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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
エピローグ

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神殿の怪

「お前のような役立たずを娘にしたのが、俺の不幸の始まりだ!」

「貴方みたいに娘を道具にした男など、さっさと滅ぶがいい!」


 その鉄格子は案外幅の広いものだった。

 そのせい……と、いうわけではないのだろうけれど。


 ブラックが仕掛けた攻撃ですでに全身の火傷と、血まみれになっているロアー。

 鉄格子の間から、父親の胸ぐらをつかみ、全体重を鉄柵にかけることで、父親をこちらに引き寄せて殴りつけることに成功している娘。


 二人とも世格好はよく似ていてまさしく親子。

 さらに血筋なのか、場所をよくわきまえずに逆上しやすいのもよく似ているように思えた。


「あんな感じだから、ギャンブルをすると借金まみれになるんだ」

「なるほど」


 彼の腕からそっと床に降ろされて、アイネはふんふんと頷いて見せる。

 痴情のもつれは犬でも食べないと言う。


 親子喧嘩ならそれは更にそうだろう。

 執事やその他の大公の武装した部下たちが、薄汚い言葉で罵り合い、こぶしには拳で応酬をくわえる二人をじっと見つめていた。


 いや、呆れ果てて声をかけことすらも躊躇われるというか。

 フォビオに至っては、ブラックの許可が降りるのならば、さっさと銃殺してしまいたいように、その手に銃を構えて命令を待っていた。


「その二人を殺しては駄目よ!」

「しかし、このままではらちがあきません。互いに不名誉と罵っているのですから、このまま名誉の死を与えたほうが、あとあと揉めないかと」

「なんて馬鹿なこと! そんな愚かなことは許しません。その銃を下げなさい」


 あなたの部下ではありません。

 フィビオはそう言おうとし、アイネの後ろに立つブラックが出したサインに驚いた。


 彼女がどんなことを命じても従うように、命じているのを確認する。ついでに、アイネの右薬指に輝いている指輪を見つけて、これからはただの婚約者、ではなく。準正式に奥様、になったのだと理解した。


「そういうことでしたら、奥様」

「まだ、ですけれど……差しでがましいことをしてごめんなさい。エリーゼは失いたくなかったから」

「では、父親の方のみを射殺して」

「それもだめ。旦那様が話があるって」

「そうなのですか?」


 執事は遅れてやってきたブラックに目を向ける。

 大公は瞬きすると、エリーゼがまだ掴んでいるロアーの側へと歩み寄る。


「裏切り者も、裏切り損ねたらしいな?」

「ふっ、ふざけるな! 俺はちゃんと……」

「おまえが王都に出張っている間、第一王子がこちらに向かっていた。知っていたか?」

「それは――」

「お前たちの計画などたかだか知れている。どうせ、アイネを王都で手にした後、妻を人質に俺を城の外に呼びつけて身柄を確保する。そのあと、エルバス方面軍と近衛兵団を率いて、あの城の地下を占拠する、か?」

「なっ、なんでそれを……」


 あわよくば、その場に通信魔導具による国王との直回線を開いて、違法カジノを摘発した――程度の報告をする気だったのだろう。

 犯罪者は王族で、その婚約者には王太子の元婚約者が送り込まれている。


「オリビエートに王位継承権を奪われたのが、そんなに悔しいのか、あの第一王子は。愚かしいにもほどがある」

「……どういう、意味だ」

「オリビエートはアイネの義妹との婚約を正式に兄上に申請している。国王陛下はすでにそれを認め、正式な婚姻として発表する予定だ。どうせ、オリビエートと俺が手を結んで王位を簒奪しょうとしている、とでもでっち上げたかったんだろうが」

「答える義理はないな。だからどうした? 大公閣下、あんたが違法な行為をしていることは、既に法を守る騎士団でも共有されているぞ」

 

 頭の悪い奴だな。

 娘にまだ殴られているロアーはもう、瀕死寸前だ。


 それでもこれだけの悪態を付けるのだから、正義の味方ぶった人間というのはタチが悪い。

 フォビオに命じて未だ殴り足りないと猛るエリーゼを引き剥がす。


 娘のほうも、父親の反撃を受けて血まみれだ。

 こんなのを騎士に任じてほんとうに大丈夫なのか、とこっそりアイネに訊いて「……たぶん」という力ない返事に困惑するブラックだった。


 簡易的な回復魔法をロアーにかけると、手間なので気が弱っている今ならば可能な方法。

 精霊に思考を読ませて記憶を辿らせる。


 ブラックに精霊が報告したロアーの記憶は、二週間ほど前まで遡っていた。


 他人の記憶を探る時、気を付けなければならないことが一つある。

 

 それは、記憶の中にいる彼らにとって、その世界が現実のようなものだ、ということだ。

 決して干渉することなく、あくまで傍観者として事物を眺めなければ、下手をすると過去の闇に囚われて現実に戻ってこれなくなることがある。


 ブラックはその点に留意しながら、意識の身を飛ばして、ロアーの記憶にある、見慣れた王宮の一室へと足を踏み入れる。

 そこは国王たち王族が住む、王城の奥離宮。彼らが信奉する女神の神殿の一角にある告解室だった。


 懐かしい。

 ブラックはかつて兄となった国王と、この部屋でよく密会をしていた過去をその場に重ねる。


 しかし、どうして単なる王宮騎士に過ぎないロアーがこのような政治の中枢である場所にいるのかと一瞬、疑問に思いった。それ次の瞬間、聞こえてきたあることで解決する。


『このままでは、古い神々にこの国は乗っ取られてしまう。どうにかするのだ、第一王子リーデウス』

『罪を告白する部屋で、こんな謀をするなんて誰も思わないだろうな、ゼパス老』

『本当にあのお方は裏切り者なのですか、神官長。そして、リース』


 二人分の声が聴こえた。

 聞き覚えのある声だ。神殿の長の一人、ゼパス神官長。老いた権力の虜と噂される狸ジジイ。

 あとは第一王子とロアーに親しく呼ばれた男だった。

 

 リース、とは第一王子リーデウスの敬称だ。

 気位の高い第一王子がそう呼ばせるということは、相手に余程の信頼を置いていることになる。


(ロアーの証言は本当だったか)


 あの学院時代、寮の部屋が一緒だった、という話だ。

 いま考えればその発言を聞いて彼を利用しようとしたのが間違いだった。

 

 あの夜、さっさと葬っていれば、こんな入り組んだ事態にならずに済んだのだ。

 ブラックは自分の詰めの甘さをひしひしと感じていた。


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