#2
〜末雛家・リビング→玄関〜
その後家の中をあれこれ見てまわったけれど、残念ながら結果は芳しくなかった。
率直に言うと、目にした全てのものが「今日は八月二十五日ではなく七月二十日」ということを示していた。
他の部屋やスマホのカレンダーは当然ながら、新聞やニュース番組が告げる日付も全て七月のそれ。
両親が揃って出張に出たのは体感的にはもう一月前のことだけど、『今』となっては昨日の出来事らしい。
母さんが作り置きしていった惣菜の数々が、メモとともに冷蔵庫にしっかりと残っていた──七月が終わった時点で全て食べ切っていたはずなのに。
当然ながらというべきなのか、誕生日にもらったはずのあれこれも全てなくなっていた。
八月中旬は、『今』からみれば未来だから。
禎女から貰った枕も、ひかりんから貰ったペンダントも消えていた──ナギから貰ったお菓子の詰め合わせだけは、確かめようがないけれど。
あの枕を学校に持って行って寝ようという目論見は、だから完全に頓挫してしまったわけである──って、そんなこと言ってる場合じゃない。
「──そろそろ納得できた? もう時間ないんだから、早く学校行く支度したほうがいいと思うんだけど」
「納得っていうか……」
「おおかた夏休みが終わる夢でも見て、現実とごっちゃにしてるってだけなんじゃない?」
「うーん。そんなはずないと思うんだけどなあ……」
「でも、それ以外に考えようがないじゃん。まさか、寝て起きたら同じ時間を繰り返してたんだ、なんて言い出さないよね?」
「まあ、そんなこと現実的に考えてありえないしね……でも夢にしては、妙に現実感? があったというか」
「ふうん──まあ確かに、気にはなるかもだけど」
ピンポーン
「ヒナー! 迎えに来たよー!」
「……え、もうそんな時間? やばっ」
「あーもう、だから言ったじゃん。なが姉がもたもたしてるからだよ──私玄関開けてくるから、なが姉はさっさと着替えてごはん食べる!」
「りょ、了解」
ガチャ
「あ、おはよう禎女ちゃん。ヒナは起きてる?」
「いま姉、おはよう。一応は起きてるよ──起きたばっかなせいか、ちょっと寝ぼけてるみたいだけど」
「寝ぼけてる? ひょっとして今日から夏休みだとか、日付まる一日勘違いしてた?」
「いやそれがね? むしろ逆なの。今日から新学期だと思ってたみたい」
「……何それ? まる一日どころか、まる一月も勘違いしちゃってたってこと?」
「そうみたい。起きてからずっと『とうとう昨日で夏休みが終わっちゃった』とか『今日は八月二十五日のはずなのにおかしい』とか言ってた」
「はー……夏休みが終わる夢でも見てたのかなあ?」
「私もそう思う。夢と現実の区別がつかなくなるって、高校生にもなって恥ずかしいけど」
「まあヒナだからねえ」
「──禎女、ごちそうさま! ごめんナギ、遅くなっちゃった!」
「おはよ、ヒナ。まあまあ、まだ遅刻するほどじゃないからセーフだよ──ところで禎女ちゃんに聞いたけど、変なこと言い出したんだって?」
「……ナギも、今日が七月だって思うの?」
「思うっていうか、実際にそうだし──うーん。これは思ってたより深刻そうかも?」
「そうなんだよね……正直なが姉が変なこと言い出すなんていつものことだけど、今日のはなんか違うよね」
「冗談で言ってる感じがしないっていうか……いやこの場合、本気で言ってるほうがタチが悪いのかもだけど」
「やっぱり、いま姉もそう思う?」
「──まあ何だかよく分かんないけど、でも普通に考えて時間が繰り返すとかありえないでしょ。だからヒナが覚えてるらしい夏休みの記憶は、全部ただの夢だよ」
「…………」
「どんな夢を見たのか知らないけど、さっさと忘れて現実に帰ってきてよね。ヒナ」