ティルカ
「‘?>+」
「えーと、『ごはん』」
「@@・。」
「これは『最高』」
「ほほう、中々やるようじゃの。残り3問じゃ。」
俺はなんとか99日間の特訓に食らいつき、100日目の現在、残すところあと3語となっていた。勉強が苦手な俺でもナーンのおかげでなんとかここまでやってこれた気がする。あとで感謝しておこう。
「***」
「『ナーン』」
「<++>」
「『可愛い』」
「¥・・¥」
「『世界一』」
「おめでとうなのじゃー!」
「ありがとう・・・って最後のわざとだろ!!」
「そんな照れ隠しなどせんでもよいぞ~?」
「はいはい・・・って何か出てきたぞ?」
クエスト達成に喜んだのも束の間、すぐさま俺の目の前に「クエストクリア」の文字が現れる。
「クエストクリア」
・スキル『マルチリンガル』を習得しました。
『マルチリンガル』=古代から現代に至るまでのあらゆる言語を使いこなすことができる。
「やった・・・俺の初めてのスキル!」
奏はあまりの嬉しさに思わず笑みがこぼれる。自分が必死に努力をして手に入れたことが嬉しくて仕方がなかったのだろう。その様子を見ていたナーンもどこかしら満足そうにしていた。
「ふふふ・・・。おぬしならクリアできると思っておったぞ。」
「いやいや、ナーンのおかげだよ!本当にありがとう!」
「当たり前じゃ!わしは神じゃからな!」
ナーンは胸を張って答えた。神としての矜持もあるのだろうが、何よりも初めておつかいをこなした子供のような、あどけなさの残る態度が印象的だった。
「それじゃあ、これから街に向かうことにするよ。せっかく、スキルを獲得したんだし。」
「そうか、もっとここに居てもよいのじゃぞ?」
「いや、それは悪いよ。少し長居しすぎたし。」
「わかった。それでは、今からおぬしを草原に転移させるとしよう。」
そう言うとナーンは奏に手を向け、魔法陣を周囲に出現させた。徐々に光が解き放たれ、数秒後には奏はいなくなっていた。
ふぅ・・・。戻ってきた~。
100日ぶりに帰ってきた世界に奏は少しばかりの懐かしさとありったけの期待を胸に歩みだす。このまま進んでいくと何もかもがうまくいく、そんな気さえした。しばらく歩いていくと、旅人がいるのが見えた。100日前と同じことを奏は繰り返した。
「すみません、道に迷ってしまいまして。街までの道のりを教えていただけませんか?」
俺は不安と期待の両方を胸に言葉を紡いだ。マルチリンガルがあるとはいえ、自分が発している言葉自体は同じだったからだ。本当に通じているのか気になる。
「ああ、それならここをずっと真っすぐいくと良いよ。」
「よっしゃあ!」
「兄ちゃん、急にどうしたんだい?」
まずいまずい、思わず声が漏れてしまった。
旅人は驚いた顔でこちらを見つめていた。それもそのはず、道を尋ねてきた人が急に雄叫びを上げたら誰でもそうなるだろう。
「あ・・・すみません、何でもないです。ありがとうございます!」
俺はやや笑みを浮かべながら感謝の意を伝えた。
「そうか、それじゃあ兄ちゃん。達者でな!」
そう言うと旅人はこちらに背を向けて去っていった。
よし、それじゃあこのまま真っすぐ行くとしますか!待ってろよ、街!
「お~!ここが街か~!」
旅人に言われた通りに進むと、街が見えてきた。先ほどの獣道とは違って人の往来が激しく、馬車のようなものまで用いられていた。
ん~。それにしてもこのまま入っていいのか?
街の出入り口には関所のようなものがあり、そこで武装した者が人々からお金を徴収していたからだ。現代でいう料金所である。
てか今気づいたけど、俺お金ないじゃん!このままじゃ街に入れないぞ・・・。
俺はまさかの事実に頭を抱える。スキルを獲得したことですっかり有頂天になり、現実的なことを失念していたのだ。
そうか、異世界でもあくまでお金は必要。くそ・・・。
「おい貴様、そこで何をしている」
しばらく頭を悩ませていると後ろから突然声がした。
「はい・・・・?」
俺何かしたか・・・?
