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一行~あなたと綴る物語~  作者: 渋谷幸芽
2/11

それぞれの岐路

約束の日曜日、真緒と修平は喫茶店に居た。

美幸の両親とも(とどこお)りなく(なご)やかな時間を過ごし前日の日中に来週、見合いの席で会う事を約束して別れた。

「まず、とりあえずは見合い話の件は前向きに進めて貰って問題ないよ!真緒が今度の席で会わされようとしてるのは、他でもない、俺だから」

「え、どういう事?!」

思わず声のトーンが高くなり他の利用客に注目された。

周囲の視線を一斉に受け、気まずそうに俯いてコーヒーを掻きまわした。

「俺も、お義母さんからイキナリ見合いの話を切り出された時はどう断ろう!と思ったけど写真見せられてビックリしたよ、娘の葵も再婚に猛反対ってわけじゃないから、まずは土曜日のお見合いの席で構えず自然体で葵と接してやってほしい」

「そうなのね、葵ちゃん、どんな子?」

「美幸に似てサバサバしているかな、妙に大人びている所が有るかと思えば心配になる位マイペースな一面も見せるし、でも意外に輪の中心に居る事が多いな、今もバスケ部で部長やっているし」

「とても、しっかりしている子なのね」

「しっかり・・・・か、まぁ、そうだな」

ホットのブラックコーヒーを啜りながら外の大通りに視線を流した。

そして思わず固まった。

「どうしたの?」

窓の向こう側で修平と同様に固まっている人物がいた。

バスケ部でランニング中だった葵と愛美が立ち尽くしていた。

先頭集団を並んで走っていたのに容赦なく他の部員に抜かれ置いて行かれる2人。

(やま)しい事ではない筈なのに、なぜ、こんなにも気まずい気持ちになるのか。

「ちょっとゴメン、出てくる!!」

修平は慌てて外に飛び出し、娘と対峙したが何をどう説明して良いか判らず立ち尽くした。

同じく、どんな説明を聞きたいのか判らず葵も立ち尽くしていた。

その横で、愛美も心配そうに立ち尽くし2人を交互に見ていた。

「・・・・・お見合いの約束って、今日なんだっけ?」

サラッと飛び出した「お見合い」という単語に愛美は驚いて思わず声を上げそうになったが何とか抑え、2人を見守った。

先に葵が切り出した事で、何故か修平は妙にホッと出来た。

「お見合いは、今度の土曜日」

「なら何で今日、コソコソ会っているの?」

妙に低く冷たく響く声音は本人も意図した事ではなかったが気まずい空気に包まれた。

「お見合い相手であるけど、実は職場の同僚でもあるんだ」

「芹沢先輩!水沢先輩!」

最後に2人を追い抜いた後輩が、ただならぬ雰囲気に心配そうに2人を呼んだ。

「とりあえず、この話は、お互い後にした方が良さそうだね、帰ったらゆっくり話そう」

立ち尽くす修平を気にかけながらも愛美も会釈して葵と共にランニングに戻った。

真緒が心配そうに目の前の飲みかけのコーヒーと外の様子を見比べた。

ほどなく修平は冴えない顔色でフラフラとテーブルに戻ってきた。

「大丈夫?」

「心の準備ができる前に娘に目撃された」

「え?!」

「疚しい事じゃないし、この際、ちゃんと話そうと思うけど」

まだ露骨に動揺を見せながら、微かに震える手でカップを握って半分以上残ったコーヒーを一気に飲み干した。

取りあえず、意図せず随分騒いでしまったので2人、喫茶店を後にした。


近くのコインパーキングに停めた車に2人乗り込んだ直後、葵からメールが届いた。

『部活終わったから今から帰る、お見合い相手の人とも話したいから、都合がつくようなら家に来て貰って』

「・・・・娘が、今日会いたいって」

「判った・・・・でも打合せしておきたい!どこから話す?どこまで話す?」

「包み隠すような事は何もない、だから俺たちが、どう出会ってどう付き合ってきたか話そう、そして今、真剣に結婚を考えている事もちゃんと話そう」

頷き合って、大きく息を吐きだし、気持ちを切り替えてハンドルを握った。


 2人、家に到着すると、既に葵が帰宅していた。

緊張もマックスのまま、真緒は初めて修平の家に上がった。

修平に促されスリッパを履いた時、2階から洗濯物を干し終えた葵が降りてきた。

「お帰りなさい、そして初めまして、娘の葵です、父がお世話になっています、急に無理言って申しわけありません」

「いえ、あの、初めまして、飯室真緒です」

