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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第二章

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騎士長の娘

「我が父の名は王国騎士ロアーと申します。エルバス方面騎士団の騎士長の一人です」

「エルバス。では、大公閣下の……」


 その通りです、とエリーゼはうなづいた。

 アイネは意図が上手く理解できず、水色の瞳を瞬かせる。


「ブラック大公様とご結婚されるアイネ様」


 と、そこでむっとしたアイネに睨まれて、エリーゼは慌てて様と取り消した。


「ア、アイネは王室関係者ですから、近衛騎士。もしくは近衛兵団が護衛をするはずなのです。なのに」

「それについては私も不思議に思っていました。どうして王国騎士の娘である貴方が、新しく私の侍女となり仕えてくれたのか、と」

「それは――父親からの命令でして」


 最初はハキハキと答えていたエリーゼだが、自分のことになると妙に口が重たくなる。


「どうしたの? まさか、私のメイドになるために少女騎士団をクビになったとか。そういうこと?」

「……はい。実質的には、そう。ですね」


 アイネの顔が「なんてこと!」と急に険しくなった。

 自分のための犠牲者がここにもいたのだと思うと、やるせない気持ちになってしまった。


 話は続き、エリーゼも父親からあまり多くを語られていないのだと言った。

 ホテルギャザリックでアイネと落ち合うこと。それが第一の使命だったけれど、いきなり場所が変更になったとき、これには何か裏があると気づいた、とエリーゼは目を伏せてそう語る。


「おかしかったのです。スイートルームでアイネと会うはずでした。ところがたった一枚の紙で状況は変化してしまった。あんな場所、あの状況に、あなたをも追いやるつもりはなかったのです」


 自分の主が危険にさらされたことを、エリーゼは心の底から悲しんでいた。

 どうにかアイネの危機に間に合ったものの、騎士として納得がいかないようだ。


 物事には時と場合というものがあるし、タイミングというものも存在する。

 そう考えたら、アイネとしてはエリーゼを責める気にはなれない。駆けつけてくれたことに、深い感謝を述べる。


「間に合わなかったと思わないで。あなたが来てくれたから私はこうして今ここにいる。それでよしとしましょう」

「ですが、アイネ! あの部屋から出た後、私を追いかけてきた連中は、間違いなく父親の部下でした!」

「彼らはあなたに容赦しなかった?」

「ええ……死ぬかと思いました」


 カタン、座っていたら席を立つと、持っていたコーヒーカップを、本が占拠するテーブルの上に置いた。

 カタカタと震える両手でコーヒーカップを握りしめるエリーゼの頬に、うっすらと涙が流れて見える。


 これは私のために傷ついてくれた、忠臣の涙だ。

 少女騎士団に所属していたと聞いたけれど、エリーゼがこれまで戦ってきた相手は、仲間ではなかった。


「大事な人たちだったの?」

「そうだとわかったとき、私の刃は彼の胸元に……。彼の刃は私の太ももを斬りつけていて」

「そう」


 たくさんの仲間と共に、共通の敵と刃を交えたはずだ。

 そこに裏切りは存在しなかった――父親の部下ともなれば、もしかしたら兄妹姉妹同然に育ったかもしれない。


 家族みたいな大事な存在だったかもしれない。

 エリーゼが傷ついたぶんだけ、襲ってきた相手も被害を受けたはずだ。彼女からしてみれば、家族を殺してしまったことと、家族に裏切られたことは、一瞬にして起きたのだろう。


「どうしたらいいかわかりませんでした。アイネを守らなければと、与えられた任務をこなすことで精一杯で……何人かの命を奪い、切り伏せたみたら」

「どうしてそうだとわかったの?」

「覆面をしていたから。最初分からなくて、でもそれをはいでみたらお父様の部下だった。私どうしてかわからなくて」

「ありがとう。私のためにその刃を抜いたこと、誰かを傷つけたこと、この私が許します。何があってもあなたには罪がないことを、私が必ず証明します。そのために私の結婚は存在するのだから。だからもう、ね?」

「はいっ‥‥‥」


 同年代だと聞いていた。

 少女騎士だと聞いたから、もっとたくましい心持っているのかと誤解していた。


 騎士の仮面を脱いでみたら、相手は自分と何も変わらない、ただの十六歳の女の子だった。

 命をかけさせてごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば、主人としてもっとしっかりしていれば。


 立場がある。エリーゼにだってほこりというものがあるだろう。

 だからこの言葉をかけてやることはできない。でもこれからはもっとしっかりしようと固く心に誓った。


 抱きしめてやると、エリーゼの心の中に溜まっていた悲しみは、堰を切って溢れ出す。

 それでも声を押し殺して静かに泣く彼女は、やはり少女騎士というにふさわしかった。


 十数分ほど泣き、場所を長椅子に変えてから、ようやくエリーゼは落ち着きを取り戻した。

 正直言えば、こんな悲惨な状況に、一番最初に遭遇したのは、自分なのだ。


 だというのに! 泣くどころか逞しい腕に抱き止めてもらうどころか、部下の涙の管理までやらなければいけないなんて! アイネの心の中にはふつふつと新しい怒りが沸いていた。


「ところでそろそろ知りたいんだけど。お父様の部下がどうして襲ってきたの? 肝心の話を聞いてないわ」

「それは分かりません。本当は彼らと合流して、大公様の元に向かうはずだったのです」

「たった一枚の紙で誘い出されて、いざ合流してみれば命を狙われるなんて。貴方、父親に対して何をしたの?」

「私は何もしておりません! 先週まで、私は少女騎士団で働いていたのですから!」

「その間、貴方の父親はどこで何をしていたの?」


 ぐっ、とエリーゼは言葉に詰まった。

 言いたいが言えない事情がある。そんな顔を見て、アイネはぐいっと抱き寄せていた頭をさらに近くへと寄せる。


「いいこと? 命をかけて助けていただきました。そのことに関しては、必ずあなたの恩に報います。けれどそれとこれとは話が別。言いなさい」

「……言えば、アイネまで危険にさらされます」

「ここまで来て何言ってるのよ! さっさと言いなさい! めんどくさいことは嫌いなの。言わないと……」

「言わないと? 脅しでもなさいますか?」


 ……どうしよう。剣の一振りでもあれば話は別だけど、エリーゼに本気で抵抗されたらかなわない。

 かといって、知れば私まで危険に巻き込まれるというセリフも気に食わない。


 さてどうしたものか。

 なんかもう色々とめんどくさいので、アイネの手はエリーゼはのポシェットに向かっていた。



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