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一行~あなたと綴る物語~  作者: 渋谷幸芽
3/11

トンネルの只中

葵の周辺で色んな事が大きく動く中、意外に心を乱す事もなく学年末試験に臨めた。

可もなく不可もなくの相変わらずの成績で無事に学年末試験を終えて晴れて部活動が解禁になった。

体育の授業で、割と頻繁にバスケットボールに触れていたのに、その日、葵は漠然とした違和感を感じた。

一番乗りだった葵は試しにスリーポイントゾーンからシュートを試みたが。

ガン!!

大きくリバウンドした。

「・・・・・・」

足元に戻ってきたボールを拾い上げて、数回ドリブルして、もう一度放ってみたが、やはり大きく外れた。

日直で少し遅れてきた愛美が盛大に外した葵のシュートを目撃し心配そうに近づいてきた。

「調子悪いの?どっか痛めた?」

「愛美・・・・・ううん、大丈夫、どこも痛めてないよ」

答えながらも奇妙なダルさが四肢を苛んでいた。

「なら良いんだけど、何か、顔色悪い気がする」

立ち尽くす葵を見守った愛美は、不意に漠然と何か違和感を覚えた。

「・・・・・あれ?」

入り口から、元気にあいさつしながら後輩や同級生たちが続々と入ってきた。

とりあえず全員が揃ったところで、いつものように筋トレを始めた。

腹筋・腕立て伏せは、これまで通り皆より少し遅れながらも問題なくこなせた。

学校の周り3週も平然とこなせたが、ミニゲームの際、その不調は誰が見ても明確だった。

パスを受け損ねたりシュートの決定率も著しく低下していた。

平井も戸惑いながらも、最後までゲームを進めた。

とりあえず時間で部活動を終了させた後、葵を呼び出した。

 

 頭を抱えたい気分で職員室に入っていく葵を愛美が心配そうに廊下で見送った。

「どうした、調子悪そうだけど、どっか痛めたのか?」

平井の横で、葵の担任の小野も心配そうに聞き耳を立てつつ自分の仕事をこなした。

「いえ、どこも痛めてないです、体調も悪くないんですけどプレイが全然しっくりこなくて、もう正直言って何を修正すれば良いのかさえ判らない状態に陥ってます」

暗い顔で落ち込む葵を見て不意に平井が何かに気づいたように口を開いた。

「あれ?気のせいか、いや、気のせいじゃないぞ、気のせいじゃないですよね、小野先生」

「はい?」

「いや、今気づいたんだけど芹沢の身長、伸びた気がしませんか?」

「え?」

唐突に教え子の身長の事を振られ、面食らい仕事の手を止めた。

「ホントだ、言われてみれば・・・・毎日のように見ているから気付かなかったけど言われてみれば身長が伸びた気がする・・・・・」

身長が伸びた事は言われるまで自覚が無かったが・・・・・・。

小学校時代からずっと身長が低い事がコンプレックスだったので少しだけテンションが上がった。

「もしかして、そのせいじゃないか?急に繊細さが欠けたのって、ふと思い出したんだけど、前に何かのテレビで見たことがあるんだ、何かのスポーツ選手で突如原因不明の不調に苦しめられたっていう・・・・・身体に何ら異常が無いのに今まで出来ていたこ事が急に出来なくなるって!その選手が急に伸びた身長が原因って判ったのは随分と経ってからだったみたいなんだけど、背が高くなるという事は当然、目線が変わるし手足の長さも変わるからこれまで通りの体の使い方をしてたら色んなミスにつながるんだ、今の芹沢にも同じ事が言える気がする、今日、ゲーム中にボールとの距離感に違和感なかったか?」

「距離感・・・・・しっくりこない感覚はあったけど、その原因が距離感にあるって所まで気付きませんでした」

「おそらく原因は、その辺りにあると思うから大変だろうけど大会までに修正しよう!」

「はい」

「解決の糸口が見つかったところで、芹沢に1校、薦めたい高校があるんだ」

言ってパンフレットを出してきた。

第3志望で明記した私立高校のパンフレットだった。

「高校でもバスケを極めたい気持ちがあるようなら前向きに検討してみていいと思う、先方も芹沢の事も気に入ってくれてる、芹沢がキャプテンになって初めての試合の時、視察に来られて高く評価していた」

