A-side 4
「お手紙ありがとう!元気!修行先は見つかりました。ご心配頂かなくても、ご飯もおやつも沢山食べてます。ヴァレンこそ、ちゃんと食べてるの?クッキーの新作ができたから、楽しみに待っててね。次、いつ帰れるか分かったら教えてね?愛しのルフナより」
A-side akagami
ワズンに手紙を預けてから、今朝で一週間、じゃなくって七日経った。まだ慣れないけど、こちらの世界では一週間が十日もある。
一通目の手紙は早かったのに、二通目は未だ届いていない。忙しい?それとも、何かあったの?っていうか、まさか、あの子と?ワズンがいなきゃ、どれも聞くことができない。
そんなもやもやは、全て師匠にぶつけるに限る。
「うはは!今朝は、いつも以上に勢いがあるな!」
「はい!それが取り柄ですからっ」
右の手刀、左の突き、右の蹴り、とわたしが連撃を繰り出しても、師匠は全てを軽く受け流した。ほんの少し間合いを取ると、深い呼吸を意識する。
「突きはともかく、お前の手刀は牽制にはならん。間合いも威力も、無いに等しい。目潰しか、いっそ陽動に使え」
「はい!」
次に右の拳を突き出すと、腕に師匠の手が絡み付き、気付けばわたしは床に転がされていた。
「よしよし。受け身は取れるようになったな」
痛みはどこにも無い。辛うじて、左手が衝撃を逃がしてくれていた。
「…ほとんど無意識でしたけど」
「そんなもんだ。そろそろ終わりにするか」
「はい!ありがとうございました!」
きっちりと一礼してから、わたしは納屋へと飛び込んだ。汗を拭いながら身体を確認すると、新しい痣は無いと分かった。
朝の乱打稽古では、以前よりも師匠の反撃が増えた。かなり手加減されたものであっても、受け手のわたしの技量が足りず、負傷することもあった。それでも、腕や手に傷が無いのは、師匠が細心の注意を払ってくれているおかげだろう。
作務衣に着替えて納屋をそろりと出ると、今度は、道場の隣にある師匠の自宅へとお邪魔する。わたしが勝手口から顔を覗かせれば、師匠の一人娘であるスイちゃんと目があった。
「おはよう」
スイちゃんは16歳。わたしの年齢については、恐らく神様しかご存知無いということで、成人になる15歳を自称している。
つまり、わたし達はほとんど同い年だ。
「おはよ。ちょうど温まってるわ」
食卓には、焼き魚とご飯、そして今、ルィーさんのお店の定番スープが並べられていく。スープだけは、わたしが練習を兼ねて昨日の夜に作ったものだ。ルィーさんの物には及ばないけれど、それは今までで一番の出来だった。これなら誰かに食べてもらっても恥ずかしくはない。
「今日もありがとー」
「いいってば」
わたしが平然と、師匠のお宅に上がり込んでいるのには、こんな経緯がある。
七日前の朝、お腹いっぱいで道場にやって来たわたしに対し、師匠は厳重に、それはもう念入りに注意した。いつもなら黙って頭を下げるところでも、わたしにだって満腹論者としての矜持というものがある。朝からお腹いっぱい食べる派であるわたしと、朝稽古前は食事を取らない派の師匠は、この時初めて、激しく衝突した。
わたしの胃袋はそんなに軟弱じゃない、と主張すると、腹いっぱいで暴れ回る阿呆がいるか、と師匠は暴言を振りかざした。そんなふうに意見は食い違い、睨み合いの末、ついには決闘か、というところで現れたスイちゃんによってお裁きが下された。
その次の日の朝から、朝ご飯はお稽古の後、師匠のお宅で、たらふく食べることになった。
「あなたも物好きね。毎朝飽きずにケンポーなんて」
スイちゃんは拳法になんて全く興味が無いのか、近頃は道場に寄り付くことすらしない、と師匠が残念そうに語っていた。