不安を感じながら俺は声のした方をそっと振り返る。
「そうだ。貴様のことだ。」
そこには、青い髪に赤い目をしたポニーテールの女が立っていた。その女は騎士のような装備をし、静かにこちらのことを見定めていた。
「いえ、何もしてないですけど。」
俺は固唾を飲んで答えた。やや張り詰めた空気が二人の間に漂う。
「貴様はその変わった格好で先程から不審な動きをしていた。これほど怪しいものはそうそういないぞ?場合によっては、貴様を自警団へ引き渡す。」
女騎士はこちらのことをかなり疑っており、あわよくば切るといった勢いだ。
「そ、それは勘弁してください!俺はお金がなくて途方に暮れていただけなんです!」
こんなところで豚箱に放り込まれちゃたまったもんじゃない。俺の冒険はこれからなんだ!
俺は両手を挙げて必死に弁明する。
「お金がない・・・・・・だと?」
女騎士は目を見開いてこちらのことを刮目する。身体を震わせながら。
「そ、そうです・・・」
俺、なにかまずいことでも言ったか・・・?
俺は相手の気を窺いながら言った。
「お前もか・・・・・・」
女騎士はそう言いながらこちらに詰め寄ってくる。
「え・・・?」
俺は警戒心を抱き、思わずあとずさりをしてしまう。
「お前もなのか~~~~!我が同胞よ!!!」
女騎士は突然涙を流しながら叫びだした。
「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「何だよ~。めちゃくちゃ怖かったじゃないか。」
「すまんすまん、こちらも無一文で切羽詰まっていたものでな。」
女騎士はにこやかな笑顔でこちらに謝罪をした。その態度に俺は胸をなでおろす。
「それで、あんたは何者なんだ?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだであったな。私の名はティルカ・オーネルだ。私のことはティルカと呼んでくれ。」
ティルカはいかにも騎士といった所作で挨拶をする。
「じゃあ次は俺の番だな。俺の名前は東条奏。奏って呼んでくれ。」
「ああ、よろしく頼む、奏。」
そう言うと、俺たちは互いに手を取り合って握手をした。
「それで、何でティルカは無一文なんだ?騎士だろ?」
俺はともかく、騎士の身でありながらお金に困っているのは不思議だ。浪費家なだけか?
俺が質問をすると、ティルカは驚いてこちらを見つめていた。
「奏、今・・・なんと言った?」
「え?だから、何で無一文なのかって」
「違う!その後だ!!」
「騎士って言ったけど。ティルカは騎士なんだろ?」
そう言うと、ティルカは突然俺の両肩に手を乗せて俯いた。
もしかして、安易に騎士とか口にしたらダメなのか?