「え?私がキャプテンになって初めての試合って悔しすぎて今も忘れられないけど黒星だった、あの試合ですよね」

皆で気合い入れて臨んだ試合だったが緊張もあったのか、結局実力を出し切れず負けた試合だった。

「それでも個人の正確なプレイと瞬発力に感心していたぞ、あと、チームをまとめる力にも感心していた!春の大会次第では是非特待生として招待したいと仰ってた」

急に何だか未来が明るくなった気がして気持ちが一気に軽くなった。

「そういう事だから、クヨクヨせず、春の大会で良い結果を残せるように頑張ろう!!」

「はい!!」

満面の笑みを見せる葵に2人安心したように顔を見合わせた。

「じゃ、遅い時間まで悪かったな、気を付けて帰れよ」

「はい!ありがとうございました、失礼します」

完全に元気を取り戻し出てきた葵に面食らいながらも愛美もホッとしたように微笑んだ。

「お待たせ愛美!待っててくれてありがと、帰ろう」

「うん」


 いつものように大通りを歩いてると向こう側から愉し気に修平と真緒が大きな紙袋を提げて歩いてきた。

「こんばんは」

「こんばんは、今日から、また部活解禁だっけ」

「はい、学年末試験、今日で終わったんで」

「買い物?何買ってきたの?その大きい紙袋」

「ああ、式も挙げないし旅行も行かないからな、奮発して良い夫婦茶碗買っちゃった、こっちはパジャマ」

「え?!夫婦茶碗って・・・・・ぁ・・・・」

先日ランニング中に、2人が、そのような会話をしていた事を思い出した。

「あー・・・・バタバタしてて愛美にちゃんと話してなかったけど、まだ籍入れてないけど近々お父さんと結婚予定の飯室真緒さん」

紹介されて先日、駅近くで2人を目撃した事を思い出した。

「真緒さんにも紹介しておきます、私の親友の、水沢愛美ちゃん」

「初めまして、水沢愛美です」

「初めまして、飯室真緒です」

「暗くなってきたし、危ないから家まで送るよ、車、すぐそこの駐車場に停めてあるから行こう!良いよな?真緒」

「もちろんよ」

言って目と鼻の先にある駐車場に先頭切って歩いて行った。

「じゃあ・・・・・お言葉に甘えて、お願いします」

遠慮する気持ちも有ったが、好意に素直に甘えることにした。


「ありがとうございました、また明日ね葵」

「うん、また明日、バイバイ」

愛美と別れた後、一瞬車内に沈黙が流れた。

その沈黙が、とても気になってしまった葵は真緒に話しかけた。

「真緒さん、そういえば仕事は4月以降、どうするんですか?」

「勿論続けるわよ、良くも悪くも4月から私、部署移動になるのよ、修平さんとフロアも違っちゃうし仕事も1から覚え直しで不安もあるんだけど」

「そうなんですね、じゃ、出勤も退勤も別々なんですか」

「出勤は、どの部署も同じなんだけど退勤がな・・・・待ち合わせて一緒に帰ってくる方向で居るけどな」

「新しい部署での仕事が始まってみないと様子が判らないのよね」

そんな話をしながら車は真緒のアパートに到着した。

「じゃあ、おやすみなさい、また明日、茶碗とパジャマ、お願いね」

「ああ、お休み」


 いつものようにキッチンで夕飯を作っている葵の後姿を見ていた修平が不意に葵の異変に気付いた。

「あれ、お前・・・・・身長伸びた?」

「それ、今日、先生にも言われた、来月の身体測定楽しみだなぁ」

「毎日一緒に居るから気付けなかったけど!良かったな、ずっと身長欲しいって言い続けていたし」

「でも良い事だけじゃないんだよね!ボールとの距離感が狂ってきてミスしまくり、でも来月の身体測定楽しみ、何センチになっているかな、理想は愛美と同じ168センチだけど」

「良い事だけじゃないんだな、でも、美幸も子供の頃、ずっと小さかったらしいけど中学で急に10センチ以上伸びたって、お前も急に伸びたみたいだし、理想に近づける可能性は充分あると思うぞ」

