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殿下の裏切り

 アイネはエルメスの返事に思わず、喉を詰まらせた。

 そんな、馬鹿な、という思いが嫌な悪寒となって背筋を走り抜ける。


「お父様――!?」


 まさかと思い、アイネは父親に目を走らせた。

 シュヴァルト伯は特に表情を変えることなく、ナプキンを持ち口元を拭きながら、冷ややかにアイネを見た。

 それは周りの兄や姉たちも同じで、刺さって来る視線には悪意があった。


「粗相のないようにしてくるんだ。いいな、エルメス」

「はい、お父様」

「……そんな。お父様、どういうこと? だって、エルメスが呼ばれることなんて、おかしいわ‥…」


 ふふんっと妹の鼻がまた一度、鳴った。

 勝利を確信した人間が、得意げにする仕草に思えた。

 要領の良いエルメスは、不敵な笑みを浮かべる。

 その瞳にはどこか敗北感を背負ったアイネが映り込んでいた。


「はい、お父様。殿下とは良い御時間を共有させて頂ければ、と考えております」

「うむ。それでこそ我が家の娘だ。父親に恥をかかせるなよ?」


 姉のようにな、と言葉にしないまま、伯爵は冷徹な視線でアイネを見た。


「まさ、か‥‥‥」

「お前には関係ないことだ、アイネ。分かりなさい」

「そんな、でも……!」

「命令だ」

「……はい。お父様」


 アイネは声を薄くしてはい、とだけ口にするのがやっとだった。

 それから食事が終わるまでの間、アイネには重苦しい時間がやってきた。

 食堂にいる誰もが自分を蔑んでいるように思えてしまった。


 いきなり襲ってきた状況の変化に、追いついていけず心がばくばくと早く脈打ち始める。

 追い打ちをかけるように、エルメスが小さく呟いた。


「お姉様、可哀想。捨てられたのかしら?」

「……なんで‥‥‥すってっ――!」

 

 妹が発した、あまりにも不躾なその言葉にアイネは、怒りをあらわにする。

 それは無作法で、貴族令嬢としてはふさわしくない行いだったからだ。

 いや、誰でもどんな相手でもしてはならない、マナーに反する行為だった。


 普段から子供達に対して礼儀作法に厳しい伯爵家の中で、こんな傍若無人な振る舞いは許されない。

 両親からのたしなめなり怒りなり、妹を躾けようとする言葉をアイネは望んでいた。

 だが、それはやって来なかった。


「黙りなさい、アイネ」

「お父様? どうして!」

「これまではお前が殿下の婚約者だということで、大目に見てきた」

「大目? 一体、私の何が問題だとおっしゃるのですか」

「全部だ。お前の見た目。他の兄妹姉妹を見るがいい。私とお前の母親を見るがいい。どうだ?」


 確かめるように、伯爵は左右に座る我が子を眺めた。

 長いテーブルに会した一家のなかで、アイネだけが亜麻色の髪にブルーの瞳。


 他の家族は全員、金髪に燃えるようなグリーンの瞳だ。

 どう見ても、シュヴァルト伯爵家にそぐわない。

 父親はアイネにそう言っているように、アイネには聞き取れた。

 まるで、この家の子供ではないのだ。

 そう言っているように……聞こえた。


 

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