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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第三章

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絶体絶命

 レターニア行きの魔導列車は直行便だった。

 中央駅を出発すると、途中、どこの駅も経由せずにレターニアまでただひたすらに走り続ける、陸の密室になる。

 

 魔導列車はただの列車ではなく、敷いているレールから特殊な結界をたえず発生させることで、この世とは別空間を行くことになる。

 

 見えているし、音も聞こえるのに、走行している間。

 その結界のなかにいる間だけは、本当の意味での動く密室になるのだ。


 このことは逃げる三人にとっては好都合だった。

 移動している間、外部からの襲撃を恐れる必要が無かったから。


 しかし、同じ列車のなかに敵が紛れ込んでいたら……と思うと、鍵付きの個室を確保しても、みんな寝れないでいた。


「交替で見張りをしましょう。その間、休めるようにすればいいわ」

「しかし、それではお嬢様まで矢面に立つことになります」

「そうですよ。もし、何かあれば私たちが困ります」


 アイネの提案に、真っ先に反対したのはセーラだった。

 エリーゼもそれでは騎士の名が廃る、と同意する。


 だが、もう襲われているのだ。

 いまさら恰好をつけたところで、トラブルの面前に立っていることには変わりがない。

 

「駄目よ。みんな、交替で寝るの。まずは私が番をするから、あなたたちが休みなさい」

「お嬢様!」


 侍女たちがいきなりの命令に悲鳴を上げた。

 自分たちのどちらかがそうするべきだと、従者の常識ではそうなっていた。


 アイネはそんなものは知らない。

 戦ってくれたのは二人なのだから、二人が休むべきでしょと、反論する。


「寝なさい! これは命令です。できないならもうここで終わり。貴方たち二人とも解雇よ!」

「そんな」

「酷すぎます、いきなり解雇だなんて」


 頭が硬い侍女たちに、アイネが根負けしそうだった。

 世間知らずの貴族令嬢ですらトラブルに対応して考えを変えているのだから、一般人の彼女たちはもっと柔軟な思考をして欲しいものだ。


 アイネが提案していること自体が、主人とそれを守る者の間での非常識に他ならないのだが、本人が気づかないのは、やはり世間慣れしていないからかもしれなかった。


 話をこじらせても仕方がないので、セーラがまず、理解を示した。

 エリーゼも先輩がそう言うなら、と不承不承、同意する。


「ワインでも飲んで、しっかりと休んでね」

「そんなものを飲んでは、いざという時に戦えませんので」


 ベッドは二つ。

 片方をアイネが使う。もう片方を二人で使うのは、どうも抵抗感があるようだ。

 

 どちらかがソファーを使ってどちらかがベッドを使う。

 身内のつまらない争いが発生しそうなので、アイネがソファーを占領した。


 長椅子はそれなりにの寝心地だった。

 そうやって三人は四日間を過ごした。


 襲撃はなく、このまま無事にレターニアに着けたらそこから飛行船で、エルバスへと行く予定だった。

 しかし世の中、そうそう、うまくはいかない。


 四日目の夕方。

 夕日が山裾に沈もうとしている頃に、ようやく魔導列車はレターニア駅に到着する。


 駅の構内でアイネたちを待ち構える、怪し気な男たちの一団が緩やかに駅に入ろうとする車窓から目に留まり、セーラは後部車両への移動を提案した。


 この駅はそう大きくはなく、客車の最後尾が停車する入り口付近は、地面よりも一段高くなっている停車場の端に近くなっている。


 列車が完全に止まってしまう前に、窓から脱出して、列車の裏側に回り、反対側にある牧場の柵を越えて逃げる、というのが土地勘のあるセーラの計画だった。


 しかし、セーラの計画には盲点があった。

 それは彼女が最後にこの田舎駅を利用してから、すでに四年近い歳月が経過していたことだった。


「あれ? 牧場なんてないですよ、先輩? 何か間違えてません?」

「嘘っ、昔はこんな建物なんて……」

「セーラ、どうするの!」


 セーラに記憶にある広大な馬の牧場は、いまや巨大な建物へと姿を変えていたのだ。

 見上げるとそこにある看板には、でかでかと『ホテルギャザリック・レターニア』と書かれた看板が、魔石ライトに照らされて輝いている。


 普段は高級感溢れるそのデザインが、今になってはどこまでも軽薄で虚飾の塊に見えてしまい、三人は呆然とその場に佇む。


 ホテルの壁は高く、とても人間の力では飛び越えられそうもない。

 越えることができたとしても、そこが安全だとは限らないのだ。


 セーラも、アイネも、エリーゼも辺りを必死に探して、逃げ道を模索した。

 しかし、列車の停車時間には限りがあり、戻って次の駅まで逃げるにしては、もう遅かった。


 列車が鐘を鳴らして走り出していたからだ。

 飛び乗ろうとしても、入り口がない。あれはもう触れられない異世界の代物になっている。


「……どうしよう」

「お嬢様、あちらに向かって走ってください。ホテルの敷地はそうそう向こうまではないはず」

「でも、貴方たちは?」


 アイネがセーラの指示した方を見て、再度、仲間たちも共に行こうと振り返ると、エリーゼが細剣をポシェットから取り出したのが目に入る。


 それは結納の品ではなく、あの地下の隠れ家で、エリーゼが新たに用意した武器だった。

 見ると、セーラも執事から持たされたという槍を取り出して構えている。


 二人の向こうには、十数人の男たちが駆け足で停車場を駆け下りてくるのが、アイネの目に入る。

 絶対絶命じゃないの……アイネの心がそう叫んだ時、天空から何かが両者の間に舞って降りた。

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