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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第二章

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秘密の隠れ場

「お、お待たせいたしました。お嬢様、ここならば安全、です……」


 はあ、はあっ、と息が荒い。

 エリーゼの声には覇気がなかった。


「貴方っ! その傷!」


 無理もない。

 ポシェットの解放されてみれば、いきなり目に飛び込んできたのは、頭からも肩からも、お腹や太ももからも血を流しているエリーゼの姿だったからだ。


 長くて美しい金髪が血糊でべっとりと衣類に張り付いている。デザインの可愛らしかった黒のメイド服は剣で切り付けられたのか、ずたずたに引き裂かれていた。


 もともとそれほど短くないスカートの丈が、いまはもう下着が見せそうなくらいになってしまっている。

 アイネは慌てて、血まみれの侍女に駆け寄った。


「だめです。いけません、お嬢様が汚れてしまいます」

「でも、貴方。その怪我では……いけないわ、すぐに治療をしなくては、ああ、でも」


 慣れていない惨状に気が動転していて、肝心なことを忘れていた。

 自分は初期の回復魔法しか使えないのだ。あとは、簡単な水を生み出したり、火を熾したりという誰でも使える、生活魔法くらいしか使えない。


 重症のエリーゼにはどうみても高位の治癒魔法が必要だと思われた。

 実妹のエルメスならばこの程度の傷なんて……と、ここにはいない、存在を思い浮かべては頭を振って消し去る。


「大丈夫です。お願いですから、落ち着いてください。これくらいはなんともありません。自分でどうにかできますので……」

「だけど、どうやって?」

「そのための、このポシェットです。どうか、離れていてください。血の穢れがついてしまいます」


 エリーゼは空いている片手を伸ばして、アイネを近づけまいとした。

 ポシェットを開け、中を探っていくつかの宝石のようなものを取り出して、地面に叩き付けていく。


 赤、紫、緑……色とりどりの光が薄暗い路地裏を瞬間的に照らし出していく。

 光がおさまると、そこには生気を取り戻したエリーゼの顔があった。


「回復魔法……を、魔石に封印していた?」

「戦場では傷の手当ても自分で行うことが多いので」


 エリーゼの金髪を赤く染めていた血が、どこかに消失していた。

 まるでなにもなかったかのように、侍女の全身から傷跡という傷跡。血という血が消えていた。

 

 刀傷もあったし、中には白く筋肉や骨まで見えた傷もあったはずだ。

 それは幻ではなかったし、アニスにはしっかりと見た記憶があった。


「……たいしたものね。私なら、痛みで失神しそうだわ。もう問題はないの?」

「いえ、精神的なものまでは、癒せないので。神聖魔法ではありませんから……しばし、御時間を頂ければ幸いです」


 エリーゼがどうやってホテルのあの部屋から、この場所まで逃げて来たのかは分からない。

 壮絶な白刃のしたをかいくぐり抜け、ようやく安全だと思われるところまで、アイネを運んでくれたその忠義だけは、よく分かった。


 自分が彼女のことをうっすらとでも怪しいと考えていた事実を、アイネは心の底で恥じていた。

 休憩? もちろん。何時間でも、何日でも。貴方が元気になってくれるなら。


「それはもちろんよ。ところで――ここはどこなの?」

「え?」


 と、壁にもたれて深く息を吸っていたエリーゼの眼が点になる。

 ここは王都に住む民ならば誰でも普段から利用する、魔導列車の中央駅、その付近だ。


 ビルの壁に挟まれていても、遠くに見える動く列車から気づけそうなものだった。

 おまけに、王都の中心にある宮殿まで見えているのに、なぜ? とエリーゼは眉根を寄せた。


「あら、どうかして? そういえば、あそこに見えるのは西の離宮の塔のようだわ。すると、ここは王都の東側? ホテルギャザリックからそうそう離れていないのかしら」

「正解です、お嬢様。ニキロほどしか走っていません。追っ手を巻いたとは思いますが、この場所ならば安全です」

「どうしてそんなことが言えるの?」


 あまりにも自信に満ちた物言いに、アイネは不思議そうに顔をかたむける。

 制服がビリビリに破れ、ところどころから肌が丸見えになっている侍女は、昼の薄ぐらさも相まって妙な色気に満ちていた。


 白い下着がウエストあたりから見えていて、を直視することは気恥ずかしさを覚える。

 早くポシェットから自分の荷物を取り出して、エリーゼを着替えさせたいとアイネは焦ってしまう。


 そんな主人がどぎまぎとする様が面白いのか侍女は「これがあるからです」と言い、自分のもたれている壁を叩いてみせた。


「壁?」

「いいえ、この奥です」

「どういうこと?」


 侍女の手が、上から壁を伝って降りている銅製の排水管の一部をなにやらいじると、カチン、と音がしてそれまで一直線に入っていた排水管のへこみに見えないくらいの亀裂が入り、左右にぐるんっと動いた。


 すると排水管の向こう側にある壁の一部がゴゴゴゴッ、と音を立てて奥に下がっていくではないか。そのなかをおそるおそる覗いてみると下に降りる見える。


 隠し扉? と、アイネは自分が見知らぬ王都の秘密に出会ったようで、幼い子供のように心が躍るのを感じた。

 落ち着きを取り戻したエリーゼは、アイネの手を取って「さあ、どうぞ」と案内し、共に地下へと降りる階段を降りていく。


 入り口の扉は、階段の途中でエリーゼが壁を操作したためか、閉じてしまった。

 吹き込んでいた陽光がなくなると、暗闇が世界を支配する。


 だが、それも一瞬のことで、今度は階段の天井に灯りが灯った。

 等間隔に設置された魔石ランプの紫色の灯りを受けて、地下の世界はより神秘さを増していく。


「ここはどこなの、エリーゼ?」

「前に所属していました少女騎士団で、とある盗賊団を壊滅させたことがありました。そのアジトの一つです。やつらを捉えてからは、少女騎士団が主に使う秘密の拠点となっています」

「そう……なのね。知らなかったわ」

「王女様を含め、一部の幹部と現場の担当官しか知りません。ここの担当を務めていた幹部は……私です。ですから、私の他に知るのはかつての盗賊たちと、王女様のみです。でも、盗賊たちは斬首されましたから――」

「貴方の秘密の場所なのね? 貴方だけの」

「ええ、父にも話していない場所です。ひとまずは、ここで落ち着きましょう」


 それを聞いてアイネは安堵を覚えた。

 ここならば、誰もやってくることはないという。伯爵家に連絡を取るか、それとも大公に助けを求めるか、考えなければならない。


 階段を降りきると、そこは十人ほどが寝泊まりできるくらいの広さがある、天井の高いホールのようになっていた。

 奥に細長い部屋には間仕切りがしてあり、黒いカーテンを開けるとそこには、ベッドルームがあった。

 

 左の奥には浴室とトイレが別々にあり、いまでも使うことができるという。

 右の壁には巨大な王都の地図が貼っていて、そこにはびっしりとなにやら書き付けがされていた。



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