表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失顔症のスナイパー。の相棒で花屋の俺様!と 、ゆうしゃのわたし。  作者: 大石猪口 oishi choco
俺様が花屋になるまで
14/14

A-side 6

 A-side akagami


 今朝も窓辺にワズンの姿は無かった。前の手紙が届いてから、明日でちょうど一週間。こっちの一週間は、ただでさえ長いのに、こんなに長く待っていたら首が長くなっちゃいそう。背が伸びるなら、それは良いこと?ううん。全然良くない。ヴァレンの馬鹿。

 ワズンが迷子になったんじゃないか、とか、あの女の子が意地悪してるんじゃ、とか。嫌な想像ばっかり膨れ上がる。でもね、今日の胸のもやもやは、師匠にぶつけられない。あぁ。もう、もやもやする!この気持ちは、どうしたらいいの?!

「今日の獲物は、村から依頼を受けたやつだ。この辺りにいるはずだから、そろそろ気を張っておけよ?」

 お稽古中なら、この鬱憤を好きなだけ拳に籠められるのに。そんなの今は無理。わたしにだって、それぐらいの分別はある。

 うん。そろそろ現実に目を向けなきゃ。今は、牛狩りに向かっている最中なのだから。

「…はい!」

 山道を歩いていれば、当然、息だって切れる。ちょこっとぐらい返事が遅れても、なんら不自然じゃない。

 もやもやはさて置き、首都エイトでは、カリマヤ国内にしては珍しいことに街中で暴れ牛が見られない。それは、カリマヤ中央軍による徹底した排除活動があるからだ。首都から一歩外へ出れば、山野のそこかしこで、大きな牛が大きな顔をして歩き回っている。わたしもエイトへ至る道の途中で、何度も遭遇したから知っている。

 あの時は、まさか自分がその猛牛を狩りに行くだなんて、想像すらしていなかったけれど。でもでも、今日の予想外はそれだけじゃない。出発するその時まで、わたしは師匠と二人で牛狩りに行くものだと思い込んでいた。

「帰りの荷物持ちぐらいはしてあげるけど、牛を狩るのは、お父さん一人でやってよね」

 牛狩りには、もう一人だけ同行者がいた。スイちゃんだ。

 スイちゃんがいるおかげで、ここにやって来るまでは、ちょっとした遠足気分だった。しかしそれも、この里山に入る頃には道幅と同じにどんどん小さくなった。

「そりゃあ、牛退治は俺がやるがな、罠の設置ぐらいはお前も手伝えよ?」

「やだ」

「お前なぁ…」

 この二人の親子喧嘩は、困ったことに時と場所を選ばない。それもあって、わたしは今ひとつ緊張感を保てない。師匠は前、スイちゃんは後ろと、わたしを挟んで喧嘩をするから逃げ場も無い。こんなに騒いだら牛が逃げちゃうんじゃない?そう思っていたら、わたしの右隣にスイちゃんが並んだ。

「ルフナって、そんな手甲を持ってたのね。こっちに来てから買ったの?」

「ううん。これは、ジュラの国を出る前にね。あと、この帽子も、同じ所で買ったんだ~」

 今日のわたしは、勇気の腕輪以外にもたくさんの装備品に守られている。手甲に革の帽子、そして普段着の下には特別製の鱗鎧を着込んである。どれもお気に入り。このコ達を身に付けると、自分が少し強くなったみたいな気がする。

「そうなの?それなら武器は買わなかったの?」

 スイちゃんは左手に持っていた弓を構えて、弦を弾いてみせた。矢もつがえていないし、狙いもこっちには向いていない。なのに、わたしの胸には確かに何かが刺さった。遠足気分は、ついに消え失せた。

「旅の間の護身なら、拳法よりも、弓や槍の方が役立ちそうだけれど」

「うん。それは分かるんだけど、まだ決心がつかないっていうか」

「相手を傷付けたりするのが怖い?」

「それは、その…」

 そんなの、怖いに決まってる。日々のお稽古で身体は鍛えられても、心は簡単にはいかない。今のままじゃ、来年からの旅でも足手まといになっちゃう。それだけは嫌だ。分かってる。それじゃあ、できるの?

 わたしが右手をどんなに握り締めても。なんで?どうして?できる、なんて言い切る気持ちの強さは、わたしの中に無かった。

「そうよね。じゃあ今日は、私が守ってあげるわ」

 わたしの心の中は、朝から冷えきったままだった。

「え?」

 そのわたしの、どこかにあるはずの勇気は。今は手掛かりすら見出だせない。

「でも…あの…その」

 こんな小さな声なんて、誰にも届かない。わたしが押し黙るようにしていると、スイちゃんは山の向こうに燃える目を向けた。 あぁ。スイちゃんもきっと、強い人なんだ。わたしはそれと同じ顔をする人を、もう何度も見てきたような気がした。

「お父さんが失敗するかもしれないし。それでもしも、ルフナが怪我をしちゃったら、ルィーさんに迷惑をかけることになるし」

 守られてばかりでいいの?