お互いに、どんな言葉を交わすのが適切なのか、当たり障りのない言葉を探して長く重い沈黙が、その場を包んだ。

「改めて紹介するけど、お義母さん達が見合いで勧めてきた相手でもあり職場の同僚でもある飯室真緒さん、どこから話そうかな、彼女とは、実は美幸が亡くなる前からの付き合いなんだ、まぁ付き合いって言うと語弊があるけど、職場の同僚としての、ごく普通の関係を何年も築いていたんだけど、美幸の事故の後、本当に献身的に俺の仕事のサポートをしてもらって、気付いたら、仲間意識以上の感情がお互いに有る事に気付いて、実は少し前から結婚を意識するようになったんだ、どのタイミングで葵や、お義母さん達に話すべきか悩んでいる矢先だったんだけど」

告白を受け、葵は現状を何とか理解したものの、深く考えず再婚に反対しないと言ってしまったが、いざとなると、どのように2人の、そんな気持ちに応えるのが正解なのか判らなくなり、ただただ沈黙していた。

色んな思いが浮かんでは消えていく中、それでも懸命に根底にある自分の気持ちを探り続けた。

ただ、かなり探ったが、やはり再婚に大きく反対する気持ちは無かった。

秒針が時を刻む音だけが妙に大きく聞こえ2人は緊張感に胃痛を覚えていた。

延々と考えた後、葵の中に、2人の選択を肯定する気持ちが色濃く残ったがワンクッション置いて、より慎重に自分の気持ちと向き合うことを選んだ。

どうにか自分の方向性が定まったところで、ようやく顔を上げ2人の目を真っすぐ見ることができた。

「2人の気持ちは良く分かった、でも大事なことだから、ちゃんと相応に時間を掛けて考えたい」

「そうよね、来月から受験生で大事な時期でもあるし」

「判った、とりあえず、この話は一旦終わりにして12時過ぎたし、お昼にしよう!」

時間の事を言われ、葵は今頃になって急な空腹を覚えた。

「さて、何にしよう・・・・・」

「あの、良かったら、家に来ない?」

真緒が唐突に切り出した。

「そんな豪華な物は作れないけど」

2人顔を見合わせ、お邪魔する事にした。


 「はい、お待たせしました」

食卓にアボカドのコロッケと、お吸い物と雑穀米、そして海藻サラダが並べられた。

2人、まず真緒の自信作のアボカドコロッケから箸を付けた。

「おいしい・・・・・」

「お口に合って良かった」

真緒は安堵の笑みを浮かべながら自分もコロッケの端を齧った。

3人で食卓を囲み、気持ちもほぐれてきた頃、真緒がプライベートの部分の話を葵に打ち明け始めた。

「私ね、実は一度は別の人と結婚していたのよ」

「そうなんですか?!」

左手の薬指を見下ろし、苦いような懐かしいような記憶に思いを馳せながら包み隠さず打ち明けた。

「私は一人っ子だった上に、両親は共働きで幼少期は、やっぱり寂しい思いをして過ごすことが多かったんだけど、だから賑やかな温かい家庭を作るのが夢だったんだけど、夢は夢のまま終わってしまったのよね」

重く沈んだ声音で打ち明けながら下腹部に手を当てた。

「大学のサークルで知り合った彼と意気投合して順調に愛を育み周りにも祝福されて、そこまで割と順調だったんだけど、結婚して暫く、体に異変が起きるようになったの」

「体に異変?」

葵は訝し気にオウム返しで確認した。

「元々あまりホルモンバランスがよくなかったんだけど、そういうのと関係あるか判らないけど子宮内膜増殖症っていう病気を発症してね、この病気、結構厄介でね、色々大変だったわ」

「初めて聞く病名です、そんな病気があるんですね」

「ええ、最初は主人も心配してくれて色々と協力もしてくれたんだけど」

当時の苦い記憶が鮮明に蘇った真緒は双眸(そうぼう)を潤ませた。

一瞬言葉を濁した後、気を取り直して続けた。

「結婚したら当然、子供が欲しくなるわけだけど、病気が思ったより進行して治療を優先にしないとならない時期が有って、その治療中は絶対に妊娠できないから夫婦でもどかしい時間を過ごしたわ」

「どうして妊娠できないんですか?」

「治療の為に高用量ピルを使うんだけど、その高用量ピルを飲んでいる間は、ホルモンが強制的にコントロールされて事実上、妊娠は不可能になるの」

「そうなんですね・・・・・」

「病状は一進一退を繰り返して、病気が安定している時は思い切って投薬治療を中断して妊活を頑張ったけど出来なくて、流石に結婚4年目辺りからお互いに焦りも出てケンカも増えたわ!そうこうしているうちに定期的に受けていた子宮体ガンの検査で遂にガン細胞が出てしまって」

