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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第二章

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脱出

 フィビオは一考し、主人に提案する。


「ロアーを捕まえ、自白させる手もありますが、それは第一王子様の同行を見てからでもよいのか、と。もしかすれば、伯爵家そのものに問題があった可能性もございます」

「可能性?」


 大公はいっそう強い力でファイルを叩いた。

 大事な妻となるべきアイネをどうすれば無事に取り戻せるのか。


 そのことだけに思考を集中した。

 可哀想なアイネ。


 さぞ、怯えているだろう。

 大公は人も恐れるヤクザ稼業をしているが、それはそれ、これはこれ。


 自分の愛すべきだれかに対しては、優しさと注ぐ愛に決まりはない。

 そういう男だった。


「アイネがどんな政治的理由で俺の妻になろうが、俺にとっては最愛の女性になるべき存在だ。軽んじることは許さんぞ。誰であろうと、だ」

「彼女を利用するひとびとは、これからも数多く現れるでしょう。今はその第一段階かと思われます」

「むう……」


 アイネは跡形もなく消えた。

 形跡がないのだ。


 そこに言って自分が調べたわけではないが、信頼のおける部下たちがそう報告している。

 通常ではない方法。


 魔法や魔導具や、ブラックが使うような精霊による、なんらかの奇跡が行われたに違いなかった。


「救い出せ。なんとしてもだ。あれが自分の意志で消えたのでない限り、トラブルに巻き込まれたに違いない。この屋敷に来たら謝罪をしなければならない……」


 大公は椅子からゆっくりと立ち上がると、執事長に言った。


「俺はこれから人と会う約束がある。その間に用意をしておけ」

「まさか。閣下自ら、お出迎えに?」

「元々その予定だったはずだ。今日、この城を飛行船で出る予定だったはずだ。そうだな?」

「……左様でございます」


 貴重な数日を無駄にしてしまった。

 ブラックは手がける仕度を執事に任せると、執務室をでて広い城の通路へと出た。


 この白亜の白壁も、珊瑚の化石を原料とした、夜になれば月光により美しく七色にうすく輝く外壁も、窓から見渡す限りの黄金の小麦畑も。

 そのどれもが、彼女に捧げるべき、品々だった。


 最後の妻にして最後の愛。

 ブラックは人生を終にできる相手として、アイネを望んでいた。


 彼自身、もう五十代に近づいていて、健康な子どもを望める年齢ではない。

 だからこそ、ほぼ、身売り同然で転がってきた婚約の話を引き受けたのだ。


 財産欲しかったとかそんな話ではない。

 自分の孤独な魂の寂しさを、そんな絶望的な立場におかれた女性なら、もしかしたら分かち合うことができるかもしれないと、ふと思ったからだ。 


 ホテル・キャザリックの安全性と、妻子を人質にした騎士長ロアーの働きぶりを、期待しすぎていた。


「俺が、伯爵家に赴くべきだった。すまん、アイネ。いまどこにいる?」


 写真でしか見たことのない彼女の面影を思い出す。

 ブラックはいまこそ、これまで自分ができていなかったことを、やるべき瞬間だと考えを新たにする。


 そう、彼女を自分の出て取り戻しに行くのだ。

 家族の一員として迎え入れるために。



 ☆


 数日前。

 ホテル・キャザリックの一室で、エリーゼがアイネにした願いは簡単なことだった。


「ほんの数分だけで、結構でございます。どうかこの中に、御身を隠してはいただけませんか」

「そのポシェットに? だって」


 アイネはエリーゼの指し示す、ポシェットを不安そうに見つめる。

 ついさっき、そのなかに入ったら、息が詰まるかもしれないと語っていたじゃないか、と批難の目で彼女を見た。


「あれは冗談です。新しい結界を、お嬢様の周りに用意いたします」

「……それってつまり、私が自分の意思で、なにもできなくなるって、そういうことよね?」

「大公様の部下の者たちが、約束の時刻になっても現れません。これはなにがしかの危機が迫っていることになります。さきほどの男たちのこともそう。時間がありません」

「……」


 廊下で受けた仕打ちはあの恐怖は、ちょっとまだ心の中に残っている。

 あらためて思い出すだけで、背筋が寒くなってきた。

 顔から血の気が引いていくのを、アイネは自分でも感じた。


「もしあなたを信じなかったら?」

「ここで籠城することは、極めて不利です。扉の向こうにどれほどの人数が待っているか想像がつきません。私はお嬢様のために命を賭して戦いますが、それにも限界というものがあります」

「つまりあなたが戦えなくなった場合、私はどうなるの」

「……最悪の場合、命を失うことになると思います。その前に、体を汚されるでしょう」

「――っ」


 まだ誰にも触れさせたことのない、この肉体を穢される。

 そんな目に遭わされるぐらいなら舌を噛んで歯を選んだ方がマシな気がする。


「どうなさいますか。お早い判断を。廊下に、先程から人の気配が増えています。それも、こちらに対していい意味での来客ではないと思います」

「はあ……そうね。あなたが言うように、この状況からどうにか抜け出せるのならば。いいわ……」


 こうして、アイネは小人宜しく、一時だけ、エリーゼのポシェットに収まることになった。

 その布越しに聞こえてくる激しい舌戦、殴打の音と、なにか鈍いものが壊れる音、悲鳴。絶叫と走り抜けるエリーゼの激しい息遣い。


 それらが終わり、ようやく解放された時。

 アイネの目に入ったのは、ホテルからニキロほど離れた魔導列車の駅。


 その入り口に近い、ビルとビルの合間にある、薄暗い路地の光景だった。

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