「えへ。運動すれば、背も伸びるかなぁって」
強くなりたい云々は、同じ女の子であるスイちゃんには、なんとなく言いづらい。
「うちのお父さんも、よくもまあ、あなたみたいな子に殴りかかったりできるものね」
「それはさ、わたしがお願いしてるんだから…喧嘩した時のことを言ってるなら、その通りかもだけど」
「そうよ?本っ当に、大人げないんだから」
あの時は、取っ組み合いになる前に、スイちゃんの鉄拳制裁があったのだけれど、スイちゃんの中では無かったことになっているらしい。小さなたんこぶはとっくに引っ込んだし、わたしもそれを訂正する勇気は無い。
「遅いわね。先に食べちゃいましょう」
「悪い。水浴びが気持ち良くてな。食おう食おう」
どたどたと廊下が踏み鳴らされたかと思うと、奥から師匠の声が届いた。
「ルフナが急いでるって知ってるでしょ?水浴びなんて、後にしてよ」
「いやいや。汗臭いまま食事ってのも無礼だろうが。女性の前だぞ?」
「女性?へ~?そう。いつもはそんなの、全然気にしないくせに」
「お、おい!弟子の前だぞ」
とっくに師匠が席に着いていても、二人の口論は終わらない。二人が顔を合わせる時は、いつもこんな調子だ。父娘って、こういうもの?
「冷めちゃう前に、頂きま~す」
わたしは手を合わせながら、半ば一方的に宣言した。この数日、毎朝似たような光景を目の当たりにするものだから、わたしも流石に慣れてしまっていた。
「そうしましょ。頂きます」
「…頂きます」
まずはスープを一口。やっぱり、良い出来だ。
カリマヤでよく見る超安価な牛肉は、このスープにも入っている。野性の牛のものなだけあって、それは本来、独特の臭みが強烈で、調理には知識が必要になる。わたしの感覚で言えば、猪肉に近い感じだ。今日のは下処理が上手にできたおかげで、臭みは消え、濃い旨味だけがスープに溶け出している。
「あ。美味しい!ルィーさんのお店の味がする」
「良かった~。あとは、調味料の匙加減が課題かな」
ルィーさんに試食してもらうのは、まだもう少し先の話だ。今は、まだまだ改良の余地があると分かる。
「そっちの修行はどうだ?良い調子に見えるが」
「そうですねぇ。初日程の失敗は、しなくなりました」
賄いの大失敗については、この二人にも詳しく語ったりはしていない。恥を曝したくないと言うよりは、同情を買おうとしているみたいで嫌だった。
「そうか。日々、精進するってのは良いことだ」
「本当に、一歩ずつ、という感じですけどね」
一足飛びに、とはいかない。それでも、毎日賄いを作らせてもらえるのは、本当に有り難いことだった。二日目の昼、賄いなんてもう、作らせてもらえないんじゃないかと思っていると、ルィーさんは再び客席に着いた。
大急ぎで、日替わり二人前。二日目以降、枕詞付きのその言葉が、調理開始の合図となっている。
「ルフナが、お店に出す料理を任せてもらえるようになったら…食べに行ってもいい?」
スイちゃんは、焼き魚の骨を取りながら、小ちゃく呟いた。いつも強気なスイちゃんが、意外な一面を覗かせている。わたしは何だか、愛の告白でも受けたみたいにどきどきした。
「うん!わたしも楽しみにしてるね!いつになるかは、ちょっと分かんないけど」
「そいつはいいな。ルィーの店にゃ、俺も久しく行ってなかった」
「勝手に割り込まないでよ!私は、一人で行くんだから」
「女のお前が一人で店に行ったら、ルィーに気を使わせちまうだろうが」
また始まった。そう思って、わたしが焼き魚とご飯をお口に詰め込んだところで、口をもぐもぐさせる師匠と目が合った。続いて師匠の喉が大きく動くと、その空っぽの口から思わぬ提案が飛び出した。