「ガン・・・・」

「子宮内膜増殖症は、タイプが別れていてタイプによって予後が異なるんだけど私が発症したタイプはガン化する可能性が高いもので予後が余り良くないタイプだと言われていたのよね、だからガン細胞が出たと言われても驚くほど冷静でいれたわ」

葵がガンと言うキーワードに思わず呆然としていた。

「結局は相手のご両親に手のひらを返されて後継ぎを産めないような、しかもガン治療で金がかかるような嫁は要らないと見限られて、元主人も自分の血を分けた子供が諦められない、両親に孫を抱かせてやりたいから別れてくれって」

「酷い!何で病気の人にそんな事言えちゃうんだろう!理解できない!」

思わず葵が憤った。

「怒ってくれてありがとう、これからは、両親と生きる時間を大切にしようと思って、私は大人しく手切れ金貰って離婚に応じて入院して子宮と卵巣を失って・・・・結局は両親に孫を抱かせてあげるっていう親孝行も出来なくなり精神的に辛い時もあったけど、結果的には今こうして私はちゃんと幸せになってる、良い事も半分、悪い事も半分って事かしら」

「よく浮上できましたね、それで、今、体調は・・・・大丈夫なんですか?」

「絶好調よ、早期発見、早期治療が出来たおかげで抗ガン剤や放射線治療等の加療が一切必要なかったから」

「そうなんですね、癌イコール抗ガン剤と放射線治療のイメージが有ったから何か意外」

「もちろん、個人差や病気が見つかった時期や、その時々で、如何に適切な治療法を選択できるかによって辿る経過も違うんだろうけど、幸いにも私はガン患者の割に自分でもビックリする位とても元気に過ごせたわ、少し前に無事に5年を経過して、もう心配要らないと太鼓判押してもらったわ」

大病を克服し、自信に溢れた笑顔を見せた。

「なんか、とんでもない事聞き出しちゃって申しわけありません・・・・・」

バツが悪そうに葵は目を泳がせた。

「気にしないで、葵ちゃんとは、これから長い付き合いになるからね、封印してしまいたい過去の事も修平さんだけでなくて葵ちゃんにも話しておくべきだと思ったの」

「そうだったんですね、真緒さんの思いは確かに受け止めました」

「ありがとう・・・・」

真緒が葵に打ち明けた所で修平も胸の内を打ち明けた。

「俺の気持ちも話しておくと、正直、美幸の事故から、まだ何年も経ってないし、なのに交際だなんて早い!って、何度も自分の気持ちにブレーキを掛けた、でも、それは言い換えればブレーキを掛ける必要が有るほど自分は真緒に惹かれているんだと気づいて・・・・・」

「決め手は何だったの?」

「決定的な決め手なんて無い、ただ、強いて言うなら積み重ねだ、辛い時に真緒と一緒に仕事をできた事も自分を保てた要因だと思っている、一緒に居ると・・・・何だろうな、うまく言えないけど、色々許されていく気がしたんだ」

素直に打ち明け合う2人を見て葵は、引き離してはいけないと感じていた。

無理に引き離す理由もないとも感じた。

お互い、失くしたパーツを補い合い、2人の歯車は噛み合っているのだと判った。

お互いの辛い過去を理解し合って、2人が2人だけで共有してきた時間も沢山あって、その積み重ねで生まれた2人の結論が結婚という形なら、それが一つの区切りで更なる幸せのステップにつながるのであれば祝福したいと思った。


 週が明け月曜日、進路調査の話が出た。

真剣に進路を考えないとならない時期に来ているのだと、誰もが痛感した。

「金曜日までに提出するように」

皆、一様に浮かない顔で調査票と高校のリストを折って鞄にしまって解散した。

今日から来週控えている学年末試験の学習期間として試験が終わるまで全ての部活動が禁止されていたので全員速やかに下校した。

「4月から受験生だね、勿論、高校位は卒業する予定だけど肝心の学びたい事が決められていないから、行きたい所も決められないんだよね、もっと言うと、高校卒業した後のビジョンが定まってないんだよね、だから余計に志望校の選択が難しい、大学まで卒業した方が就職は勿論有利になるだろうし大学進学を選択するべきなのかもしれないけど学びたい事も、やりたい事も見つかってないんだよね、今はまだ学ばされる受け身で居られるけど、そろそろ、やりたい事や学びたい事を探す事もしていかないとね」

