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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
エピローグ

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展望台の婚約

 さて、騙し合いの時間は終わりだ。

 ブラックは意味深くそう言い、再びアイネに腕を差し出した。


「いえ、いいえ、閣下! 私、なにも騙してなど!」


 アイネは必死にそう叫び弁明した。自分の部下たちに裏切り者はいない、そのはずだ。

 だってエリーゼもセーラですらもあんなに、呆けしまったように見えるくらい、喜んでいたのだから。


 ブラックは勿論だ、と返事をする。彼の言う、裏切り者、とはこの飛行船にはいなかった。

 城にいたのだ。正確には勝手に乗り込んで、占拠したつもりになっている、地下賭博場に。


「分かっている。お前たちに対する疑いは……まあ、あのロアーの娘次第だが、それは考えてはいない。それよりも他人の留守中に勝手に家に土足で上がり込んだ馬鹿どもを、さっさと追い出さなければな」

「……え?」

「確認だが、俺たちの想いはそれぞれ、同意した、と考えていいのか?」

「それはもちろん、はい。もちろんです! 結婚して下さい……」

「男から誘う場面だぞ、こんな老人でも恰好をつけたいものだ」


 アイネは思ったよりも直情的な女性らしい。

 ブラックは指にはめていた指輪の一つとそっと抜くと、アイネの右手を取った。


 その場にアイネに立ってもらい、自身が膝を折って彼女の手の甲にキスをする。

 分厚くて年相応に硬いが、無骨な割に愛情のこもったキスだった。


 人生で男性にそれをされるのは何度目か。

 すくなくとも、マナーの上では唇がふれることはあまりない。


 婚約者か、恋人か。そういった特別な男性にのみ許されるものだ。

 そう思うとオリビエートのそれはなんだか稚拙なものだったのだと、今になって思う。


 ブラックのそれのなんと情熱的な事か。

 触れられただけで、現在のなにもかもから解放されて、彼だけとの瞬間を愉しみたいと思わせてくれた。


「シュバルト伯令嬢アイネ様。どうかこの老いぼれと結婚してやっていただけるかな?」

「それは、あの。そんな、こんなの不意打ち。卑怯……」

「さっきはいいと言ったじゃないか」

「いえ、はい、ああ、いいえ。答えははい、です。それのみです……はい」


 この場所で一つだけ救われるものがあるとすれば。

 それはブラックがどこまでも紳士的で、こんなにも年齢差のあるまだ十代の少女を、きちんとした大人のレディーとして扱ってくれたことだ。


 恥ずかしさと気忙さと、もう何が何だかどうしていいかわからない状況下で、アイネはそれでもきちんと、正しい返事をすることができた。


「よかった」

「はい?」

「これで断られでもしたら、俺は男として生きていく自信がなくなってしまう」

「ちょっとどういう意味ですか? それ、ねえ! ブラック?」


 彼は立ち上がりくるっと踵を返すと、アイネから背を向けて足早に歩き始めてしまった。

 慌てて、アイネも後を追いかける。


 なんだか不穏な一言を聞き逃したような気がする。追いかけて、彼の腕に追いすがり、問い詰めたらもし、断られていたらどうしようと彼も内心焦っていたらしい。


 実はどちらともが、同じ心境だったのだ。

 表面上は覚悟を決めてきましたよ、さあ、私と結婚してください。俺はあなたのことを全て面倒を見る。

 

 みたいなことをかっこつけていたけれど、心の中では、もしだめだったらどうしよう。

 私は行く当てがなくなる。俺は人生で最後の相手に振られてしまった。


 そんな感じの最悪なラストを互いに迎えるかもしれないと思っていたのだから。

 

「何ですか、それ。もっとちゃんとカッコつけてくださいよ!」

「男にだって弱い部分はあるもんだ。理解しろ」

「理解はしますよ。本当にしますので、ちゃんと教えてください。見せていただかなければわかりません」

「お前の勝ちだ。そうするようにしよう」

「勝ち負けじゃないんですよこういうの! どうして男の人ってこんなにわからずやなの!」


 大事なことは言わなくてもいいから、見せて欲しいのだ。

 伝えて欲しいのだ。背中で、態度で、行動で、結果で。

 

 その全てを持って不安というものを妻に感じさせてもいいから。

 ちゃんと共有してほしいとアイネは訴える。


「だから俺はきちんと伝えると言ってるだろう」

「そうじゃなくて! かっこつけなくていいんです。でもそうしたいのが多分、旦那様だから……子供みたい」

「はあ? 五十を過ぎた男を捕まえて子供みたいはないだろう?」

「十分、子供ですよ。生き方に一本の筋は通っているように見えますけど、見て理解しろっていうのは、これからはできるかもしれませんけど、今すぐは難しいと思います!」

「それは確かにそうかもしれんな。いきなり理解するというのはこちらの押し付けかもしれん」

「押し付けとかじゃなくてですね。時間というものが解決してくれると思うので。とりあえず旦那様はやりたいことをやっていただければいいのかと」

「お前はそれで不満を溜めないのか?」


 うーん、とアイネは考える。

 彼が逃げないように腕を絡めたまま、むうううっと眉根を寄せた。


「嫌だったら嫌だって言います。殿下のときもそうしましたら、あいにくと嫌われてしまったようですが」

「それはあいつの器量がないだけだ。俺ならそんな思いはさせない」

「そうやって断言できるところは何と言うか、楽しいと思います。とりあえず分からない所は質問しますから都度。めんどくさくても教えていただきたいと思います」

「お前と話ていると夜が明けそうだな」

「それは――」


 君を理解しようとしたら、何日の夜があっても足りないね。

 最初に体を合わせた夜、オリビベートはそんなこと言っていた気がする。


 あれから半年が経過したし、もしかして妊娠しなかったからこそ捨てられたのかもしれない。

 そう思うとなんだか報われないなぁ、と涙が出そうになる。今度こそは幸せを手に入れてやるのだ。


 だからこそ……。


「寝る時間が惜しいほど、お話をしていただきたいです」

「俺の体力は持つか、お前の体力が切れるか。どっちが先に寝るかかけてもいいな」

「ええ、それは面白そう。今、この結婚を正式にお受けいたします。もうここで夫婦になってもいいような気分」

「それはもう少し先に取っておけ。これまでに見たことのないような、現国王でもできなかったような盛大な式をお前に見せてやる」

「先に泥棒退治ですか」

「ドブネズミ掃除だ」


 ブラックは歩き出し、何やら思ったのかアイネをさっと持ち上げて歩き出す。

 彼が向かったのは通路の方ではなく、展望台のほぼ真ん中に位置する、噴水の前だった。


 二人のその場所に立つと、その周囲だけ床が切り取られたようになって、下の階へと降りていく。

 エレベーターのようなもの? アイネは飛行船の骨組みが自分に当たりそうになり、ぎゅうっとブラックの首に腕を巻き付けた。


「これからどこに?」

「まずは下に収監している、バカな王国騎士に話を聞きに行く」

「ロアー……」


 エリーゼを同行させることはためらわれた。

 しかし床が降りきったところで、エリーゼは鉄格子越しに、父親との対面を果たしていた



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