第4話
まぁそう世の中早々都合良く見逃してはくれないわけで。
僕はリーゼとの関係者と言うことで一緒に署まで連行された。リーゼは別部屋だったが、どうやら僕からは状況を教えて欲しいとのことで、一瞬のことだったので大して時間はかからなかった。
むしろついでだったリーゼの説明が難航した。
「銃なんてそんなやだなぁここは戦場じゃないんですよ、うん。そんな馬鹿げたもの僕らが持ってるもんですか、それどころかそう言うものとは無縁な人生だと近所では有名なんですよ、凄いでしょ? 『そこのスーパーのとんがりコーンが他の店より二十円安いんですってよ! ところで青野さん家って本当銃とは無縁の生活よねぇ!』って話題なんですから。もう持ちきりですよ持ちきり、寄り切りじゃないですよ、持ちきりっす。はっはっはっ。いやもう持ち過ぎてもう他には何も持てないYOってくらいなんですから、えぇ。ところで宮本武蔵可愛いですよね、いや違くて歴史上の方じゃなくてFGOの方ですよやだなぁ僕は普通に女の子好きなんですから」
なんて具合に必死の説得もあって身柄受け取り人に姉上を出すことによって事なきを得た、と思う。
学校は純粋で屈託無く遅刻、しかもあんな喧騒の只中に居たせいで顔を出しにくいと言うこともあり、止む無く今日は欠席となった。
「全く。何してるのよ、あなたたち」
「あの、本当、すみませんでした……」
「誠に申し訳ありません、お嬢様! このような些事に足を運ばせてしまい、このエウスリーゼ ・エイプリル、命を以って償わせて頂きます!」
二人して深々頭を下げて、眠いのか苛立ちからか、はたまたそのどちらもなのか今にも刺そうとせんばかりに睨み見下す姉上は嘆息する。
「愚弟はあとでミンチにして腸詰めするにしても、あなたは生きなさい、そなたはビューティフル」
「大切な弟をソーセージに仕立て上げようと画策しないでくれます?」
はん、と鼻を鳴らして腕を組む姉上に合わせて僕らは頭を上げる。リーゼは今にも消滅してしまうんじゃないかってくらい縮こまってるし、僕は僕で姉上を直視出来ない。あれ、もしかしてこれって恋?
「姉上、愛してます」
「そう、一億から話しが始まるわ」
「あんたはブラックジャックか」
しかもそこまでしてようやく会談の席に着けるのかよ。
なだらかに波打つ髪を払い、先を行く姉上の後を追う。ところでどうして姉上耳が赤いの?
真っ赤っかなの?
真っ赤な誓いなの?
「まぁ、これに懲りたらもう二度と私の手と足を煩わせないことね」
「頭が上がらないよ、本当」
「そのまま頭落としてそこら辺に転がせば良いのよ、青髮ショートの鬼がかったメイドを抱きかかえたまま絶望に抗いなさい」
「それどこのナツキスバル?」
季節にはまだ早いが、雪なんて降った日にはまさにじゃないか。僕はまだ雪をトラウマにしたくないよ、パックとの約束も破った覚えないし。
「それにしても、今回は不思議な死期の訪れ方だったわね。誰かに殺されそうになるのは初めてじゃないにしろ、犯人が完全黙秘、分かっているのはホームレスだったことと二の腕に蝶の形をした刺青のみって」
「ん、確かに……」
いつもは無差別で選ばれたのが僕だったり、離婚した旦那に顔が似てたからとか、何かしら理由があって他殺されそうになる。
なのに今回に限ってはいつもと少々毛色が違うように感じるのは僕も同じだ。姉上の背中を見つめながら僕も腕を組み、考えてみる。
「刺青は偶然にしろ、何も言わないパターンかぁ……」
「死にそうになるパターンをレパートリーにするのなんて、世界広しと言えどあなたぐらいのものでしょうね。ねぇ朋也、今から美術館行かない?」
「実の弟を展覧させようと企てないでくれます?」
世にも珍しい人の死期が分かる男子中学生とか洒落にならないよ、展覧が終わったら脳科学者たちの玩具になること必須じゃん。