理想の自分に近づけるかもしれない未来に何だかワクワクしながら、軽快にフライパンを振るっていたが、不意に右ヒザに不快な痛みが起きた。

「痛っ!」

「え?」

「今、一瞬だけど右ヒザに変な痛みが起きた・・・・・・何だろう?」

気にしながらも、とりあえず出来上がったオムライスを皿に盛りつけた。

「ま、良いや、出来たから、食べよう、オムライス」 


  葵が謎の関節痛に苛まれながらも平和に夕飯を食べてる頃、水沢家では事件が起きていた。

「うそ!何でそんな簡単に承諾しちゃうの?!今からでも断ってよ!!」

昇の衝撃的な告白に愛美が餃子を取り落としながら抗議の声を挙げた。

「仕方ないだろう・・・・簡単に断れとか言うなよ」

「仕方ないで済まされないでしょ!そんな大事な事、どうして私たちに相談も無しに引き受けるの?!私にも立場があるのよ!一緒に働いてくれてる衛生士さん達だって困るわよ!!」

「それでも、こっちも断れるわけないだろう!」

口論していると、外から心配そうに愛犬ノエルが窓を引っ掻いて鼻を鳴らした。

異変を察して不安げな表情を見せるノエルに3人は申しわけない気持ちになりながら押し黙った。

そして目の前の冷めてしまった餃子やライスや野菜たっぷりのみそ汁を咀嚼して何とか怒りのコントロールに努めた。

それでも3人納得できる結論は見出せず。

話し合いをすれば、今のままでは、またケンカになるので3人、口を閉ざしたまま。

食後、昇は庭に出て行き、不安そうな顔を見せるノエルを抱きしめた。

「悪かったな・・・・ノエル、今日は天気良いけど皆で一緒に寝ような」

軽く足を拭いて鎖を外して室内に入れた。

家の中に入ると、3人に心配そうに鼻面を押しつけて大きく尻尾を振って精一杯の愛情表現を見せた。


 ピピッ!!

