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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第二章

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セーラの去り際

 昨夜遅く伯爵家のメイドを辞める決意をしたセーラは、眠っているはずの主人アイネの寝室を尋ねた。

 とはいっても、セーラはアイネ直属のメイドだ。


 寝室は主人の部屋の隣にあり、二つの部屋の間にはドレスルームが存在するだけで、そこには鍵も何もかけられていない。


 どちらか片方が何か思いつけば、すぐに相手の部屋を訪れる場所に二人は住んでいた。

 翌朝早くにこの家を出て行かく。そのことが頭の片隅にずっとあって寝付けないでいたアイネは、セーラを歓迎した。


 もしかしたら、いや間違いなくセーラはやってくる、賭けてもいい。

 心のなかでもう一人の自分とそう言い合っていたら、やっぱり侍女は来てくれた。


「セーラ! 来ると思っていたわ」

「アイネ様には敵いませんね。未来までお見通しの様です」

「他人の未来が見えても、自分の未来までは見えなかったけどね」

「殿下のことですか」

「……うん」


 たった数日だ。

 それまで愛していた男性に見捨てられ、彼の叔父にあたる人物と今から結婚しなければならない。

 

 それも、三十以上、歳の離れた老人に近い男性。

 風評にまともなものがない。一説には、あまりにも素行が悪かったために、王都を追われ、田舎のエルバスに島流しにあったのだ。という噂まで耳にした。


「御一緒できないのが残念です」

「私の財産であなたを雇うことができればいいのだけど」

「許可が降りるのなら、ずっとお嬢様の側にいますよ。婚期も逃してしまいましたし」


 ふふふ、とセーラは自虐的に笑ってみせた。

 王国の女性は、若ければ十三歳から十六歳で結婚する。

 

 今年、十八歳になるセーラは悪く言えば行き遅れだ。

 伯爵家で行儀見習いをしていたことで、うまくやれば資産家の息子と結婚できるだろう。そうでなくても彼女の実家は商人だし、幼い頃からアイネの兄たちに混じって学んだ槍の腕は大したものだ。


 独り立ちして冒険者になるという方法もあったが、そちらの道を選べば間違いなく行き遅れになるだろう。

 自分が王太子妃に上がれば、自動的に侍女も王宮に上がれるという段取りだったのに。


「ごめんなさい。あなたの理想だった騎士様と結婚させるのは無理みたい」

「理想ですから。それに恋人もおりませんし、むしろお嬢様が恋人のようなものです。ですから、お許しが出ればお金などいただかなくても付いていきたいと考えております」

「あなたが男性だったら、大公閣下はとてもやきもちを妬くでしょうね。でも叶えてあげられないの」

「旦那様から伺いました。私を連れて行くことはできないと。ですから私も」

「この家で奉公を辞めるの?」


 ええ、とセーラはうなづく。

 夜着の上、頭の後ろでまとめた赤毛が、ゆらゆらと魔石ランプの灯りに揺れている。

 

 こうやって大事なものをたくさん奪われていくのが私の人生なんだろう。

 アイネはそう思ったし、セーラもまた、自分の力のなさを歯がゆく感じていた。


「こんなされたらすぐには無理でしょうが」

「あなたの実家に寄らせていただけるように、大公閣下にお願いしてみる。ダメだとは言われないと思うの」

「大公様は、聞き入れてくださるでしょうか?」

「悪い噂のある方だけど、不思議と嫌いだと思えないの。年齢の差があることが怖いだけ。大事にして頂けると思ってる」

「お嬢様がそう思われているのなら、セーラも救われます」


 そんな挨拶をして、自分の寝室に戻り、セーラーは朝を迎えた。

 主人に奉仕する最後の瞬間。最後の朝食と出かける支度を手伝って、アイネの乗った場所を玄関から見送る。

 

 これが最後の別れ、そうならないように、いつかまた会いたいとセーラは願った。

 自分の出て行く支度を済ませ、主人と奥様に挨拶をして、アイネのように玄関からではなく家人らしく裏門から去ろうとしたら、執事長が待っていた。


「執事長。それは?」

「長い間ご苦労だったと、旦那様から言付かってきた。これは十数年間、我が家で奉仕してくれた礼だ、そうだ。持って行け」


 そう言い、彼が手渡してくれたのは、金貨の詰まった小袋と、長い一本の棒。

 いや、槍だ。魔力を込めないと刃先がでないタイプの魔導具で、この家で長男が若い頃に使っていたものだ。

 意識すれば長さも自在にできるそれには、見覚えがあった。


「……私、女なのですが」

「ご子息たちはそれぞれ必要なものを手になされている。今更、新しい男子が生まれるということもないだろう。まさかおまえが辞めると言うとは……旦那様もショックだったらしい」

「大変申し訳ございません、わがままを聞いていただきましてありがとうございます。そう、お伝えください」

「そう伝える。実家に戻って良い妻になるようにな」

「縁談が、ありません。もう婚期を逃してしまいました。今からまともな結婚をするとしたら、持参金もたくさんかかります。これくらいあれば足りるかもしれませんが……お相手がいません」


 まさか、昨夜交わした会話と同じような内容が、ここでも繰り返されるなんて。

 嫌味? 嫌味なの? 自分だけ安泰な執事長の職にあるからって何? 

 

 セーラは思わずそう怒鳴りたくなるが、ここはぐっと我慢した。

 自分の気持ちを押し殺した。まだ伯爵家の家の前だ。ここで不満をぶつけたところで悪い評判しか立たないのは、わかりきっていたから。


「紹介状なら旦那様に願えば、書いていただけるはずだ」

「え‥…。でも、私。勝手に辞めるんですよ?」

「勝手に辞めていく人間に、そんな褒美を取らせるほど、旦那様は優しくない。おまえだってわかっているだろう?」

「……覚えておきます。昼過ぎの列車に間に合いませんので、これで」

「気をつけてな」


 伯爵家から魔導列車の中央駅まで歩いて二時間はかかる距離だ。

 昨夜遅くに執事長が用意してくれた実家のあるレターニアの街行きの切符は、午後二時出発になっている。


 今は十一時過ぎで、バックひとつしかない荷物を抱えてゆっくり歩いても、十分間に合う距離だ。

 セーラは伯爵家に向かい一礼すると、槍と金貨の小袋をしまいこんで、再び歩き出した。

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