#9
〜流礼の部屋〜
「──ところで末雛さん。ちょっといいかい?」
「んにゃ? どったの?」
「この『末雛さん』って呼び名だと、禎女ちゃんがいるところだと紛らわしい気がしてね。分かりやすいように呼び方を変えても良いだろうか?」
「そりゃ別に良いけど。そもそも、なんかちょっとよそよそしい感じあったし──ちなみに、昔の私達ってどんなふうに呼び合ってたの?」
「あ、それはあたしも気になるかも」
「いや、残念ながら僕もそこまでは覚えていないね……それに仮に覚えていたとしても、やっぱり一方的に旧交を温めるのは微妙だろうし」
「まあそれは明音波さんじゃなくって、忘れちゃってるあたし達のせいなんだけどね……」
「それに『昔のことは忘れて新しく友達になる』のであれば、昔の呼び方は使うべきではないだろうしね。だから暫定的に『末雛さん、夕凪さん』と呼んでいたわけだが……紛らわしいから、下の名前呼びとか渾名呼びとかに変えようかと思ったのだけれど」
「渾名って、たとえばどんなの?」
「ああいや、言ってみたものの、まだそこまで考えてはいなかったのだが……それに、僕はそういうのを考えるのは苦手だし」
「まあでも、とりあえず試しに何か考えて呼んでみたらどうですか? それで流礼さん達が気に入ったら採用って感じで」
「いや、しかし……」
「お、面白そうじゃんか」
「さすが朱雀ちゃん、ナイスアイディアだよ──ささ。明音波さん、好きに呼んでみて?」
「………………す、すえひー、とか?」
「……禎女ちゃんとの区別化が目的だったわりに、名字由来なんだ」
「──あ! え、えっと……流礼だから……」
「いやいや、すっごく可愛いと思うし、それでいいんじゃない? それじゃ明音波ちゃん、今後私のことは『すえひー』って呼ぶこと!」
「渾名が可愛いっていうより、顔真っ赤にして恥ずかしがってる明音波さんが可愛いんだけどね」
「流礼さん、本音が漏れてます」
「おっと……そうだ。せっかくだからナギの渾名も考えてみたらいいんじゃない?」
「ごまかせてないですからね」
「明音波さんの赤面をもう一回見たいってだけでしょ」
「夕凪さんか…………ゆうなぎ、ゆうなぎ……」
「そしてこっちは真面目に考え始めてるんですか!?」
「また名字由来なのは決定してるんだ……」
「──ゆなんぐ、というのはどうだろうか?」
「どうだろうかと言われても……独特だね」
「──採用!」
「うわ、びっくりした……ヒナ、どうしたの? ──って採用なの!?」
「そりゃそうじゃん。こんなおもし──可愛い渾名、使わなきゃ勿体ないしね」
「今、面白いって言いかけなかった?」
「気のせいだよ」
「……ねえ。いささか不公平ではないかな?」
「? どゆこと?」
「僕が二人に対する呼び方を変えるのであれば、二人も──特に、す、すえひー……も、僕に対する呼び方を変えるべきだと思うのだけれど」
「ああ、そういうこと……じゃ、ネハでいいかな?」
「アカネハのネハってことですか……そして明音波さんが律儀にすえひー呼びしたことには触れないんですね」
「……ヒナって、無自覚に鬼畜なとこあるから」
「あ、ああ。呼び方はそれで別に構わないけれど──不公平感が全く拭えていないのはどうしてなのだろう……」
──それからしばらくは、お互いの呼び方の話で盛り上がった。
禎女が「ごはんできたよ」とドヤ顔で知らせに来たのは、私達が部屋に入ってからおよそ三十分後のことだったらしい。
禎女が作る料理はもともとかなり美味しいけど、そのときの食卓はそんな普段よりも明らかに豪勢で、禎女の力の入れっぷり──もとい、私が友達を作ったことへの喜びが伺えたんだとか。
姉をどんな奴だと思ってるんだか。
……ちなみに「らしい」「伺えたんだとか」という語尾から分かるように、これは伝聞である。
禎女が部屋に来たときには、私は自分の布団で爆睡していたんだってさ。
おいおいマジかよ、である。我ながら。
でもって、誰も起こしてくれなかったの?
……起こしたけど起きなかったんだろうな。
禎女がくれた(くれる?)あのふかふか枕が無くても私は寝れるということだけが、ある意味収穫と言えなくもないけど……。
起きたときには夕方だった。
さすがにみんなもう帰ってたよ。
これはあれかな? 二度目の夏休みも惰眠を貪ってるうちに終わっちゃう的なやつか?
ありそうでこわい。
いや、それで駄目ってことはないんだけど……でもやっぱり、何かしら「一度目」と違うこともやってみるべきかな?
「……あ、思い付いた」
プロローグ2、これにて完結です。
ここからヒロインごとのシナリオに分岐していきます。
もうしばらくの間は週5更新のままです。
次回からは「夕凪今際ルート」。
3つある正統派ルートの1つめです(残りの2つは「核心に迫るルート」)。