B-side 8
B-side βarrel
僕達二人には共通する特技がある。それは速着替えだ。
「変身だ!急げ!」
悪党共を発見したら、まずは人目の無い所に身を隠し、スマイルマンに変身する。幸い、この町に人目はほとんど無い上に、なんなら空き家の中で変身することができる。
悪党共も悪行を働き易ければ、僕達もヒーローをやり易い土地柄だと言える。
「お菓子も忘れないようにしないと」
今、僕達が速着替えをしているのは、つまりそういうことだ。日課の警らの最中、僕達は自警団らしき男達による恐喝事件に遭遇した。被害者は、せいぜい10歳ぐらいの子ども達。問答無用でヒーローの敵だ。
「準備はいいな?」
「もちろん。行こう!上は任せて」
今回、軍曹は正面から、僕は屋根の上からだ。一人は正々堂々悪党の前に立ち、まずは子ども達の盾になる。もう一人は格好良く高い所から登場するか、格好良く不意討ちするかを選ぶことができる。軍曹は格好良く登場したがるけど、僕は不意討ちの方がいい。
「ぐえ!」
僕が屋根から顔を覗かせた時、地上では既にスマイルマンの活躍が始まっていた。
悪党の一人は地面に転がり、残る悪党は三人。守るべき子ども達四人を背に、穴開きスマイルマンがその前に立ちはだかっていた。
「うわ?!な、なんだこいつ?変なもん被りやがって!」
「あ!てめえ!最近、噂になってる変てこ野郎だな!?」
突如、現れた穴開きスマイルマンに、悪党共は恐れをなしている様子だ。三人共がしっかり距離を取り、手には棍棒や剣を握っている。魔法を放つ気配はないけれど油断はできない。
「変てこなものか!私はスマイルマン!天命を受け、唯今参上!」
悪党に対峙する軍曹の声は、スマイルマンの声になっていた。他の人がどう感じるかは知らないけれど、僕の耳には、全くの別人の声に聞こえる。これは軍曹だけの特技だ。僕は声を高くして、正体を誤魔化すぐらいしかできない。だから悪党を説き伏せるのは、いつも軍曹の役割だ。
「子ども達に暴力を振るうのはやめろ!これは警告だ!」
それに近接戦闘も凄い。軍曹の説得はとても手際がいい。
「スマイルマンパンチ!」
スマイルマンは棍棒の男との距離を素早く詰めつつ、左拳をぬるりと突き出した。
「当たるか、そんなもん」
男は一歩退くことで、軽々とスマイルマンの初撃をかわした。それと同時に、男は棍棒を振り下ろそうと試みたものの、スマイルマンの左肘がそれを阻む。と、スマイルマンの左拳はいつの間にか広げられ、男の視界をふさいでいた。更にその下では、スマイルマンの右手が、とっくに男の顎を貫いている。スマイルマンの左手には、バトンでも受け取るみたいに棍棒だけが残された。
「スマイルマンアッパー!」
やや遅れ気味にスマイルマンの声が響く時には、大地を愛おしむ男は二人に増えていた。あらあら。これは僕の出番は無さそうだ。
「何が警告だ!ぶっ倒してんだろうが!小狡い真似しやがって」
「悪い大人にお仕置きをする者。それが私、スマイルマンだ!怪我で済む内に、改心するのだな!神も右目から、貴様達を見ているぞ!」(スマイルマン頑張れぇー!)
