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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第三章

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大公のいたずら

「二年間の間、殿下にふさわしい淑女になれるよう努力をして参りました。けれど、たった三ヶ月しか見知らぬ、婚約者の妹が気にいり、乗り換えるような男性は。男性は……もし今は良くて、結婚したとしても。この後また同じようなことを繰り返すのかもしれないと思えば不安になります」

「同じ男として耳が痛い思いだ」

「だ、旦那様は! ……そういったことをなさりたいのですか? その」


 ああ情けない。確認したいと思ったから、ここで口に出したのに。

 最後まで言えない自分の度胸のなさに、腹が立つ! 意気地のなさにジリジリと焦りを感じていると、ブラックはそれはない、なと述べた。


「俺は妻も多かったし、子供も多い。だが浮気はないし、そうなったこともない。最初に妻が死に、その後に別の婦人や令嬢と知り合い、時間をかけて再婚した。若い頃は恋もしたが、誰かと誰かとを時期を重ねて付き合ったこともないな」

「えっと……どういう」

「女性に困った時期はない、ということだ」

「そう言う意味ではなくて! もう意地悪ですね!」


 くくくっ、と大公は肩を揺らして笑った。

 アイネとは反対側に膝を組み、どっしりとソファーに両肩を広げて、ゆるやかに背中をもたれかけさせる。

 

 オリビエートとは違う、大人の余裕がそこにはあった。

 アイネはまるでからかわれているように感じてしまう。これでは、おじさんと幼い姪のようなものではないか。


「名前がブラックだからな。意地悪だし、ヤクザものだと言われることもある。粗暴だし、優しくないと言われることも思い冷酷無比な男だと批判されることもよくある」

「私にはそうは見えませんけれども!」


 つんっと、こどものようにすねて、アイネは唇を突きだした。

 彼にはこんなにも優しさがあるではないか。野生の大草原のようなおおらかさも。ただ、人はその一面しか見ていないだけなのだ。


 彼の魅力があまりにも暴力的で、野生の猛獣のような獰猛さと、この世の学問のすべてを極めた賢者のような知性を覆い隠してしまっていることに。誰も気づいていないだけだ。


「出会ってからいろいろと話が逸れてしまっているな。最初の話に戻そう」

「え?」

「第一王子が加担していると、駅の構内で叫んだあれだ」

「そこまで戻りますか! そのまえに私の思いは……それは後ですか」


 しょぼんと項垂れたアイネに、ブラックは囁くように言った。


「貴方がもし俺のそばにずっといてくれると約束してくれるなら、俺は他の女に目を向けることはない。浮気ばかりしてきたり、たくさんの女たちと浮名を流してきたような男なら話は別だが。女性関係に関しては俺は噂されても、困るようなことは何もない。それでいいかな? 我が奥様」

「まだ奥様では」

「……になられる予定の、アイネ様だな。これは失礼」

「まあっ! そんなからかいをアイネは好みません!」


 ニヤリと、大公は笑みを作った。意地悪いからかいがまじった、けれど親愛の情のあるものだった。

 アイネは、頬を真っ赤にして顔を背けてしまう。この気の強さまた、ブラックがかつて甥から愚痴として聞いていた、そのままだ。


「そうか? だが、俺は貴方を選んだ。そこにオリビエートから婚約破棄されただの、どうこうは関係ないよ」

「では、どうして?」

「そうだな……」

 

 これは難問だ、とブラックは首を回した。

 それはたぶん、結婚するまでの間、もう少し時間をおいてからされるべき質問だったからだ。


 アイネの純真な瞳は、まっすぐにこちらを見上げている。

 下にあるのに、その視線はまるで並行か、真上から自分の心を見透かしているようだった。


 暗黒街に生きて、はや四十数年。

 心を隠して生きることに当たり前になっていて、もう長い間、誰かに本音を曝け出すことがなくなってしまっていた。


 さて、どうしたものか、と悩んでいたら着替えを終えた、侍女たちが戻って来る。

 セーラは藍色と白の縦縞ストライプのワンピースドレス。スカートがふんわりとしていて、足元には白いストッキングと黒のパンプスが輝いている。頭の後ろに長い赤毛をまとめて、白いキャップでふんわりと包んでいる。


 エリーゼの姿はまだ若い少年の執事見習い、と言ってもいいような服装だった。

 上下にグレーのスーツ、黒の革靴、襟元とボタン部分を隠すようにフリルのついた白いボタンダウンシャツ、あとは胸元に藍色のスカーフを巻き、同じ色の布で金髪を腰辺りで、一つに結んでいた。


「まるで若い貴族の子息とお付きのメイドみたい」


 と、アイネが褒めると、ブラックもあれほど陰険な素振りを見せていたフォビオすらも、誉めそやしていた。

 セーラはいつも通りの彼女に戻って落ち着いたらしい、主の後ろに静かについた。


 エリーゼはこういった男物の姿をすることがまずなかったのか。それにしては少女騎士団では騎士として、男性の様な恰好をするはずだと思ったが、ブラックの一言でその疑問は晴れた。


「姪の悪趣味なあれは、なかなかに華やかだな。騎士を名乗るのに、馬に乗るとき以外、豪奢なドレスの着せ替え人形にされては、騎士としての任務にもことかくだろう」

「……宮廷内では、王女様に可愛がっていただきました。素晴らしい衣装をたくさん着ることができましたので」

「では、俺もそうしてみるか?」


 着せ替え人形をいつもいつも朝から晩までさせてみるか、とブラックはアイネに訊いてくる。

 もちろん、そんな趣味の悪いことをするつもりはなく、単にいじりやすいエリーゼをおもちゃにしてみるか、という誘いだった。


「閣下! それはご容赦下さい……自分は人形なのではなく、騎士なのですから」

「そうだったな。失礼をした、騎士としての叙勲がまだだった」

「は?」


 エリーゼが驚きに顔を上げる。

 どこから持ち出して来たのか、執事が彼女のポシェットをブラックの前に差し出した。

 ブラックがその中に手を入れると、アイネの伯爵家に結納品として納めるべきだった、あの宝飾を凝らした細剣がにゅっと姿を表す。ブラックはその尖端から剣先までゆっくりと指先を這わして、真紅の輝きを纏わせた。


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