愛美が心細げに正直に打ち明けた。

不安そうではあるが、常に未来を見据えて成長しようとしている愛美を思わず尊敬した。

「私も、とりあえず私の成績で入れそうな所を書いて提出する予定だけどね、そして進路も不安だけどクラス替えも不安だよ」

「うん!それは私も不安、また葵と同じクラスになれれば良いけど」

「何でクラス替えとか有るんだろう!例え離れてもバスケ部では会えるけどさ」

何となく二人、重い気持ちのまま、いつもの別れ道まで来ていた。

「じゃ、また明日ね」

「バイバイ」


 帰宅してきた葵は、しばし学年末試験の勉強に没頭し全教科一通り復習した後、高校のリストと進路希望調査の用紙と睨めっこしていたが、愛美も言ったようにビジョンが全く定まっていないので選定に頭を悩ませた。

リストをどんなに熟読しても、バスケは続けたいという事以外の目的が漠然としていて簡単には書き込めなかった。

仕方ないのでバスケが強い所、家から近い所や電車を乗り換えなくても行ける所。

制服が可愛い所と自分の成績の範囲で行ける所を候補に挙げ何とか絞り込み書き込んだ。

「これでイキナリ進路が決まるわけじゃないんだし・・・・・・」

自分に言い聞かせるように呟いて用紙を鞄にしまった。

そして夕飯の支度をしようとキッチンに降りていこうとした時、愛美から入電が有った。

『もしもし、今平気?』

「うん、大丈夫」

『調査票、もう全部書いた?』

「うん、たった今書き終わったところ、これでイキナリ決まるわけじゃないしバスケと制服の可愛さと自分の成績と通学のし易さを基準に第3希望まで書いたよ、でも私立の高校は除外したよ、愛美は?」

『ゴメン、私は真逆、全部私立でまとめた』

「そうなんだ、っていうか何で謝るの、別に謝る事じゃないよ、選んだのにはそれなりの理由があるんだろうから尊重するけど」

サバサバと愛美の選択を受け止めた。

一瞬沈黙が流れた後、電話の向こうで「帰ったぞ」と言ったような声が微かに聞こえた。

『ゴメン、お父さん帰ってきちゃった、また明日ね』

「そっか、判った、うん、また明日」


通話を終え、葵はリビングに降りて行った。

冷蔵庫の中身を確認して修平が帰ってくる時間を逆算して作ったのは筑前煮。

味がしみ込んだ頃、修平が帰ってきた。

「あれ、今日は早かったんだな、ちょっと着替えてくる」

一瞬、リビングに顔を出し、すぐに自分の部屋に入っていく修平。

程なくスーツから、ラフな私服に着替えリビングに戻ってきた。

「ご飯出来ているよ、もう食べる?」

「ああ」

いつものように夕飯は始まった。

テレビから流れてくるニュースを横目で見ながら淡々と黙々と夕飯を食べる2人。

ニュースを殆ど聞き流して、しばし箸を動かす事に集中していたけれど。

ニュースが切り替り2人の手が止まった。

テレビが伝えたのは高校入試の様子だった。

緊張の面持ちで答案用紙を見つめる受験生達が映し出されていた。

来年は自分たちの番だと急激に、また気が重くなった。

「4月から・・・・・受験生だな」

「まだ志望校も決まってないのにね、今日進路調査票を配られたよ、私立は除外して行けそうな所を第3希望まで書いておいたけど」

「別に無理して私立を除外しなくても良いんだぞ、もし私立で行きたい高校が見つかったら何も心配せず受けてみろ」

不意に愛美が志望校を全て私立で揃えたと話していた事を思い出した。

私立は眼中に入れてなかったが、とにかく念のため私立のリストも今一度確認し直そうと思った。

そして就寝直前、私立も含め今一度高校のリストを見直してみた。

その中に気になる私立の高校を見つけた。

全寮制でバスケのレベルは何度か優勝も果たしていて知名度は低くなかった。

エスカレーター式で、そのまま大学にも進める男女共学文武両道の高校だった。

正直、今の成績では若干厳しいレベルで受かる自信は少なかったが、努力次第では充分に合格圏内に入れそうなレベルだったので鞄から調査票を出して第3志望で書いた高校を消して荊沢(ばらさわ)高校と記入した。