愛美が受け損ねたボールがラインを割り、短いホイッスルで何度目かのゲーム中断に入った。

変化した目線の高さや手足の長さの修正に苦戦して調子の出ない葵以上に愛美もプレイの繊細さを欠いていた。

見る限り、どこかを痛めてる様子は無さそうだし、かといって葵のように急に身長が伸びた印象も受けなかった。

何らかの身体的故障が原因という事は無いだろうと判断しながら、ならば、その不調の原因は、どこにあるのかと平井は首を捻りたくなった。

その時、ストップウォッチがゲーム終了の時間を知らせた。

「集合!!」

暗い顔で並ぶ主力の2人をチームメイトも気にかけていた。

「水沢、この後職員室!」

「・・・・・はい」

葵が、呼び出された愛美を心配そうに横目で見た。


 職員室前の廊下で葵は愛美を見送った。

「じゃ、ここで待ってるね」

「ありがと、行ってくるね」

暗い顔で職員室の中に消えていく愛美の事が本当に心配だった。

「いったい、どうしたんだ、芹沢の不調が心配で集中できないのか?」

「いえ、葵の所為でも誰の所為でもないです」

解決してない昨日の家庭での問題を伏せたまま、それらしい言い訳を口にした。

「進学の事とか、物凄く不安になって、バスケに全然集中出来ませんでした、足引っ張って迷惑かけました」

「まぁ進路希望調査も始まって色々と意識し始める時期だし気持ちは分かるけど」

「・・・・明日から進学は進学、バスケはバスケで気持ち切り替えてちゃんと、やります」

それなりに打ち明け宣言する割に暗いままの眼差しが気になった。

愛美が本音を打ち明けてない事を平井は直感で判った。

「他は?」

「他?」

「それだけじゃないだろう」

完全に見透かされてると悟り愛美は打ち明けた。

「・・・・あの、まだ詳細は何も話し合ってないんですけど実は」

突然飛び出した衝撃の告白に平井は暫し反応できなかった。

流石に驚きを隠せない様子の平井に愛美は今一度告げた。

「でも、まだ、本当に家族と話し合えてなくて、現時点では決定事項ではないんですけど」

その時、職員室の電話が鳴った。

電話の近くに居た女性職員が1コールで受話器を上げ応対した。

そして直ぐに。

「平井先生、荊沢高校の若宮先生からです、2番です」

「・・・・・はい」

受話器に手を伸ばし、とりあえず愛美を帰した。

「電話、多分長くなるし遅い時間だから、今日は帰って良いぞ、でも、今の話、今度、改めて詳しく聞きたい」

「・・・・・失礼します」

職員室の扉の前で、何とかポーカーフェイスを作り職員室を出た。

心配そうに立ち尽くす葵に微笑みかけた。

「お待たせ!帰ろう」

「・・・・うん」


「ノエル、ただいま」

変わらず大げさな位、尻尾を振る愛犬ノエルに癒しを感じ、抱きしめた。

いつもと様子の違う愛美にノエルが心配そうに鼻を鳴らし顔中を舐めまわした。

「ごめんねノエル・・・・心配かけて」

グチャグチャで整理できない自分の気持ちに一瞬だけ蓋をしてノエルが全力で与えてくれる癒しを堪能した。

そして何とか気持ちを落ち着けて2人分の夕飯の準備に取り掛かった。


 無事に夕飯の準備が終わったところに公子が帰宅してきた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

「丁度出来た所だよ」

「ありがとう!じゃあ早速・・・・・・ちょっと着替えてくるから、盛り付けておいて?」

「うん」

程なく、ラフなルームウェアに身を包んだ公子が食卓についた。

「「いただきます」」

2人、ニュースを聞き流しながら黙々と箸を動かし、愛美の十八番の切り干し大根を堪能しながら公子は切り出した。

「ねぇ、愛美は昨日の事どう思う?昨日は頭に血が上ってちゃんと、お父さんの言い分を聞いてあげられなかったけど冷静になってみると、お父さん間違ってないのよね」

「確かに間違った事はしてない、でも今は大事な時期だから転校は避けたいって言うのが本音!でも満足な医療を受けられずに困っている人達には罪はないし、放置出来ない問題だと思う、だから単身赴任じゃないけどお父さんだけ新潟に行くってダメなの?」

「単身赴任ね・・・・それも一つの方法だと思うんだけど1人で行かせて1人で無医村地域を背負わせるのは何か違う気がするのよね」

「お母さんは、東京を離れる事になっても平気なの?水沢歯科医院やスタッフの人たちをどうしたいって思っているの?」

「それは正直言えば、水沢歯科も順調に軌道に乗っているし、閉めたくないというのが本音になるわ、でも東京で一件歯科医が閉まっても誰も困らない」

「そうかな、掛かりつけにしている患者さんは困ると思うよ」

「確かに、不便を掛けるかもしれないわね?でも、この周辺の地域の人たちには選択肢は沢山あると思うの、でも新潟の無医村地域の人たちには選択肢なんて無いわ」

冷静な気持ちで2人で話し合ったが決断に至らなかった。

住み慣れた地を離れる不安は大きかった。

「とにかく、今度お父さん帰ってきたらもう一回ちゃんと今度は冷静に話しましょう」


 昇が帰宅したのは、それから数日後だった。

2度目の話し合いは思いのほか3人とも冷静だった。

相応に時間も経過し、頭は充分冷えていたので、それぞれ感情的になることなく話し合いが出来た。

それぞれの都合を良く理解して、どうするのがベストなのか冷静に模索する事が出来た。


 学校は春休みに入り、バスケ部の恒例の3泊4日の強化合宿が始まった。

葵はズレの修正が不完全なまま、もどかしい気持ちを抱えたまま強い焦りの気持を抱えたまま強化合宿に参加していた。

合宿初日、ハードなメニューをこなし、自由時間に入ったが葵は黙々と修正を試みた。

ずっと高い成功率を誇ってたスリーポイントゾーンからのシュートの成功率も著しく低くなっていた。

リバウンドし足元に転がってきたボールを拾い上げ肩を落とす葵に一応断りを入れた。

「頑張るね葵、でもゴメン、私はちょっと休憩させてもらうよ」

「うん、気にしないで休んできて」

「愛美、平井先生が呼んでるよ、プレイ修正計画書やり直しだから部屋に取りに来いって」

入り口でチームメイトの芽衣が愛美を呼んだ。

「あらら、行ってらっしゃい、最近多いね」

愛美が盛大にため息をついて芽衣の脇を通り過ぎ平井の部屋に向かった。

雑念に阻まれ、プレイの質は勿論、提出物のやり直しの指示も増えた。

2人で愛美を見送り、芽衣は自主練に余念がない葵の横に立った。

「葵も、ちょっと休んだら?」

「うん、でも、もうちょっとやる、修正しないと迷惑かけるから」

大げさな溜息をつきながら横から葵のボールを奪った。

「・・・・・え?」

「疲れたままじゃ良いパフォーマンス出来ないんだから休める時に、ちゃんと休んでほしいさ」

苛立った様子で葵から奪ったボールを数回ドリブルしてスリーポイントゾーンからのシュートを簡単に成功させた。

ネットを通過し落下したボールを拾い上げ、葵に強めにパスして立ち去った。

強めの衝撃に掌に不快な痛みが波紋のように広がった。

しばし芽衣の出て行った出入り口を見つめ立ち尽くしていたが気を取り直しシュートを放った。

ザン!