何とかしたいと思うけれど、解剖実験的モルモットになりたいわけじゃないんだよ、僕は。
「私としては何にせよ、ご主人様に害をなす者は全てもれなく例外なく特別視することなく葬るべき存在でしかございません!」
「リーゼに同意するつもりはないけれど、何であれ括りとしてはどちらにせよ、あなたを殺そうとした運命とやらなのには変わりないし、気にするだけ時間の無駄かもしれないわね」
「それは、そうなんだけどさ」
どうしてだろう、心が落ち着かない。きっと隣で先程注意されたのにも関わらず銃とコンバットナイフを装備したボディーガードが居るからかな。
それともこの事件にどこか違和感を覚えているからなのかな、判然とせず釈然ともしないが……二人の言う通り、いつものこと、とも片付けられてしまうのも確かだ。
何にしても、今回も生きてる。
それで今は、良いじゃないか。
「しかし、本当久しぶりね、他殺パターン。これは護衛を強化するしかないんじゃないかしら?」
「なっ!? お、お嬢さま! それは私の力では不足しているとおっしゃられるのですか!?」
おっとっと、話しがおかしな方向に進む予感。
ひどく狼狽したリーゼは自然と歩調が早まる。
「いいえ、あなたは充分やってくれているわ、むしろ充分以上とすら言えるでしょう。だけど、流石にあなた一人では辛い部分もそろそろ出て来る頃合いじゃないかしら? 護衛と言えど、護れないタイミングなんてのもあるでしょう?」
後ろ姿なのに何故か微笑を浮かべる姉上の顔が思い浮かぶのはどうしてだろう、悪戯っ子のそれよろしく、口調もどこかおどろおどろしい。
姉上の言う通り、リーゼもこれでも人間だ、それも女性。
リーゼがトイレに立つ時は嫌が応にも数分間僕は一人になる。
僕だって流石にトイレや寝る時なんかは一人になるし、屋内なら殆ど死に至ることはなかったことからリーゼには言い含めてある。
何も僕なんかのためにそこまで我慢することはない、寝られる時に寝て欲しいし、気を抜くべきところは、それこそトイレに行く時ぐらいは自分のこととか考えて欲しいしさ。
「ぐっ……! 流石はお嬢様、慧眼でございます! で、ですがこれまでも、そしてこれからも私だけで、それこそ充分ご主人様をお護り出来ます!」
「増員を何故そんなに拒むのかしら? 不思議よね? 一人より二人、当然よね? リリンが生み出した文化の極み、歌にもあるわ。一人が辛いから二つの手を繋いだ、二人じゃ寂しいから輪になって手を繋いだってね」
突然のリトバス。そして苦虫を噛み潰したような顔でいるリーゼへ姉上は追撃をする。
「一人が席を外している間もう一人居れば心配はいらない、そこに関してはあなたの目で人を選ばなければならないでしょうけど、この世には七十億もの人が居るのよ? それら全員が絶唱出来るくらいなのだから、きっとあなたのお眼鏡に叶う者の一人や二人居るでしょうよ」
ちょいちょいパロディ挟むのは何なの、病気?
まぁ確かに、これまでリーゼには数多に至るまで救ってもらった。日常ではあり得ないような死に際にだって、いつだって彼女は駆けつけてくれた。
思わなかったことはない、きっとリーゼだって疲れているんじゃないかって。僕なんかの力で働き詰めて、嫌になることだってあるはずだ。
けれど人が増えれば増えるだけそのリーゼ一人にかかる負担を軽減出来るんじゃないか、そう思ったことがあり進言したことは勿論ある。
だが──ほわんほわんほわんほわんほわわわーん、想起中。
「そ……」
そ?
「ソルド?」
それ金色のガッシュに出て来るアースって言う魔物の呪文だけど?
「それは、つまり……私はお払い箱、と言うことですか? 解雇、ファイアードと言うことでございますか……?」
うわ、うわ、うわーっ!?
泣き始めた、泣き崩れた、めっちゃ卑屈なこと言ってへこたれたぁ!
