妻は恐ろしくも美しい(最終話)
「……かもしれんな。あとは粛清だ」
「なにに対する粛清ですか」
「王族がみだりに、血筋の濃い親戚を交わることを、王室法典は、禁じている」
「王族の血すら入っていないのに、粛清もなにも……縁者にしかならないじゃないですか」
「王位継承権を持つ者としては、義理でも王族だ」
論理の飛躍すぎる……確か、三親等以内の結婚を禁じる、だったかしら?
王太子妃補教育で諳んじるほどに覚えた内容をアイネは思い出していた。どこに問題が?
「義姉の夫にして、オリビエートの本当の父親。それが伯爵家の出身だと言っただろう」
「はあ……それが、どういう関係が?」
「お前の実家、シュバルト伯爵家の義理の母親は、どこの出身だ?」
「え?」
なんだか小難しい話になってきたぞ。
アイネは脳裏に家系図を思い描いてみる。義理の母親は、別の男爵家の出身だ。しかし、王家とその男爵家とは今現在に至るまで、血縁的に関係性がないはずだった。それがあれば、アイネとオリビエートはもちろん、あの憎たらしい義妹だって王族にと婚約をできないはずだ。
「無関係ですよね。王室と、でないと私と旦那様だって粛清対象に」
「ならない。あくまで血縁だからだ。お前の義理の母とわしの義理の兄は……母親違いの弟妹になる」
「複雑すぎます! 待って待って! じゃあ、オリビエートはどうなるの?」
「義兄はディルタイという名前だ。外に漏らすんじゃないぞ?」
「もちろんです!」
アイネはぶんぶんと頭を振る。
明日くらいには、セーラとエリーゼ辺りには漏れているかもしれない。
「わしの義姉はテスナだ。ディルタイは再婚だった。再婚した当時の年齢が四十を過ぎていたはずだ」
「嫌な予感しませんが」
「さて、ディルタイも子だくさんだった。つまり、二十歳のころに作ったと、四十を過ぎて作った子では、歳の差が大きく開くのは分かるな?」
「私と、旦那様のように?」
そこまではないが……。大公は言い淀んだ。
自分も子供は十数人いる。他人のそれを悪くは言えない。
「お前の義理の母親。つまり、義妹であるエルメスの母親の名は?」
「ミネアですが。お母様のお名前。義理のですけれど」
「ディルタイが二十代で作った後、男爵家に養女に出された子供がいる。名前が――」
「……もういいです。つまり、ミネアお母様とオリビエートは実の姉弟……悪夢だわ」
養女でなければ血のつながりもない、ただの縁戚。遠い縁戚だったオリビエートは、伯爵家に養女入りしたアイネにとって、今まさに義理の叔父になってしまった。もう悪夢どころか、恐怖の沙汰と言うしかない。
もっといえば、オリビエートの正式な姪になる。立派な三親等以内だ。
ちなみにブラックはとても遠い縁戚、となるわけだが。
「そして、オリビエートは殺害された。熱烈な王室の正当な血脈を重んじる連中によって、な。それを宗教と呼ぶのかもしれん」
「ついさっき神殿の関係者がやって来たばかりですが……。誰が彼らにその真実を漏らしたんですか」
「さて、な? 真実というものはいつもどこからかひょっこりとかを表してしまうものだよ」
ブラックはそう言うと、わしは関係ない、と素知らぬ顔をする。
漏らしたのは間違えなく、夫だ。なぜかわからないがアイネにはそうとしか思えてならなかった。
しかしそうなると、自分もまた過去にオリビエートと関係していた事実がある。
恥ずかしながらそれを告げると「伯爵家そのものがお前の存在を否定しているのだから問題ないだろう」とそっけなく言われた。
どういうことかと問い詰めたら、アイネを追い出した後、伯爵家としては彼女を養女にしていた経緯を、消してしまいたかったらしい。
貴族院に圧力をかけ、アイネの戸籍をいじってまで養女にしていたという事実を、もみ消してしまったのだ。
もちろん当時のことを知っている人間からすれば、ほんの少し過去の情報を漁れば、そういった事実はすぐに出てくるだろう。
皮肉にも今回は、何が何でも王族に取り入りたい伯爵家の行動が、いい意味で裏目に出たことになる。
そういえば、父親と縁を切ったはずのエリーゼが、最近なにやらぼやいていた。
ロアーが王国騎士団の騎士長から、第一王子の命令で神殿を守護する、神殿騎士の騎士長になったとかどうだとか。
そのおかげでエリーゼの実家は国王からの怒りを逃れて廃絶には至らなかったらしい。
こちらも不幸中の幸いと言えば不幸中の幸いだ。
だけどその二つには一つの線で結ぶことができる、見えてはいけない。
知ってはいけない何かが隠れているような気がしてしまい、アイネはそれ以上深くこの件について追求することをやめた。
「まあどっちにしても、あの裏切り者の男を許す気は、なかったので」
「お前そういう所は本当に執念深いよな」
「あら、旦那様も裏切ったら容赦しませんよ?」
大公の笑みが凍り付く。
今夜のアイネはどこまでも恐ろしく、美しかった。