久しぶり成功したシュートに思わず喜んだ瞬間。

膝関節に不快な痛みが走った。


 その頃、平井と愛美は・・・・・・。

「本当に良いのか、このまま皆に黙ったままで」

平井はため息を漏らしながら、とりあえず、愛美が提出した不備の多いプレイ修正計画書を返した。

「話すタイミングは今じゃないと思っています・・・・・時期が来たら、ちゃんと皆に話しますから先生も、どうかそれまで・・・・・」

頼み込んで、退室して体育館に戻ると・・・・・・。

「え・・・・どうしたの?!」

葵がコートの真ん中で、へたり込んでいた。

そこに平井も体育館に入ってき。

「水沢、弛み過ぎだぞ!肝心なノートを忘れているじゃないか!これを忘れて、どうするんだ!って、どうした芹沢!」

ノートを愛美に押し付け、葵に駆け寄った。

「ちょっと膝が痛くて・・・・」

「膝?!ちょっと見せてみろ!」

言われて、ブカブカのジャージのズボンの裾を膝上まで捲りあげた。

腫れや発赤、変形などの所見は無かったが・・・・・。

「自由時間も自主連したい気持ちは判るけどクールダウンも大事だ!スプレー持ってくるから少し待ってろ」

慌ただしく体育館を飛び出していった平井を2人見送った。

そして反省したように葵が呟いた。

「先生の言う通りかもね・・・・・さっき芽衣にも怒られたけど最近ちゃんとクールダウンしてなかったかも」

「芽衣が?そういえば最近、何か芽衣、イライラしてるよね」

「私が不甲斐ない所為かな・・・・・」

痛そうにヒザを撫でながら、感じる必要のない責任を感じて凹んでる葵を心配そうに見つめた愛美。

「そんな事ないよ」

「ビックリさせてごめんね」

「ううん」

ほどなく平井が戻ってきた。

「主に、どの辺?」

「この辺りです」

痛みが気になる患部にスプレーを噴霧してもらった。

「ありがとうございます」

「・・・・いつからだ?痛みは、いつ頃から?」

「学年末試験が終わって部活動解禁になった頃からです、時々ズキっとくるけど割とすぐ治まるし痛み止めが必要なレベルの痛みではなかったんですけど、今、久しぶりにスリーポイントシュート成功して、着地したら凄く不快な痛みが走って、思わず座りこんじゃいました・・・・・でも、さっきのシュートで何となく感覚が掴めてきた気がします」

