#3
〜流礼の部屋〜
「ヒナの部屋に入るの、久し振りだね」
「そうだっけ? ……あ、そうかも。確かに最近、私がナギの部屋に行くのばっかりだったから」
「でしょ? ま、少し来なかったくらいじゃ、部屋の様子も変わり映えしないけど」
「そりゃあね。強いて言えば、枕が変わったくらい」
「枕?」
「そ、枕。先週の誕生日に、禎女が買ってくれんだよね──ほらこれ」
「……ん、前のよりふかふかしてる? 実はちょっとお高めのやつだったりして」
「だったりしてじゃなくて、実際そうみたいだよ? もう既に私はこの枕なしじゃ眠れない身体に……」
「ふうん。じゃあ明日からの新学期は、授業中に寝たりしないんだ? ノート見せてってあたしに泣きついてくることもないんだ?」
「いや、持って行って寝るよ。ノートもよろしく」
「持って来るな。学校に枕を」
「──っていうか、手触りはこんなに違うのに、見た目は一緒なの? 違いが分かんないんだけど」
「ああ、カバーは変えてないからね。脱がせてみ?」
「こう?」
「なぜ私のパジャマを脱がせようとする」
「『脱がせてみ?』って言われたから」
「枕カバーをだってば」
「流礼カバー?」
「お医者さんに耳を診てもらいなさい。そして、私の服のことを流礼カバーって言うな」
「ぶー。ちょっとした冗談じゃんか」
「私と芸風が被ってるから、二度とやらないで」
「理不尽だ──よっと……あらら」
「カバー変えなかった理由、分かった?」
「分かっちゃったね。まあ、禎女ちゃんが選んだ枕って時点で察しても良かったかもだけど」
「こんなの、どこで買ってきたんだろうね? まあ気持ちは嬉しいから、ありがたく使うんだけど」
「……これが本当の『安眠まくら』?」
「さすがナギ。パッケージにもそう書いてたよ。ただまあ、直接でかでかと『安眠』って書いてある枕ですやぴできる人間なんて、そうそういないだろうけど」
「ジョークグッズの類だったりして」
「だと思う……けど、禎女の感性には刺さっちゃったみたいなんだよね。二つ買って、私とお揃にしてた」
「お姉ちゃんは無地の枕カバー使っちゃってるけど」
「そりゃ使うってば」
「ちなみに、禎女ちゃんの枕カバーは?」
「その枕の付属品に、同じように『安眠』って書かれたカバーがあったから、それ」
「……」
「今の枕に変わってから、毎日楽しい夢ばっかり見れるんだってさ。ちょっとしたホラーだよね」
「……それは、確かにそうかも」
「──ところでヒナ、いつまでパジャマ着てるつもり? 着替えないの?」
「え? 着替えるけど……禎女が朝ごはん作ってくれてるから、着替えて食べに行くけど」
「じゃあ早く脱ぎなよ」
「いや……部屋から出ていったりはしないの?」
「出る必要ある? 女同士で幼馴染だよ?」
「それはそうかもだけど……何かほら、さ? 親しき仲にも礼儀あり的な?」
「……つまり、あたしも脱げと?」
「そんなことは言ってない」
「じゃあ、あたしが脱いだらヒナも脱いで?」
「なんでそうなるの? 出てってよ」
「けち。減るもんじゃないんだから、ちょっとくらい見せてくれたって良いじゃん」
「勘だけど、見せるだけで済まない気がしたから」
「こんなときだけ勘がいい……分かった。出てく」
バタン。
ガチャ。
「……いやいや、鍵まで掛けなくてもよくない?」
「ナギ、鍵掛けなかったら覗いてたでしょ?」
「そりゃ覗いてたけど」
「じゃあ掛けて正解だった。扉を閉めててもお互いの声は聞こえるんだから、それで良いでしょ」
「…………」
「静かになった……これはこれで不安なんだけど」
「…………」
「ねえナギ。衣擦れの音とか聞こえてたりする?」
「……………………聞こえてないよ。だからそのままどうぞ」
「すごく間があったけど、本当?」
「…………」
「(嘘のときの反応だコレ……いやまあ、別に私もそこまで潔癖じゃないし、音くらいは良いけどさ)」
「…………」
「……さっきナギも言ってたけど、私達って女同士で幼馴染じゃん? そんな相手の着替えとか見たい?」
「見たい」
「うわ。久し振りに喋ったと思ったら、めちゃくちゃ強く断言されちゃった……」
「だって見たいんだもん」
「ナギのエッチ──じゃあ、ひかりんのも見たいの?」
「? 何でここでひかりん?」
「だって、ひかりんも女同士で幼馴染じゃん」
「ああ……いや、それはそうだけど。うーん、微妙」
「見たくないってこと?」
「見たくないとまでは言わないけど、是が非でも見たいって感じでもない。謂わば普通?」
「そうなんだ……そのわりに、私の着替えには随分とご執心みたいだけど?」
「そりゃそうだよ。ヒナは特別だもん」
「なんで?」
「──だってあたし、ヒナのこと好きだし」