 ヴァレンの次は、スイちゃんと師匠に守ってもらうの?

「そうだな。万が一ってところだが、用心しといてくれ」

 師匠の背中には、短槍が2本。どちらも穂先はぴかぴかでも、柄は傷だらけ。一目で使い込まれた物だと分かる。師匠が拳法以外も使えることは、納屋に並んだ武具の多さからも理解していた。

 それでも、わたしが。わたし一人でも、拳法だけを学ぼうって決めたのは。

「わ、わたしも」

 そこに、攻撃魔法を組み込めないかと思ったからだ。しかしながら。

「お!いたぞ」

 わたしの小さな決意は、師匠の発する囁き声にすら勝てなかった。

 師匠は姿勢を低くして、高台へと続く道の先を指差している。わたしも同じように地面に伏せると、疎らな木立の奥を見通した。

「大きい…」

 あんなものを相手にするの?当然と言えばいいのか、まず、その巨体に目を奪われた。その牛は眠っているのか、洞穴を持つ巨木の前で寝転んだまま動かない。

 カリマヤで見られる野生の牛は、そのほとんどが水牛の仲間だ。その中でもとりわけ気性の荒い水牛、それが三叉王(さんそうおう)だ。三叉王には、その大きさの他にもうひとつ特徴がある。それは角の数だ。

 左右の耳に一本ずつ、そして鼻の上にもう一本、太い角を持つ。遠くに見える三叉王の三本目は、他の二本が霞むぐらいに立派なものだった。

 わたしの頭には、水牛に代わってサイという名前が浮かんだ。駄目だ駄目だ。こんなの、放っておける訳が無い。

「たまげたな。わざわざ依頼されるわけだ。とんでもなくデカいぞ。しかし、なんだってあんな開けた場所にいやがるんだ?」

 人里も近い。こんな生き物が人間に襲いかかったら、どうなるのか。打ち倒せるだけの力がありながら、見て見ぬふりが許されるのか。師匠だって、きっと同じ思いで、牛狩りを生業にしているはずだ。

「あんなの、お父さん一人でどうにかなるの?」

「ま、腕試しってとこだな。一当てして、駄目だと分かったら今日は退く。お前達には、追い立て役でもやってもらうか」

 師匠は背嚢から鋼線を取り出しながらも、三叉王から目を離さない。

「お前達は大回りして、あそこの高台まで行け。アイツに見つからんよう、ゆっくりでいい。俺は、そこの谷間に、山ほど罠を仕掛けておく」

 そうだ、罠だ。師匠だって、何の策も無しに力勝負を挑むわけじゃないんだ。罠を仕掛けるぐらいなら、わたしにだって手伝える。

「わたしも、師匠のお手伝いをします!」

「…くくり罠なんぞ、やったこともないだろ?下手に仕掛けると、アイツも警戒して、別の方向に逃げちまう」

 確かに、そんなの見たこともない。でも本当に、わたしには無理なんだろうか。わたしが後ろを離れないでいると、師匠は三叉王から視線を外し、わたしの左肩をぽんと叩いた。

「追い立て役が大事なんだよ。三叉王はな、あれで案外賢い生き物だ。人の群れの怖さも知っている。だから町には近付かんし、襲われるとなれば迷わず逃げやがる」

 その習性については、なんとなく知っている。わたしがこれまで三叉王を目撃したのも、人里から離れた所でだった。

「いいか?スイがあの高台から射掛けると同時に、お前は木の幹を、そこらにある棒で叩きまくれ。アイツは驚いて、そこの谷間へと駆け降りてくる」

 そんなに思い通りに動くものなの?師匠は当たり前のことのように言うけれど、他の方向に逃げたりしないんだろうか。怒って矢が飛んできた方向に猛進するなんてことは?

 そう考えると、わたしがいるべき場所が分かったような気がした。

「罠で動きを止められれば最良。それは無理でも、足に傷ぐらいは負わせられる。そうなりゃ、俄然有利ってもんだ」

「全部駄目だったら、逃げて下さいね?」

「へいへい。お前達こそ、注意しろよ?追い立てるのは、一番デカい木の上からだ。そっちの準備ができたら、始める前に狼煙で合図をくれ。頼んだぞ」

 師匠はわたしの肩から手を離すと、獣が獲物に食らい付くような速さでもって、スイちゃんの頭に手を乗せた。優しく撫でた、んだと思う。それをスイちゃんが振り払おうとした時、そこに師匠の手は既に無く、師匠は背中に花火を咲かせながら谷へと下って行った。

「もう!まだ子供扱いするんだから」

 スイちゃんは怒ったふうに言いながらも、しばらくそれを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