「やったな、成功したんだな、でも、なら今日はもうクールダウンに努めろ、そして合宿終わったら念の為、病院行って来い」

「はい」


夕飯までの自由時間、2人は施設の周辺を散歩した。

都心では味わえない豊かな自然を満喫しながら、まったり歩道を歩きながら2人クールダウンに努めた。

「ヒザ、平気?」

「うん、大丈夫、今は全然痛くない」

言いながらその場でスムーズに屈伸をして見せた。

「大丈夫・・・・スプレーも効いたのかも」

嬉しそうに微笑んで再び歩き始めた葵が直後に歩みを止めた。

「どうした?」

「・・・・・なんか、今、左ヒザにも謎の痛みが走ったっていうか走ってる」

「えっ!」

「痛み止め使うレベルじゃないけど・・・・無意識に右足を庇ってたのかも」

冷静に分析しながら、痛みをねじ伏せ歩き始めた。

「とりあえずお風呂の時、マッサージしてみよう」

何でも無さ気にサラッと打ち明けられても愛美は心配でたまらなかった。

主力の葵が不完全の状態は大会の大きな不安要素になる。

「とにかく、合宿の間だけでも自由時間はクールダウンに充てよう!関節と筋肉をちゃんと休ませてあげよう」

「うん、そうする、大会までには治さないとね、絶対優勝しようね!」

「うん!」

「愛美となら優勝できる」

「葵となら優勝できる」

口に出して言う事で気持ちを高める事が出来て、そしてお互いを信じる事が出来た。


 翌朝、葵はメニュー通りロードワークを皆と共に問題なくこなした。

時折関節痛に襲われ苦しいながらも完走を果たした。

筋力トレーニングのメニューも楽ではなかったが、こなした。

昨日スリーポイントシュートを成功させた事で少しだけ自信を取り戻した状態でゲームに臨んだが、まだまだ修正途中なのか全てにおいて正確さを欠いていた。

グーとパーで別れて愛美とは敵同士になっていたが調子が出ない葵の事をゲーム中も密かに気にかけていた。

気にかけすぎて仲間への注意が疎かになり、愛美はパスを受け損ねた。

「水沢!ボーっとするな!」

「はい!」

飛んできた檄に短い返事で答え直ぐにボールを追った。

葵がゴール下で味方からしっかりパスを受け取った。

体制も整えずスピードだけを意識してリングめがけてシュートを放ったがリングに嫌われリバウンドした。

残念な気持ちが先に立ち、リバウンドに反応が遅れた愛美にまた檄が飛んだ。

「水沢!今のリバウンド取れただろ!って言うか精一杯やっても取れなかったというなら困るぞ!そして易々と打たせてどうする!」

「はい!スイマセン・・・・・」

厳しい指摘を受け、凹んでいる愛美を心配そうに葵が盗み見た。

愛美を気に掛けながらボールを受けた葵は少々強引にゴール下に入り込もうとしたが。

「芹沢!よく見ろ!フリーの仲間が居るだろう!!ここは無理して突っ込むところじゃないだろう!取られるぞ!!」

「はい!」

言われて辛うじてボールをキープして視界の端に入り込んできたフリーの芽衣にボールを出した。

ボールを受け取ると呆気なく簡単に確実に決めると露骨に苛立ちを滲ませながら、まだパスを受け取れる体勢が整っていない葵に雑に乱暴にパスを出した。

乱暴な受けにくいボールを葵が懸命に取りに行ったが、取り損ねてラインを割ってしまったところで、また平井の檄が飛んだ。

「角田!もっと丁寧にボールを回せ!そんな雑なパス誰も受け取れないだろう!」

「・・・はい」

双方、平井から容赦ない駄目出しを受け思わず落ち込みながら課題を山積させたままゲームは終了した。

結果としては僅差で愛美のチームが勝利した。

午前中の自由時間をクールダウンに充て個々に反省点を洗い出し改善策を書き留めた。

書き留めながらイメージトレーニングしてる葵の横で愛美も真剣な表情で反省点を洗い出し修正のイメージトレーニングをした。

真剣な眼差しで、いつまでもノートと睨めっこしてると不意にノートに影が出来た。

同時に顔を挙げると、いつになく険しい表情で2人を見下ろしてる芽衣がいた。

「何なの、さっきのゲーム!!」

2人、思わず顔を見合わせ、同時に芽衣を見上げた。

「ハッキリ言うけどさ、今の2人と一緒にプレイしたくないんだよね、これ以上やる気ない態度見せないでくれる?!」

唐突すぎる指摘に空気が張り詰めていった。

少し離れた所でチームの課題と個人の課題をまとめていた平井が直ぐに間に入った。

「よせ角田!2人にやる気がないかどうかは、お前が決めて良い事じゃない!少なくともやる気がないとは感じなかった」

一瞬、押し黙りかけたが、やめなかった。

「やる気があって、それなの?!敵のシュートを妨害しなかったり何も考えず突っ込んでいったり!だったら不安でしかない!」

「確かにゲームそっちのけで葵のシュートを見守っちゃってそれでやる気無いように捉えられたなら、そこは素直に謝るけど、今の言い過ぎだと思うよ!判断ミスは誰にだって起こる事だし、それで私達にやる気無いって決めつけたり一緒にプレイしたくないとか言われるのは納得できない!私も葵も、芽衣がミスしても、そんな責め方した事ないよね、フォローしてるよね、なのに芽衣は平然と仲間を責めるんだ?私も、そんな言い方しかできない人とは一緒にプレイしたくない!」

火花を散らす2人に仲間も平井も冷や冷やしていた。

ヒートアップしていく2人を冷静にさせようと葵もすかさず口を開いた。

「さっきの痛恨の判断ミスに関しては、それで芽衣が不安に感じたなら謝るよ、でも、やる気がある事は信じてほしいし私は愛美や芽衣や他の皆と優勝する事しか考えてない!そこにたどり着く為に模索して失敗して不安にさせる事もあるかもしれないけど、どんな時でもフォローする事を疎かにしたらダメだと思うよ、目指してる所は皆同じだし、指摘するのは大事だし意味があるけど責めるのは無意味だよね、ミスならフォローし合えば良いだけなんだから」

