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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第三章

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彩を戻して

 色は見えているはずなのに、色彩豊かなそれらを見て頭で理解しても、心の深いところまで感動として伝わってこなかった。


 悲しい、辛い、苦しい、許せない、怒りたい、逃げ出したい、全てから解放されたい。

 そういった負の感情には深く同意できるのに、嬉しいとか喜ばしいとか、というものは感じてもすぐに消え去ってしまうのだ。泡のように。


「どう辛かったか聞いてもいいか?」

「……はい。消えてしまいたい、望みがない、そう思いました」


 あと、と続ける。


「義妹のエルメスの顔に、サラダをぶつけてやりたい、とそう思いました!」

「サラダ?」

「サラダです! 殿下に作って差し上げたドレッシングを、殿下がさも自分が考案したかのように、学院の食堂に広めたあのドレッシングをかけた、朝食のサラダです」

「それがなぜ、そうなる?」

「……義妹が辛いのが苦手なのに。好きな男を手にするためなら、こんな姑息な手も使うのか、と思うと無性に腹が立って腹が立って!」


 思いのたけをぶちまけると、意外にすっきりとした。

 だが怒りは冷めやらない。そばにあったものを掴み、指先で無意識のうちに捻り上げていた。


「すまんな。それも甥の不出来なところだ」

「はっ! 私ったら、なんてことを……すいません、御腕がこんなに」

「いい。その程度、なんともない」


 やんわりと離してくれと頼まれて、ささっと手を引っ込める。

 叱られるかと首を縮めたが、ブラックは軽く腕を振っただけだった。


「お怒りになられないのはなぜですか。甥の詫びを代わりにしたからですか?」

「お前は心の不満を、俺に述べただけだ。別に怒ることではないだろう」


 これは痛かったが。苦笑まじりにそう言われて、次からは気をつけますと、アイネは顔を真っ赤にして謝罪した。


「あの子が欲しいと思ったのならそう言ってくれたらよかったのです。オリビエートからも、他に好きな女性ができたから、別れてほしいと。そう二人から言ってもらえたなら、私だってあんなに」

「あんなに?」

「あれはひどい仕打ちでした。旦那様との結婚のために亡き両親の財産も、義父の手によりすべて売り払われてしまいました。その理由が、結納金を作るためとか。夫婦の財布は別だから、旦那様の噂では処分されて相続も出来ないから、ともったいぶった理由を付けられては、もう反論のしようがありませんでした」

「結納金は俺が贈ったはずだがな? エリーゼ経由で」


 伯爵は、義理の父親は酷い男だと、ブラックは憤慨する。

 それを聞いて、アイネは義父の仕打ちをこんなに怒ってくれる男性に巡りあえてよかったかもしれないと、笑顔になれた。


「あとから。ちゃんと結婚したら、訴訟を起こしてやろうと思うのです!」

「それはもちろん応援するが、いったい誰を訴える? 父親か? 義妹か? それとも元婚約者か?」

「負け犬たちはどうでもよいのです。殿下にこういう発言をすれば、王族不敬罪を適用しますか?」

「遺産を取り戻す、ということならそれはそれでいい。バカはバカだ。お前も結婚したら王族の端に連なるのだから、好きにすればいい。オリビエートにどうこうできる勇気は無いだろ。あれは馬鹿だからな」

「ええ、馬鹿ですから。本当の愚か者です。こんな私を振るなんて、本当に……愛していたのに!」


 その言葉は俺に対する当てつけだろうか、と一瞬、真顔で考えてしまうブラックだった。

 たぶん、アイネのこれまでの話の序列からすると、「ブラック様と結婚したらもっと幸せになって、見返してやる!」というような、複雑な主語と述語が足りない気もする。


「ははっ。俺は甥より、お前を大事にできるぞ」

「ええ。もちろんです。そのためにここに来たのですから」

「アイネの言葉には主語と述語が足りないと言われることはないか?」

「詳しく申しますと。最初は人生を捨てたつもりでここに参りました。おじいちゃんと短い余生を過ごすならそれでもいいかなって」

「おいおい」

「でも襲撃を受けて、エリーゼのことを守ろうと考えたら色々と考えが変わりました」

「つまりどう変わった」

「大公家のために生きようと思いました。逃げている四日間の間もずっと考えていたのです。一体誰がこんな計画を立案したのかと」

「ちょっと待て。話が進みすぎている。俺の気持ちをまず伝えさせてくれ」

「お伺いします」

「孤独だった。この数年間は特に孤独だった。最後の妻を亡くしてから理解者がいなくなった。子供達も全員出て行ってしまった。たまたま甥のした情けない仕打ちを受けた女性の話を耳にした。甥は恥ずかしながら次の王だ。その男から婚約破棄されるなど、不名誉の極み」

「不名誉の極みは言いすぎ……」


 アイネはこれまでにないくらい、顔を俯かせてしまった。

 だが事実だろ、とブラックは無情にも言い放つ。そんな立場に追いやられたら、もうまともな結婚には巡り合えないことは、貴族社会の暗黙のルールのようなもので、理解できる。


「絶望的な状況だ。どこかの金持ちの愛人になるか、それとも問題ありの貴族の三男辺りにでも、もらわれていくしかない。お前の意志など無視して、現実は動き始める」

「……おっしゃる通りです。あのままでは、商家の妾にでもならないと、伯爵家を追い出されていました」

「だからだ。そんな絶望的な立場におかれた女性なら、もしかしたら分かち合うことができるかもしれないと、ふと思ったからだ。俺のこの孤独をな」

「なんだか直感的すぎませんか? もうすこし、こう裏側とか……」

「欲しいのか?」

「いえいえ、そんな。欲しくないですが、でも。どうして私? もっとこう、いい出自の令嬢はいたはずです」

「甥に対する牽制だったことは、事実を含めれば否定はできないが」


 ブラックは言う。

 甥が王位に就いたとき、必ず元婚約者の問題は浮上する。そのとき、誰が彼女を引き受けたかで、後々の王国政治に影が差すのだ。

 

 婚約者がもし、妊娠していたら? ここ二年以内に彼女を娶った家で子供が生まれたら、それは将来の国王の私生児ということにもなりかねない。


 オリビエートはアイネを引き受けた誰かに大きな貸しを作ることになるのだ。

 だからこそ、という打算的な考えもあったことはあったが。


「それはあまり関係ない」

「どうして? あの人は必ず旦那様に貸しができます!」

「あいつが王位を継承するのはあと十年程、先だろう。この国の男の平均寿命はせいぜい六十歳だ。俺はもう生きていない計算になる。違うか?」

「私たちの、子供に?」

「果たしてそれができるかどうかは、俺次第だが。とりあえず俺はこの城を守りたい。家族も含めてな」


 いつのまにか飛行船は、ブラックの城に近づいていた。

 もういつぶつかってもおかしくないほど間近に、エルバス城は真っ白なその肌をこちらに向けていた。


「俺の死んだ後、お前にはこの城の全てを渡そうと思う。だがその時には……地下の賭博場は閉店になるな」

「どうして旦那様が逮捕されないのか不思議でなりません」

「それは簡単だ」

「は?」


 訝しむアイネに向かい、ブラックは小声で囁いた。

 王国の汚い金は、すべてここで綺麗になるのだから、と。

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