すると、ティルカが顔を上げて微笑んだ。
「そ、そうだ!!私は騎士だ!!栄誉ある騎士なのだーーー!!!奏、騎士のすばらしさというものをお前は分かっているようだな!私は騎士なのだ!言わずともわかるとは、私の気品が騎士を漂わせてしまっていたのだな!」
「お、おお・・・」
俺はティルカの歓喜とした態度にやや動揺する。それほどティルカの唐突な言動が衝撃的だったのだ。
「それで、どうして無一文なんだ?」
俺は再度同じ質問をする。騎士という言葉を除いて。
「ああ、すまない!少し取り乱してしまったようだ。つい先日、大きな買い物をしてしまってな。後先考えずに買ってしまい、気づいたらすっからかんだったのだ。お恥ずかしい話だ。」
「なるほど・・・。それで、これからどうするんだ?俺は正直どうしていいかわからない。本当に路頭に迷っているんだ。宿もなければ仕事もない。今を生きるだけで精一杯だ。」
俺が頭を抱えながらそう言うと、ティルカはしばらく憐れんだ表情で俺を見つめた。そして、突然堰を切ったように涙を流し出した。
「奏・・・かなでぇぇぇl!!!」
ティルカを俺の名前を呼んで叫んだ後、飛びつくように抱きついてきた。
「お前は・・・!お前はそこまで困窮していたというのかっ!・・・辛かったろうに、辛かったろうに!・・・・よし、決めたぞ!奏、私と共に王都へ行こう!」
そう言うと、ティルカは俺の手を引いてズンズン進み始めた。
「おいおい・・・ちょっと待て!王都ってなんだよ!それにどこだよそこ!」
俺は急に踵を返して王都へと向かうティルカの手を引っ張り、呼び止めた。すると、ティルカは手をつないだままこちらを振り返った。
「決まっているじゃないか!ここバローグ王国の王都にあるダンジョンに行ってお金を稼ぐのだ!」
そう言うと、ティルカは再び勢い良く歩みだした。俺は半ば二人三脚のような足取りでなんとか食らいつく。
「バローグ王国?ここはバローグ王国っていうのか?俺本当に何も知らないんだ。頼むからちょっと止まってくれ。」
「奏・・・・・・ここまで知らないなんてお前は奴隷でもやっていたのか!?なんてかわいそうなやつなのだ!ますます私はお前を助けたくなったぞ!!!」
「あー、もう!俺を憐れむのはやめてくれー!俺のことはどうだっていいんだよ!」
俺はティルカの反応に嫌気がさし、ついきつい言い方をしてしまう。よくよく考えれば、ティルカの態度は当たり前なのに。
「そ、そうか・・・すまなかった。それでは歩きながら奏の質問に答えよう。」
ティルカは苛立ちを見せる俺に謝罪をした。俺はなんだかその様子を見て申し訳なくなった。
「まず王国について話すとしよう。この世界には4つの王国があるんだ。エウレカ王国、ネイアル王国、フェアルフ王国、そして我々がいるバローグ王国だ。さらにエウレカ王国は人間、ネイアル王国は獣人、フェアルフ王国はエルフが中心の国だ。しかしバローグ王国は人間と獣人とエルフのそれぞれが暮らしているんだ。一番平和だと思うぞ。」
「なるほど。さっき言ってたダンジョンっていうのはバローグ王国にしかないのか?」
「いや、ダンジョンは4つの国それぞれにある。それも全部王都にな。ダンジョンでは強力な装備やスキル、それに宝石が手に入るから、王都にはダンジョン目当ての輩が多い。ただ、誰しもが簡単にダンジョンに入れるわけじゃないんだ。『ボンド』と呼ばれる組織がダンジョンを管理していて、冒険者たちの暴走を止める役割も担っているんだ。もちろん冒険者のサポートもな。」
「ダンジョンに夢を見て冒険者になるやつが多いってことか。」
「そういうことだな。もっとも、半数はダンジョンの入り口付近で尻尾を巻いて帰るのだがな。残りの半数は欲深い者か、己の強さを追求する者のどちらかだ。もちろんダンジョンに入る時は大体が徒党を組んで準備をするぞ。」
「徒党を組む?」
「ああ、大抵の冒険者は『ギルド』と呼ばれる冒険者グループを結成して協力するんだ。上位ギルドともなると、生活に困ることはまずないんだ!!!」
「でも、俺たちはこれからどうするんだ?ギルドなんて作れないだろ?」
「そうだな・・・・・・。ひとまず王都に行って、そこの『ボンド』で冒険者登録でもせねばならないな。だが安心しろ!私はなんていったって・・・・・・」
「騎士だろ?」
「そう!私は騎士なのだーーー!!!」
ティルカは自身の剣を天に突き立てながら言った。
抜けてるのか、しっかりしてるのかわかんないやつだな。
「それで、王都にはどうやって入るんだ?街にも警備がいたから王都にもいるだろ。俺たち無一文だぞ?」
俺は先程から懸念していたことをティルカに質問する。
「わ、忘れてた・・・・・・・・・・・」
ティルカはバツが悪そうに答えた。