パチパチと周りから拍手が上がった。

「芹沢の意見は正しいと思うぞ、無駄に興奮してるとクールダウンにならないから仲直りしろ」

促されバツが悪そうに、目をそらせながらお互い謝った。

「そんなわけで俺からも指摘させてもらうけど!角田、最近プレイが雑だし荒っぽいぞ!確かに判断ミスは少ないかもしれないけど、何をイライラしてるか知らないけど、基本的な事を言うようだけどバスケは個人技だけでは勝てない、上手に丁寧にボールを回して、それぞれが、それぞれの役目を果たさないと勝てないスポーツだ」

自分でも嫌になるほど自覚している「弱点」を指摘され今度こそ押し黙って俯いた。

そして・・・・・。

「ツノダって・・・・」

ジャージの裾をキツク握りしめ、止めどない涙を伝わせながら誰もが予期せぬ部分に芽衣が反応した。

「角田って呼ばれるの、嫌いです!」

「・・・・は?」

立場をわきまえる余裕もなく顧問に声を荒げてしまった事に本人が一番戸惑っているのが誰の目にも明らかだった。

「あっ・・・・えっと・・・・今の忘れてください!ちょっと頭冷やしてきます」

言って体育館を飛び出していった。

「え?おい・・・・・角田・・・えーっ、ちょっと皆さ、教えてくれない?何でオレ怒られたの?」

助けを求めるように露骨に困惑を見せながら部員を見渡した。

しかし、だれも芽衣の怒りの理由が分からず、同様に助けを求めるようにそれぞれ顔を見合わせた。

「芹沢!」

「はい」

「悪いけどフォロー頼む、後、聞けたら『角田』で切れた理由も、それとなく」

「はい」


 葵は外のグラウンドの水飲み場で直ぐに芽衣を見つけた。

冷たい水で顔を洗い続ける芽衣に近づいた。

とりあえず芽衣の気が済むまで待つことにした。

葵の存在にも気づかない様子で、しばし洗い続けていたが、ほどなく水を止めタオルで水滴を拭いながら顔を挙げた。

「葵・・・・」

気まずそうに目を逸らせ、だけど直ぐに大きく息を吐き出し正面から見つめて謝った。

「ごめんね、勝手にイライラして、輪を乱すような事しちゃって愛美にも、後でもう一回ちゃんと謝るよ、平井先生にも皆にも」

「うん」

「休憩、そろそろ終わりだね、戻ろう、ごめんね、葵の休憩時間、こんな事に使わせて」

「こんな事じゃないよ、ごめんね、頼りない所ばかり見せて、良くも悪くも急に身長が伸びて色々ズレが生じていて修正に苦戦してるんだよね、これまで通用してた事が通用しなくなって、今が一番しんどいけど、精一杯頑張るからミスしたらフォローしてね」

「・・・・うん」

大きく息を吐き出し気持ちを切り替え、葵と共に体育館に戻った。

そして皆にも謝った。

戸惑いながら平井も近づいてきた。

「先生、変なところで過剰に反応して申し訳ありませんでした、でも可能なら角田じゃなくて芽衣って呼んでほしいです」

その一言で、葵は不意に思い出した。

小5の時クラス替えで同じクラスになった時、自己紹介の時、その流れで下の名前で呼んでほしいと訴えていた事。

バスケ部でも最初に自分の事は名前で呼んでほしいと言っていたので特に皆抵抗もなく先輩も同級生も後輩も名前で呼んでいて、それが当たり前になっていた。

「・・・・・・・芽衣って呼べば良いのか?」

「出来たら、そうしてほしいです」

「判った・・・・」


 その後、大きなトラブルもなく2日目のハードメニューを全てこなした部員達。

夕方の2時間の自由時間に施設周辺の散歩に出かけようと玄関に居た愛美と葵に芽衣が緊張した様子で近づいた。

「待って愛美、葵、どこ行くか知らないけど一緒に行って良い?」

返事も聞かず自分も靴に履き替えた。

勿論2人とも断ったりはしなかったが。

「昼間の事、愛美にちゃんと謝りたい、さっき先生に促された時、素直に心から謝れてなかったから、ごめんね、イライラして酷い事言って」

「良いよ、今日の私は芽衣が言うように全然出来てなかったし、でも聞いて良い?先生も言ってたけど最近、何にイライラしてるの?」

「・・・・昼間、あんな事があった後で、こんな事言うと言い訳に聞こえるかもしれないけど、小4の冬にね、両親が離婚したの、私はお父さんと暮らしたかったけど、お父さんと暮らす為には引っ越さないとならないって事になって、でも友達と離れるのは嫌で泣く泣くお母さんと暮らす事になって、苗字も母親の旧姓になった、角田って母親の姓なの」

