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透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。  作者: 秋津冴
第一章

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来ない待ち人

「ご理解いただけないでしょうか」

「貴方が……自分で記したのではないという、証拠にもならないじゃない。旦那様が用意した侍女であるという、そんな証明でもしてくださらない?」


 それはするつもりだった。

 ただ、アイネの興味がまず、どうしてエリーゼがこの場所に来れたかのか、という点にあったからそれを示した。


 侍女は腰の部分に縫い付けられている小さなポーチを開く。

 すると、そこからは驚きの品々が飛びだしてきた。


「大公閣下から私が受け取りましたのは、この五種類。家紋を記した指輪、お嬢様の身分証明書とこれから必要となります旅行許可証、正式なる婚姻の証となるべき婚約指輪。そして――」

「ちょっ、ちょっと! どこから取り出したのですか、その短剣……」

「よくある空間魔法を利用した即時的な物入れになっておりまして。ご存知ないですか?」

「見たことくらいはあるけど。使ったことはないわ」


 アイネは伯爵令嬢でもあり、王太子妃補でもあった。

 普段から人を使う立場で生きてきた者にとって、自分で物を持つという習慣が、彼らにはないのだ。

 その一言からしても、アイネの育ちの良さがわかるようだった。


「これらの品をまずは納めください。改めていただき、大公家に着くまで、不要なものは私が管理いたします」

「不要なって……。用意しようと思えば用意できるじゃない。贋作でも――」


 証明書の類はいくらでも偽造が効く。

 複製魔法を使える者なら、手にした何かの複製を、そっくりそのままの品を作り出すことも可能だ。

 あいにくとアイネにはそれを見抜く術はなかった。

 あるとすれば、上流階級で生きてきたその経験と勘しかない。


 明らかにポーチの中に納まるサイズではない、指先から肘程までもありそうな長さのそれを、エリーゼはゆっくりと取り出すと、包みを開いた。

 短剣は黒い布地に白い小紋柄が幾つも染め抜きされた、手触りのよい生地が使われている。


 伯爵家で普段から高級生地に馴染んできたアイネにとって、一触りしただけでそれが高価な品だということは理解できた。

 ブラックという名に因んだのか、その鞘はおろか柄部分まで黒い素材が使われている。

 短剣を片手にもち、その包みを解いたところで、アイネは深くため息を零した。


「どうか……なさいましたか、お嬢様」

「いいえ。もう、いいわ。貴方の言葉を信じまず。証明書の数々に婚約指環、おまけに大公家の家紋がきちんと入ったこの短剣。どれをとってみても急ごしらえで用意できるものではないわ」

「私は嘘などついておりません」

「エリーゼは嘘つきだと言ってるわけではないの。案内されかたが、今ひとつ理解できないのよ。これから妻になる予定の女を危険な目にさらすような夫ならこちらから願い下げだわ」


 伯爵令嬢はそうぼやくと、そのままベッドに腰かけてしまい、根が生えたように動かない。

 無理もない。

 主人の境遇をそれとなく知ることで、エリーゼはアイネに同情を示した。


 せめて、新しく夫となるブラックがこの場に居合わせたなら、アイネの心もいくばくか救われたろうに。

 一人で実家を出てホテルにきてみれば、状況を理解できないまま、身の危険に晒されたのだ。

 その怒りと悲しみ、このホテルの部屋を設定した者に対しての怒りは、あって当然のものだった。


「大変ご不満かとは思いますが、人を手配しています」

「今度はどこに私を連れて行こうというの」

「それは勿論、大公閣下のおわします、エルバスの地に」

「私が嫁ぐ先もエルバスよ。奇遇ね」

「お嬢様……。この現状で、私を信じて下さいというのは、確かに不躾なお願いではありますが。ここに居続けることも賢いことにはなりません」

「はあ……ええ。そうね、でもどうやって出るつもり? 今度は、荷物と私が居るのよ? 先に言っておきますが、安全のためとかなんて理由で、この荷物をここに置き去りにするつもりはないですからね」

「……それは善処いたします」


 是非、そうして頂戴、と嫌味をひとつ告げると、アイネは立ち上がり短剣をエリーゼの手に戻した。


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