残る悪党二人に向けて、スマイルマンは顔の右側にある矢印を指し示してみせた。
「子ども達の苦しみを思い知れ」
「うるせえ!」
剣を構える男が吠えるのに合わせて、スマイルマンは再び躍動する。スマイルマンは左手の棍棒を投げると、それを追うように駆けた。男が当然のように棍棒を剣で弾いた刹那、スマイルマンは刃に左腕を押し付けた。
男がこの時、どんな表情をしていたのか。それを読み取ることは、僕にはできない。驚愕に頬を染めていたのかもしれないし、愚行を嘲笑っていたのかもしれない。都合良く汗が一粒流れ落ちたり、なんてことも考えられる。
僕に分かったのは、男が一瞬動きを止めたということだけだった。それでも次の瞬間には、スマイルマンの腕を切り落とすべく、男は柄を握る両手に力を集めていた。それは、何らかのスキルなんだろう、切っ先が赤い光をまとい、確かに伸びた。が、それまでだった。
「ぐああっ!」「スマイルマンスナップ!」
スマイルマンは左腕をそのままに、自由な右手で握手を求めた。そう勘違いしてしまうぐらいに、その手の動きは緩やかで、害意を感じさせなかった。もちろん、それは偽装だ。
優しげな右手は柄へと伸び、花を一輪摘み取るみたいに男の指をへし折っていた。男が叫び声と共に剣を取り落とすと、その腹に、スマイルマンは容赦無く膝蹴りを叩き込んだ。圧勝だ。
闘っている時の軍曹は、本当に、マジで、もう最っ高に最高!最高に格好いい。
「ア~ンド、ニーキック!」
その男が地面に突っ伏すと、残る悪党は、寡黙な男一人きりになった。
「子分共を指揮していた貴様には、特別メニューを用意してある。容赦はしないぞ!」
「…ス、スマイルマン、パンチ?ニーキック?おま、お前、ふざけてんのか?」
ようやく口を開いた兄貴分の男の言うことが、正解である可能性は十分にある。軍曹は、穴開きスマイルマンは、最近になって技名を叫ぶようになっていた。
これはきっと、僕達が最後に訪れていた国で読んだ、コミックが影響していると見て間違いない。その国で愛されるヒーロー達は、何故だか攻撃する時に、わざわざ技名を喚き立てるのが決まりになっている。
軍曹はそれに感銘を受けたのか、それとも馬鹿にしているのか。実の所、僕も分からない。そこまでは聞けずにいる。軽々しく聞けないぐらいの熱量を、穴開きスマイルマンの声に感じているから。
「なんとでも言うがいい!行くぞ!」
穴開きスマイルマンは、律儀にも宣言してから駆け出した。駆け出そうとした。それよりも速く、兄貴分の男の両手が動いていた。
「死ね!」
兄貴分の男は両脇に手を添えたかと思うと、やにわに鋭く振り抜いた。白く光る筋。投げナイフだ!
「死なないね!」
これには流石に僕の肝も冷えた。だけど穴開きスマイルマンは、左に飛んで投げナイフを避けていた。きっと避けたはずだ。この時、僕の目はナイフの行方を追うことはしなかった。切り札を切ったはずの兄貴分の男の手が、更に、穴開きスマイルマンの動きを追うように右に動いたからだ。
僕は、そういった動きには特に勘が働く。
僕達のスマイルマンに照準を合わせるな!
「スマイルマン、アイ!」
僕の攻撃は間に合わない。でも、甲高く誤魔化した声だけなら間に合うはずだ。
男の目が、数瞬だけこちらを向いた。
「スマイルマンアロー!」
穴開きスマイルマンは、左腕に仕込んであった鉄針を2本、引き抜きざまに投げた。
直後、光が雷鳴を連れて、僕の目を脅かした。
「ってぇ?!」
流石だ、スマイルマン。光に貫かれた目を無理に開ける必要は無い。僕の耳は、その結末を確かに聞き取っていた。
特別メニューを済ませて、悪党共にお引き取り願った頃には、怯えていた子ども達の声も僅かに温まった。
「もう安心したまえ!悪い大人はやっつけた!今まで助けてやれずに、すまなかったな。これは、私達からのプレゼントだ」
穴開きスマイルマンの声に合わせて、僕もマントの下から菓子袋を取り出した。
「トリート、アンド、トリート!」
僕達の手作りお菓子が詰まった袋をいくつ放り投げても、子ども達はまだ、立ち竦んだままだ。
「これは全部、君達のお菓子だ!奪い合うなんて駄目だよ?皆で仲良く食べてね!」
ここまで言って初めて、一番小さな子がお菓子袋を拾い始めた。そうなればもう、あとは四人皆が群がった。僕達はそれを見届けてから、全速力で路地を駆けた。
「最後の雷みたいなやつは、初めて見たな?」
「うん、魔法持ちは厄介だ」
まだ油断は許されない。颯爽と立ち去り、着替えを終えるまでが、ヒーロー活動だ。
着替えを済ませた後も、僕達は町の警らを続けた。だけど、事件に遭遇することはなかった。何事もなかった、とは思えない。町の様子に変わりはなく、不穏な音に満ちている。子供達が自由に町を歩けるようになるには、今のままでは不十分だ。
僕のライフルには、やっぱり弾が必要だ。




