伯爵の後悔
食事を終えて自室に戻ったアイネを訪ねてくる人物がいた。
それがついさっきまで食卓を囲んでいた義理の父親だとわかると、アイネの顔は緊張に包まれた。
伯爵はどこか疲れ切った顔をしている。
室内に招き入れると、彼は長椅子の上に腰を落ち着けた。
アイネはその態度の変化に戸惑いを隠せずにいた。
「お父様、どうかなさいましたの……言われた通りに仕度をしようかと……」
言葉通り、部屋の中では侍女のセーラがクローゼットの中身を判別している最中だった。
伯爵はちらりとそれを一瞥する。
それから、言葉を続けた。
「お前が出て行く前に、一度顔をしっかりと見ておこうと思ってな」
「そう、ですか」
冗談とも本気ともつかない、義理の父親の一言。
伯爵はそう言うと、侍女を下がらせるようにアイネに言った。
セーラは少し戸惑いながらも、「後から呼ぶから」とアイネに言われて退室する。
主人が伯爵に暴力でも振るわれるのではないか、とセーラは焦燥感を胸に感じた。
もし、悲鳴が轟けば、すぐに室内に駆けこんで止めようと、心に誓い部屋を後にする。
「お嬢様……」
廊下の壁一枚隔てた向こうで、室内の内容を聞き取ることは、無理ではなかった。
緊張した面持ちで伯爵との会話を始めようとする主人が心配な侍女は、いつもと同じようにして定位置である部屋の扉の側に立っていた。
伯爵の怒りでない、それでいて強い意志を感じる声が聞こえてくる。
「お前は私のことを恨むかもしれない」
「いえ、それは……」
「兄が残した財産を処分したことだ。それについて一言、そうだな‥‥‥父親として伝えておく事があった」
「え? どういうことですか」
それはつまり、自分のことをエルメスと同じように家族と認めているという意味のように、アイネには聞こえた。
アイネは困ったような顔になる。
回答が見つからない袋小路に迷い込んでしまったようなそんな気分だった。
伯爵は言葉を補足するように、むうっと呻いてから、静かに口を開く。
「私はこれでも、お前のことを実の娘と同じように育ててきたつもりだ。無論、家族の中にはお前の生まれを疎む者もいる。さっきの食事の席でもそうだ。私の目の前で、お前にああいう嘲りをぶつける者たちを、兄弟姉妹と呼ばせるには、こちらも心苦しいものがある」
「……それは、本当のことですから。お兄様やお姉様たちが間違っているわけではありません」
「しかし、そこに見下した感情を含めていいということにはならない、違うか?」
「私には分かりません」
アイネは小さく首を振った。
自分には決める権利がない、というように。
伯爵はそれを認めさせるのも、お前の仕事のうちだった、と寂しく言う。
どこかアイネに期待をかけていたのかもしれない。
それは養子が自分の家の兄弟姉妹とうまくやっていくための努力を期待した、父親の言葉のようにも聞こえた。
「兄や姉、妹からの評価を自らの力で変えて欲しかった、と私は思う。いじめにあっていても、それを覆すほどの何かがなければお前を――お前に対する世間の評価はこれからも変わらないだろう。だから私は」
「おっしゃらなかった? 家族からの私への批判を、止めるようにと? それは‥‥‥あんまりです」
処分されたあとにそれを告げるのは卑怯だと、アイネは思った。
自助努力を自らに課したとしても、父親はこれまで何もしてくれなかったではないか。
他の兄弟姉妹と比べて、明らかにそれは不合理で。
親の愛情を感じろ、というのは彼のエゴにしか聞こえない。
いきなりすぎる告白を受け止めきれない娘に対して、伯爵はどう伝えればよいのかとしばらく、思案していた。




