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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第二章

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盗賊の忘れ物

「これはなに?」


 と、アイネは質問する。

「盗賊たちの遺した物です」とエリーゼは短く答えて、トイレだと言われた扉の隣に歩いていく。

 

 簡単な煮炊きができる程度の調理設備が見え隠れしていた。

 手前に大きなテーブルがあり、上を数十冊の本が所せましと占拠していて邪魔になったため、奥まった場所まで見えなかった。


 右側の壁にある王都の地図をひとしきり眺めたあと、アイネはそこに実家の名前を発見する。

 他にも有力な貴族や豪商の屋敷が細やかに書き込まれていて、これが盗賊の地図だと知らなければへえ、と感心するほどに精巧なものだった。


「……ここに実家の名前があるということはもしかして」

「少女騎士団が盗賊団を壊滅していなければ、いつかはアイネ様のご実家も被害に遭われたかもしれません」

「楽しくない現実を知っちゃったわね」

「ひどいものでした。覚えてらっしゃいませんか、二年前です」


 どこから取り出したのか二脚の白いコーヒーカップに、温かいコーヒーを注いで、エリーゼはそれをアイネに渡してくれた。

 二年前……金持ちの家を襲っては、家人もろとも殺害し、放火をして逃げるという盗賊団が捕まったと、新聞で読んだことがある。


「ここはあの?」

「その、盗賊団のアジトのひとつでした。今は私の――隠れ家のようなものです」

「だからこんなものまで揃ってるの?」

「いえ、それは元々あったのです」

「うえ……」


 人殺しが使っていた茶器を再利用していると聞いて、アイネは思わずコーヒーカップを手からとり落としそうになった。

 そんな悪趣味と言うか、現実主義者と言うか。どうにも褒められないこと、しなくてもいいじゃない、と思ってしまう。


「きちんと消毒はしてあります」

「そういう問題じゃないと思うんだけど。変わっているのね、エリーゼって」

「……王女様にもそうお叱りを受けました。何でもありません」


 精巧な地図。隣には姿見があり、その向こうにはどこに通じているかわからない、分厚い鉄製の扉が閉まっている。

 自分のはしたない姿を鏡で見たエリーゼは、改めて頬を染めると「着替えて参ります」とだけ告げ、カーテンの奥へと消えた。

 

 多分そこには彼女の私服が置いてあるのだろう。

 この場所がどういう者たちに使われてきたかは別として、誰にも邪魔されない秘密の場所があるというのはいいものだな、とアイネは思った。


「旦那様に連絡をしなきゃ」


 地図の上で実家に落としていた視線を中央部分へと移動すると、そこには王宮がある。

 己の本当の役割は、大公の妻になることだ。


 もしエリーゼが同意してくれるなら、このままどこか見知らぬ場所へと二人で逃げてしまいたかった。

 だがそれは叶わない話だろうと考え直す。


「それは難しいかもしれませんよ。私も父親に連絡することをためらっています」

「なぜ? 貴方が受けた襲撃犯たちと関係しているから?」


 質問の内容が的確すぎたらしい。

 エリーゼはネグリジェのまま、左手に黑い衣服を手にして、カーテンの隙間から出てくると、顔を曇らせた。


 膝丈の黒いスカートと白いブラウス。

 長い金髪を緩くまとめると、紫色のリボンでそれを括る。さらに上から赤いサテン生地のジャケットを羽織ることで、アイネの付き人に相応しい事務員の装いとなった。


「どうぞお座りください。ここは本当に安全ですから……私の命をかけて保証致します。騎士の誇りにかけて、お嬢様を最後までお守りすると誓います」

「その誓いはさっき見せてもらったわ。もし何かの計画を仕組んでいて、あなたがあんな重傷を負ったのだとしたら、それはさぞかし大変な計画なのでしょうね。でもそういった事実はなさそう」

「もちろんです。襲ってきたのは――父親の指揮する者たちでしたから……。どうか誤解なく、私の話を聞いていただきたいのです」


 悪い人たちは父親の仲間、と言いましたかー……。

 もしかしてここで時間を過ごしているとまたとんでもないことに巻き込まれたりして。


 不安がムクムクと心の中に充満する。今更逃げようとしても、この場所からの逃げ出し方が分からない。

 私はまるで袋の中に詰められたネズミみたい。もう、抵抗をしても無駄なのかもしれない。


 そう考えると、もうどうにでもなれ、という諦めに似たような感情が生まれてきた。

 一度死にかけた命だ。エリーゼの話を聞くことで生きる時間が伸びるのならば、それは悪いこととは思えなかった。


「いいわ、忠実なる私の下僕、エリーゼはどんな事実を伝えてくれるのかしら。本当は聞くのが怖いけれど……あなたの話を真摯に受け止めると、私も誓います」

「ありがとうございます、お嬢様!」

「待って」


 と、アイネは一気にしゃべり出そうとしたエリーゼに手を掲げて待ったをかける。

 ブレーキをかけ損ねたエリーゼは、舌を噛んだらしく、痛そうに頬を歪めていた。


「これからはお嬢様じゃなくて、アイネ、と呼んでください。逃げる旅なら素顔を隠した方がいい、そんな気がします」

「それは素晴らしい案だと思います。お嬢……アイネ」

「ありがとう。私のこの服も、あなたのような働く女性の服装に着替えてしまおうと思うの。どうかしら?」

「賛成です。では用意いたしましょう。その前に――」



 今度はいきなり止められても舌を噛まないで済むように注意しながら、エリーゼはゆっくりと自分の知っている情報の全てをアイネに報告した。


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