愛美が言っていたように大学まで卒業すれば就職も有利だろうし寮生活で早いうちから親元を離れ孤独を知って自立心を養っておくのも良い道だとも思った。

時間も遅かったので迷いは有ったが愛美に報告のメールを送った。

『夜遅くにごめんね、ちょっと報告!進路調査票一部修正して一校私立を入れてみた』

返信は直ぐに届いた。

『了解、逆に私は一校修正して公立を候補に挙げてみた、とにかく、これでいきなり決まらないし、お互い本当に行きたい所を見極めて頑張ろう!!』

『うん!頑張ろう!!じゃあ、また明日ね』


 翌日、校舎で見かける3年生達から受験を乗り切った達成感のようなオーラを感じた。

来年、同じオーラを放てるように頑張らなければ!と改めて気を引き締めた。

気を引き締めながら2時限目の体育の授業に参加する為に、愛美と体育館に向かった。

いつも通り、伸び伸びと好きなバスケを楽しみながら不意に集中力が途切れ、奇妙な焦りと様々な雑念にとらわれた。

ゴール下で足を止めボンヤリとコートを眺めていた。

「葵?行ったよ!!」

絶妙なパスを出してきた愛美の声に我に返るとボールが脇を流れていった。

反応が遅れ、手を伸ばす事が出来ずボールはラインを割ってしまった。

短く吹かれるホイッスル。

心配そうに愛美が葵に近づいた。

「どうしたの?珍しい・・・・・大丈夫?」

「ゴメン・・・・・大丈夫」

珍しい失態を悔い、リセットするように鮮やかにスリーポイントシュートを決めた。

同時に鳴り響く終了のチャイム。

「さすがキャプテン!決める時は決めるね!急にゴール下で棒立ちになった時はちょっとビックリしたけど」

「うん、ビックリさせたよね、ゴメン、何か判らないけど急に集中力が途切れちゃって」

「そうなの?大丈夫?疲れているの?」

「疲れているのかな、進学の事とか色々脳裏を掠めて来ちゃって、バスケに集中できなくなっていたんだよね」

「私も、来年の受験の事を考えて昨日の夜は不安になってあまり眠れなかったよ」

再び現実を直視した2人。

自分よりも成績の良い愛美が人知れず不安と戦っている事が葵には意外に思えたが静かに受け止めた。


 約束の土曜日。

葵は修平と共に祖父母の家を訪れた。

和室の客間で、既に真緒の両親と真緒が2人を待っていた。

修平はグレーのスーツで、葵は学校の制服で臨んだ。

初対面の真緒の両親と葵がお互い軽く会釈すると祖父母が和室に入ってきた。

「揃ったわね、じゃ、始めましょう」

祖母の一言に一同、気を引き締め、畳みに三つ指ついて頭を下げた。

「よろしくお願いします」

「ま、堅苦しいのは、これ位にして、気楽に行きましょう!足も痺れちゃうから、崩して構わないわよ?形式ばった堅苦しい見合いと言う席よりも、ざっくばらんに話し合って距離を縮められる場になれば良いんだから」

それでも遠慮を見せる葵達に手本でも見せるように老夫婦は足を崩して見せた。

「・・・・では、失礼して」

修平が、まだ少し遠慮を見せながらも正座を崩した。

それを見て一同、安心して崩した。

「それにしても、正直お義母さん達から彼女との見合いを勧められた時は本当にビックリしました、僕ら実は職場の同僚なんです」

沈黙に突入しそうな空気を壊すようにすかさず修平が口を開いた。

「そうみたいね、私たちもビックリしたわ」

「でも、葵と真緒さんは、お互いの事をよく知らないだろう?それに、再婚は2人だけの問題じゃないんだ、葵は正直どう考えているんだ?長い付き合いに成るんだ、お互いある程度ルールは決めておいた方が良い」

祖父に確認されて葵が遠慮なく真緒に胸の内を明かした。

「この一週間ずっと考えたけど、再婚を反対する理由は見つからなかった、2人がそうする事で幸せになれるならそれで良いと思うけど、真緒さんと一つ屋根の下で生活を始める前に言っておきたい事があります、ルールと言うほど大袈裟な物ではないけど、真緒さんの理想の形の枠に私をはめようとしたり背伸びしたりするのは止めて下さい」

「判った、約束する、お互い背伸びしないし理想も押し付けない、ありがとう葵ちゃん」

どこか遠慮気味に差し出された真緒の手を葵は微笑みながら握り返した。

お互い、全く心を閉ざしているわけではない事が判り安心できた。

とりあえず式などは挙げず、婚姻届けの提出と引っ越しの準備を進め4月から同居する流れになった。

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