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食事の誘い

 アイネは婚約者、王太子オリビエートのことを思い出していた。

 黒髪の貴公子。夜の闇より深いその長髪は頑固さを連想させる癖毛で、よくカールを巻いていて、それを手で治すのが彼の癖だった。


 奥に深く掘りのふかい一重の瞳には、おおよそ優しさというものが欠けているように見える。

 事実、彼は他者への優しさとは無縁の男性だった。


 鷲のようにとがった鼻梁、そして、王国に多い男性に漏れず、わずかばかり突き出した顎先も、小さなその顔を王族らしく、際立たせていた。

 外見だけでいえば、彼はまさしく一流のそれを持っている。でも中身は……。 


「お嬢様‥‥‥」

「いいから」


 セーラが心配した顔でささやきかけてくる。

 ほう、と大きく息を吐きアイネは少しだけ遠くなった過去の一場面を思い返した。


 オリビエートは自分本位な男性だ。

 他人の手柄も自分のものにする。そんな卑怯な性質も持っている。


 好きなメニューが学院の食堂に採用されたとなれば、よろこび勇んで自慢しに来る。

 それが彼の手柄でなくても、必ず「僕が推薦したんだ」とか「僕がさせたんだ」とか言い出すはずだ。 


「アイネ、疲れが取れるものを食したい。何かできないか?」

「酸っぱくて辛みのある料理なら、疲れを癒し、気分も良くなるかと」

「それはいい。是非、作ってくれ」

「でも殿下、辛いものが苦手だったのでは……?」

「いや、大丈夫だ。お前が作ってくれるなら、何でも食べられる」

「いいえ、実際に作るのはシェフですけれど、ね?」

「そうだったな」


 彼が馬術大会で優勝したあの日の夜。

 年下の殿下から、「疲れたから何か辛いものを食したい」とおねだりされたアイネは、学院にある王族専用のシェフに頼んでそのレシピを習い、自分で彼に調理したサラダを持って行ったのだ。

 その時、彼は喜んではいなかった。


「不味い料理だ、出来損ないの味だ」とさんざん酷評して、これを作ったシェフをクビにするとまで言い出した。

 シェフは確かに指導をしてくれたが、作ったのはアイネなのだ。教えてくれた者が、こんな理不尽な目に遭うなど、アイネは予想していなかった。

 同時に、自分が作ったと言えば、どんなに怒りの深い状態でもオリビエートなら理解してくれる、と信じていた。

 だから、咄嗟に叫んだのだ。


『それを作ったのは私です!』

『なんだと? だったら婚約破棄だ! こんなものしか出来ないお前など、将来の妻に相応しくない!』


 ショックだった。

 彼のその一言があまりにも恐怖を覚えるもので、それから彼と時間を共にすることができないでいた。

 オリビエートはまだ若く、十五歳。アイネは十八歳で「年上のなのだから殿下を受け入れて差し上げなさい」と周囲に諭され、この件に関して我慢することを強いられた。


「まだ若い殿下だから、そういった無茶も言うこともあるだろうから、時間を置いて待て」、と父親のシュヴァルト伯は特に感情を込めることなくそう言って娘を待たせた。


 以来、二週間。

 オリビエートはアイネのことを忘れ去ってしまったかのように気にも止めず、何一つ音沙汰がない。

 それなのに――どうして妹と仲良くしているの? 彼は!


 心の悲鳴を伴いつつ、意識を過去から現在に戻し、アイネは妹に向き直る。

 妹の目には、「殿下からまだ愛を受けられる資格があると思っているの、愚かなお姉様」と自分を蔑む意志がありありと見て取れた。


「また殿下に会ったら作って差し上げます。好きだと言っておられたから」

「そうですか。失礼いたしました」


 ふんっと鼻を鳴らしと、エルメスは肩を竦めた。

 アイネがオリビエートと婚約してからよく見られる、朝食の光景だった。

 不器用な姉と、それを小馬鹿にしながら、どこか自分が優れていると感じている妹との対話。

 アイネにとって、それは決して面白いものではなかった。


 しかし、翌年になれば殿下が十六歳になる。そうなれば結婚にまであと少しだ。

 姉は将来の国母候補になり、妹は王族の姉を持つことになる。


 立場の差は歴然だから、もうエルメスの姉を試すような視線からも解放されるだろう。

 アイネはそう思って我慢してきた。


 同席している父親も、母親も、兄たちもいつもの光景と見て気にしていない。

 そんな中、エルメスは思い出したかのように言い出した。

 

「ところでお姉様」

「何かしら」

「わたし、今日の昼を殿下に呼ばれておりますの」

「……は?」


 アイネの持っていたフォークの先から、揚げたポテトがぽろりと落ちた。

 


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