淡々と語る芽衣の話しに2人、足を止めて聞き入った。

「芽衣って、お父さんが授けてくれた名前だから凄く好きなんだけど私、お母さんとは上手くいってないんだよね、最近も本当にケンカが絶えなくて、でも中学卒業を機にお父さんの所に行く予定だったから春休み前にね、久しぶりに横浜のお父さんの所に行ったんだけどね・・・・・待ち合わせの駅前で」

不意に言葉を濁し、けれど2人に打ち明けた。

「お父さんには、もうちゃんと別の暮らしがあって、私の事なんて無かったように約束なんて忘れて再婚してた・・・・・幸せそうに赤ちゃん連れてた、私ショックで声かけられなくて、そのまま帰ってきちゃった」

「約束って?お父さんと、どんな約束したの?」

遠慮なく葵が聞いた。

「中学卒業したら、高校はこっちの学校に進学するようにして一緒に暮らそうって言ってくれたの、だから、その約束がずっと私の支えだったのに」

「でも、それって約束破った事にはなってないと思うよ」

「どういう・・・・事?」

伝い落ちる涙を拭って訝しげに葵を振り返った。

「お父さんは再婚しないとは約束してないんだよね、一緒に暮らす約束はしたけど再婚しないとは約束してないんだよね」

「そうだけど・・・・・・」

「それなら高校進学に合せて一緒に暮らす約束は守ってくれるんじゃない?」

「知らない再婚相手となんて一緒に暮らせないよ!それに・・・・・」

言いかけている途中で愛美が遮り迷いながら確認した。

「ねぇ、その前に聞いて良い?そもそも再婚っていう点も芽衣の早合点って事は無い?」

「だったらどんなに良かったか、東京帰ってきて、幾分冷静になったところで、お父さんに電話したの、それとなく聞いたらあっさり再婚した事を認めた、そして連絡もしてこないでくれって!きっと再婚して私の事が邪魔になったんだ!バカみたいだよね、あんな約束にしがみついて、あの時引っ越してれば良かったのかな・・・・・中学卒業したらお母さんから離れられるって思ってたのに、結局電話で不満ぶちまけて、その日はそれで電話切ったんだけどやっぱり冷静に話さないとダメだと思って後日掛けたけど遅かった」

「遅かったって?」

2人の声が重なった。

「携帯番号、変えられてた、その翌日に私の口座に大金が振り込まれてた手切れ金なんかより私は、ただお父さんと暮らしたいだけだったのに!これで進路もどうしたら良いか判らなくなっちゃった、向こうの高校を受験する予定だったから!結局後4年もお母さんから離れられないんだと思うと本当にストレスでイライラがコントロールできない!」

泣きながら全て打ち明けた芽衣は幾分、スッキリした様子でけれどバツが悪そうに小さく謝った。

「重い話聞かせてゴメンね、我ながらウジウジし過ぎって判ってるんだけどね」

打ち明けられ、たまらず2人で芽衣を抱きしめて一緒に泣いていた。

「しんどかったね、話してくれてありがとう」

愛美に優しく頭を撫でられ芽衣の気持ちも少しずつ落ちついていった。

「どうしても、お母さんと離れたいなら全寮制の高校に進学するって方法もあるよ」

葵の提案にハッとして顔を挙げた。

「そうか・・・・使い道なんて考えられなかったけど、あのお金、進学に使おう!」

笑顔を取り戻した芽衣に2人安心した。

「絶対に優勝しよう、とにかく修正を頑張るから」

「私も一つ一つのプレイをもっと丁寧にする、皆が受けやすいパスを出す」

「私もリバウンドは全部制する気持ちで頑張る」


 後半2日は波風立つことなく、相変わらず時に厳しい檄を受けながら、めげる事もなく無事に3泊4日の合宿は終了した。

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