#1
〜流礼の部屋〜
「──なが姉、もう朝だよ。起きて」
「嫌だ。まだ寝る」
「ダメ。今日は学校あるんだから起きなきゃでしょ?」
「……やだ」
「んぐ……ダメ。そんな可愛く言ってもダメ」
「え、可愛かった?」
「指先にしゃぶりつきたくなるくらい可愛かった」
「例えが独特でちょっとよく分かんない」
「ぎゅってしたいくらい可愛かった」
「いや、さっきのよりは分かりやすくなったけど」
「……ねえ禎女。本当にどうしても起きなきゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。ほら、早く起きてごはん食べないと遅刻しちゃうよ? もうすぐいま姉も迎えに来る頃だし」
「ぬぐう。せっかくの夏休みが終わってしまった。この世の無常を感じる……昨日まではあんなにダラダラとしてたというのに──あれ? 案外そうでもない? 全然ダラダラできてなかったような?」
「なが姉、何言ってるの? 寝ぼけてるならさっさと顔洗ってきたら?」
「いや、これは由々しき事態だよ。だって私の高校一年生の夏休みって、たった一度しかないんだよ? 過ぎた時はもう戻らないんだよ? だからこの夏は精一杯ダラケきるって決めてたのに……気付けばもう終わってるってどういうこと?」
「? なが姉が何を言ってるのかよく分かんないけど……力説するほどのことじゃないってことだけは分かる」
「というかよく考えたら、私が思うようにダラケられなかったのって禎女のせいじゃん。お休みだからゆっくりしたいって言ってるのに聞き入れてくれなくて、毎朝八時前に起こしに来てたせいじゃん」
「だからさっきから何言ってるか全然分かんないんだけど……いやでも、妹としてわりと普通の行動だよねソレ。別に責められるようなことしてないよね?」
「もう。さっきから『なが姉が何言ってるのか分かんない』って言うけど、それは禎女のほうこそでしょ? 私の貴重な夏休みを台無しにしておいて、他人事みたいにそんなこと……ひどい!」
「ん? んんー……あのさ、なが姉。おふざけで言い出してみたらだんだん楽しくなってきちゃって、止めるタイミングを見失ったのは何となく分かったけど、いい加減そろそろ起きてくれる?」
「あ、はい。ごめんなさい」
「うん、よろしい……でも、わざわざ今日ふざけなくてもいいのに。学校がある日は時間に余裕ないんだから」
「でも、次の休みって週末でしょ?」
「──何言ってるの? 明日から、さっきなが姉が連呼してた夏休みじゃん」
「……んん? え、ちょっと待ってちょっと待って」
「何? 二度寝ならちょっとしかダメだからね」
「冷たくあしらってるようで、さりげなく優しさチラリズムしちゃってるけど、そうじゃなくって──禎女、今なんて言った?」
「? 二度寝ならダメだからね?」
「間にあった言葉が抜けて優しさが消え去ってる……いやそれじゃなくって、その前のセリフ」
「えっと……明日から夏休みじゃん?」
「それそれ──明日から夏休みってどういうこと?」
「どういうことって言われても……そのままだけど?」
「いや、夏休みは昨日まででしょ?」
「? だから、なが姉ったら何言ってるの? 夏休み、終わるどころか始まってもないよ? 夏休みが終わる夢でも見てたの?」
「──ほら、そこの時計見てみなよ。七月二十日って書いてあるでしょ? 今日は始業式じゃなくって、むしろ終業式だって」
「本当だ……私が寝てる間に表示変えた?」
「電波時計だよ、それ……疑り深いなあ」
「じゃあ、別の国の時刻表示に変えたとか」
「そんな妙に手の込んだドッキリ仕掛けないってば。そんな雑な方法じゃごまかせて数時間だし──それにそんなことしなくても、普通に今日は七月だってば」