹は優しく全部を受け入れてくれた。

「ご馳走さま」

 そうして後片付けまで終わらせると、食卓の上には手紙だけが残った。身支度は起きてすぐに済ませたし、他にやるべきことは無い。もう、逃げられない。

「やっぱり無理っ!見るのが怖いっ」

 無愛想なヴァレンのことだもの。きっと業務連絡みたいな一文だけだったりするんだ。それは当然と言えば当然で。そもそもワズンの足環に付けられるぐらいの、ちっちゃな紙じゃ、想いの全部を書き切ることなんて不可能で。分かってる。分かってるんだけど、それを求めちゃうのが恋なんだ。遠距離恋愛とは、こういう無理難題をお互いにぶつけ合うものだったんだ。

 なんて恐ろしい。人生経験が足りない。転生後2ヶ月児のわたしには早過ぎる。

 わたしが一人、打ちひしがれていると、ワズンが食卓の端っこに、ふわりと舞い降りた。ワズンは手紙を(くちばし)でつつくと、早く読めと言わんばかりにわたしを睨み付けた。

「ふふ。ワズンの目って、ヴァレンに似てたんだねぇ」

 瞳の色は全然違うけど、そこに宿る鋭さは同じだった。

「分かりました。読みますよ~」

 わたしは巻物みたいに丸められた手紙を拾い上げると、すぐに、ゆっくりと引き延ばした。

「長い!え?!」

 小さな巻物は、いざ広げてみれば、わたしの肩幅以上の長さを持っていた。そこには。それはもう、びっっしりと四行分、定規で線を引いたみたいに真っ直ぐに、文字が敷き詰められていた。わたしは一度、天井を、天上を仰いだ。

 神様って、やっぱりいるんだ。

「ありがとうございます」

 まだ文面は読んでない。でもこれは間違いなく、先にお礼を申し上げなきゃならないぐらいの緊急事態だ。わたしは深く一礼すると、そのまま手紙に視線を落とした。よくもまあ、これほど真っ直ぐに字が書けるものですね!

 手紙の内容を読み込む前から、口の端はどんどん伸びていく。もう、その端っこが、どこにあるかも分かんない。

「まずはー、はいはい。無事に目的地に着いたんだね。うんうん、こっちも元気だよー。修行先も見つかったもんねー。ふふ、はいはい。気を付けますよー」

 その手紙は、わたしの心身の健康を気遣う言葉で溢れていた。その想いは、本当に溢れて小さな紙の上には収まらなかったらしい。最後の方の文字はとっても窮屈そうで、途切れるみたいに終わっていた。

 まったく。わたしのことを何だと思っているのか。ヴァレン君?女の子に出す手紙がこれで良いのかね?

「食べることばっかり…でも、まあいっか」

 恋人に向けるような言葉なんて、何一つとして無い。色気なんて欠片も無い。でもね?行間には、そう、行間にだけは。甘味がたぁっぷり詰まってるの。なんて甘くて、なんて幸せ。甘くて美味しい。あぁ、この手紙は、まるで。

「フルーツサンド…食べたいなぁ」

 生クリームは牛乳から作るんだっけ?あれ?これは向こうの記憶?こっちの記憶?まあ、どっちでもいっか。うん、作れる。食べられる!

「夜に食べ、じゃなくて!返事を書くからー、明日の朝まで、お家でゆっくり休んでね、ワズン」

 わたしは手紙を日記に挟むと、ワズンに声を掛けつつお家を飛び出した。心臓が、どかどか鼓動を打つせいで、じっとなんてしてられない。師匠の所でお稽古をしてから、初めての修行に向かおう。



「南西部の町、カルガンに何事も無く到着した。体調も良好だ。そっちはどうだ?修行先が見付からずに焦っていたようだが、くれぐれも無理はするな。絶対に思い詰めるな。美味いものをたらふく食え。未知の物は全て味わい尽くしてやれ。きっと無駄にはならん。料理の本を作るなら、それだけでも十分に価値のある行動のはずだ。常に腹を満たしておくぐらいで結構だ。だが、安いからと牛の肉ばかり食べるようなことは避けてくれ。苦手な野菜などおまえには無いのかもしれんが、色々な種類の食物を摂取することが、身体を壮健に保つと聞いたぞ。食あたり注意」

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