「そんな、こんなにも尽くしておりましたのに、何が足りなかったと言うのですか……至らない点があったのでございましょうか……お答え下さいませ、ご主人様!」
「えぇっ!? あぁ、いや、その……別に、リーゼに足りないことなんて……」
ぐわっと頭を上げたその顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。せっかくの美人が台無しである。
所でこの時、常識とか諸々足りてねぇよとは、不承不承ながら言える雰囲気ではなかった。
「では、では……もしかして私の、ことを……ただ、純粋に、お嫌、い、に、にににににににににににににににに」
リーゼが小刻みに震えながら接触不良でバグった任天堂64みたいになった。
「嫌いになってない、なるわけないだろ! 僕をそこまで薄情な奴だと思ってるの? リーゼには感謝しかないよ、ただ僕はお前のことを思って……」
「うわああああぁぁぁん! 捨てないで下さいご主人様ぁぁぁぁぁぁぁ! 私、私私私私私私私私私私私私私もっと頑張りますから! 足りないところがあるなら補いますから、それでもとおっしゃいますなら搾り尽くしますから! だから! だから是非! そのお優しいお心でご慈悲を賜りたく存じますううううぅぅぅ!」
はい、想起終了。
結論から言うと、めっちゃ泣く。喚く。
あと壊れる。バグる。
「ですが、ですが……!」
「何をそんなに必死になって否定するのかしら、私間違ったこと言ってるかしら?」
僕、社会のこと知らないけど、どうしてかその言葉は職場のお局様から賜るもののように感じるのは気のせいですかそうですか。
ぷるぷると小刻みに震えだした人間マナーモードのリーゼは、それでも姉上に食い下がる。珍しいな、リーゼが姉上にここまで食ってかかるなんて。
貴重な経験なのでこのまま静観していよう。
「そ、そう! ご主人様のことを深く理解しているのは私に尽きます! いくら技術と手管を弄したところで、護るだけが私たちの仕事ではございません、ご主人様を理解して尊重し、マリアナ海溝よりも深海に位置する程の愛が無ければ、到底『使える』と言える人材は産まれませんよ!」
両手を上げて広げて、したり顔でやれやれと言わんばかりの態度でいるリーゼもこれまた珍しい。
どこか安堵しているようにも見えるが、そんな彼女に付け入る隙を見逃さない姉上ではない。
どうしたって、どんな土俵に立っていようと、姉上には口で敵うことはないのだ。ソースは僕。
「ねぇ朋也、最近配属された使用人、名前はなんて言ったかしら……そう、伊波さん、彼女とはどうかしら」
うぉっほい、突然矛先がこちらに。
咳払いを挟んで頭を働かせる。
「んーと、どう意味でのどうかしら、なのかは分からないけど……一緒にスマホゲームやるくらいには打ち解けてるつもりだけど」
「洲崎さんとは?」
「歩くウィキペディアかよってくらい物知りだよね、勉強する時とか凄く助かってるよ」
「渡会さん」
「料理上手だよねぇ、あの腕前なら成る程確かにキッチンを任されるだけはあるよ」
「有栖川さん」
「情報通だから欲しいゲームとかの発売日は熟知してて、しかも欲しい物の安い店を教えてくれたりして助かってるよ」
「居酒屋に閣下」
「ここ良く通うんだよ、お前らも入ってみ閣下! いらしてたんですね! 良くここには来られるんですか!?」
「肩に窒素」
「窒素! 窒素って!」
「飴が降って来た」
「舐めるな!」
「ふむ……聞いたかしらリーゼ。このように、数いる使用人、それも性格も異なる人とうちの愚弟は仲良くなれる体質がある。誰が来ようと、年月とは関係なくやっていけると思わないかしら?」
途中から主題と全く関係なくなっちった気がする。僕も途中から何を言っているのか良く分からなかった。
それなのに何故かリーゼはぐぬぬって感じで歯を食いしばっていた。何がそんなに悔しいのか、話しに着いて行けなかったからだとしたら安心してください、僕もです。
しかしどうしたことだろう、姉上もらしくない。僕にこうして隅に追いやる兎みたいにするのなら分かるが、リーゼをこうして攻めるのは些か納得が行かない。
何かしらの意味があって僕には理解が追いつかないだけなのか、だとしたらどう言う意図があってこんなことを?
「で、でも! でも、でもでも!」
「でも? 何? 行進でもするのかしら?」
試合開始早々点を決められたサッカーの試合みたいに消沈して行くリーゼ、二兎追う者なのに二兎得たように追い詰める姉上。とんだワンサイドゲームである。
そんな中僕に助けを求めるように抱き着き、潤んだ上目遣いに言う。取り敢えずちょっと、街中でこの羞恥プレイにはキツイものを感じるので離れてくれません?
「ご主人様、ご主人様はどうですか! 私一人でも事足りますよね! 増員など、ましてや得も知れない輩を引き込むなど、反対でございますよね!」
「あら酷いことを言うのね。あなた、使用人に対してもそんな風にみていたのかしら? 栄えある我が青野家に仕えることを決め、厳正な試験と敬意を評して選ばれたあの子たちを、そう言うぞんざいな扱いをするのね。あまり感心しないわ」
あっ、リーゼが姉上は黙ってて下さいって言いたげに睨んだ。
「っ……分かりました」
おっと、リーゼの声に覇気が若干戻った。
「そう言うことでしたら、私にも考えがあります! これでもしお嬢様に認めて頂けないのなら、もう文句はございません!」
あぁ、何だろう。悪寒を感じる、風邪かな。それなら青のベンザ、青野なだけに、ね。
まぁどうせロクなものじゃないだろうなどと思っていたら、いつの間にか僕らは屋敷に到着していた。
はい、ただいま。