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鳥籠~明日の僕へ~  作者: 宇佐美 零耶
3/12

第3話

 一日平均四回。

 この数字は僕が死の(ふち)彷徨(さまよ)うもので、食事時に使用人の方が配膳したフォークやナイフを誤って転び目を貫く寸前、リーゼの愛機デザートイーグルが火を吹いたことにより今日はまた死を免れた。

 翌日を迎え、学校に行くことから心から放たれる(うつ)を抱えたまま制服を着込み、紺色のブレザーが気に入らないためワイシャツとピンタイプの擬似ネクタイまで付けた所で橙色のパーカーを羽織る。

 うちの中学校は珍しくそう言った服装に関しては注意こそすれ強制はしない。大事な式なんかがある日は流石に強めに言うけれど、それだけ。

 気楽なのは良いが、そもそも学校があるってだけでその一点のみにしか明るくはなれないし、僕自身性格は暗いと自負しているため本当気持ちの問題なのだ。

 身体は重く、本当に体調でも悪いのかと誤認しそうだが、残念ながら毎朝やらされる検温は平熱。渋々通学カバン片手に屋敷を出る。


「良い天気でございますね、ご主人様! どことなく冷たい空気が取り巻く中、風邪には充分気をつけていただければと存じ上げます!」


「うん、当たり前のように着いて来るよね」


 まぁ、でなければ僕に降り注ぐ死は回避出来ない。流石に校内には入らないけれど、毎度外からの視線が気になって仕方ないんだよねぇ。

 それに──


「学校では早々死なないって言ってるじゃんか」


 何の因果か、それとも死ぬ要素足り得ないのか、学校で死にかけたことは殆どないことを知ったのは二、三年前のことだ。

 問題なのは外にいる期間、どうやら屋内にいれば僕は死に直面することはほぼないらしい。青い光も屋内ではずっと色を変えず僕に付きまとうだけ、良くて体育の時間になると時折黄色くなるくらいのものなんだよね。昨日は久し振りに家で死にかけたが、これだって最後にこんなことがあったのはいつだったのか思い出せないくらい前のことだ。

 それでも一日平均四回は覆らず、学校内にいるからと言って、屋敷にいるからと言って、一度外に出ればそれだけの因果が僕を襲うのには変わりない。

 現に昨日だって、僕は屋敷で死にかけているのだから、侮れない。


「それでも油断は禁物です、いつ何時(なんどき)ご主人様の命が危険に晒されるのか、私は心配で心配で学校のある前夜は寝るに寝られないのです!」


 ライブでサイリウムでも振ってるのかと思うほど腕を左右に流し、これでもかと顔を近づけて来る。やめて、密かにお前良い匂いなんだよちょっぴり男心がぐらついちゃうよ。

 まぁ事実、今でこそ睡眠をコントロール出来るらしく限られた仮眠で本格的に寝たのと同じくらいのことは可能らしい、一度それに失敗して逆にリーゼが死ぬんじゃないかと思った時もあったっけ。

 仮眠も奥が深く、案外学校で授業中に寝ている奴がいたりするけれど、実はあれちゃんと寝たのと同じくらい効果があるらしいと知った時は衝撃的だった。もう学校に住めば良いんじゃねってなった。ここをキャンプ地とすると宣言したかった、昔最初期の仮面ライダーをやっていそうな渋い声で。

 しかし、もっと気楽に、肩の力を抜けば良いとは言えないのが辛い所だ。言えばリーゼの立場を侮辱するのに相当し、僕としても死ぬのはノーサンキューだからだ。


「まぁ悪いとは思ってるよ、こんな体質でさ」


 搔き消えそうな程小さな声で言うのを、さらに掻き消そうと大きめボリュームで返される。


「ご主人様は何も悪くはないのです! 悪いのは、世界の方です!」


「そこだけ切り取るとどこかのSF系主人公の台詞みたいだな……」


 まるでトウキョウを紛争地に変えたブラックリベリオンを起こした絶対遵守の力を持ったどこぞの少年のように聞こえるよ。

 ともあれボディガード冥利に尽きると言っては不謹慎かも知れないが、本当心配ばかりかけてしまうからいい加減なんとかしたいと思い続けて五年、前には進んだ試しがない。

 外部の人間に話した所で信憑性(しんぴょうせい)は死ぬ瞬間を見せなきゃならないとか言う、ブラクラを踏むよりもしんどい事故現場を見せなければならないから尚更だ。

 父の(すす)めで精神科に顔を出したこともあるが、カウンセリングを何度か受けて金をせしめられただけで終わってしまったことがある。

 あとはもう自力でこの力と折り合いをつけるしかないわけだ。


「どうにかならないものかなぁ、この人生……」


 言い終わるかどうかのギリギリのタイミング、覇気の無い僕の声は果たしてリーゼに届いただろうか。

 曲がり角を抜ければあと幾許(いくばく)で学校だと言う目と鼻の先で、食パンを()えたヒロインではなく、見知らぬ黒装束の男が走って来た。

 なんだよ危ないな、そんなに走ると転ぶぞと注意する気は一切なかった。大抵こう言う時ってのは、本日一回目の──死だ。


「──……」


 声にならない声、懐から取り出される銀色の凶刃は間違いなく僕の心臓を目掛けており、全てがスローモーションに見えた。

 あと数センチでハートを射抜ける距離、そいつの表情までは覗けないけれど、きっと僕が預かり知らない所で恨みを買ったのか、それとも敵の多い父の会社の人間なのか、どちらにしても憎悪に濡れたものとなっているのだろう。

 思ったことがないからこそ思う、人が人を殺そうとするのって、生半可な覚悟じゃない。

 殺意が芽生えた時には何もかもが遅い、本来持ち得ないはずの感情が理性とか常識を塗り替えるに足りる、「絶対」の意思が点在するからだ。

 人を殺してはいけない。

 当たり前の(ことわり)、ルール。

 母親から習わなくても人が誰しも持っているセーフティーが壊れて、初めて僕たち人間は殺意に溺れてその手を汚すのだ。


「──危ない!」


 もっとも、僕の隣に常駐するリーゼにはそんなもの無に等しい。僕に向かうあらゆる死期を、彼女は許さない。

 見知らぬ誰かが取り出した包丁よりも早く懐から黒いへの字をした物を構えて、引き金が引かれる。

 それ、一回、二回、三回、四回、何回撃つんだよとスローモーションの中で突っ込む声は、まぁ当然銃声の中に霧散(むさん)する。

 やがて景色が元に戻り、勢いに押されて尻餅を着いた僕は金属音のなる耳を抑えて見上げる。


「良い度胸だ……我が至高なる御方(おんかた)にそんな愚行(ぐこう)を成そうとは……褒め称えたい程命が惜しくないらしい……」


「ウガアアアアァァァッ! グッ、ウ、ウウウウウウゥゥゥッ……!」


 顔が影になり、その中で一際光る目の色と弦月形(げんげつけい)に歪んだ口元が魔王様みたいなリーゼと、腕を抑えて干からびそうなミミズよろしくのたうち回るそいつ。

 日常ではあり得ないその光景はいつだって圧巻だよ、普通に生きててこんな惨劇と呼べるもの早々見られないし、見たくもないよ?

 鮮血がそいつのいるコンクリートを濡らし、被っていたフードが取れて、まぁ声ですでに判断は出来ていたが、男はあからさまに怯えてリーゼを見上げていた。

 ジリジリ肌を焼く太陽みたいに愛銃(あいじゅう)を構えながら近付くリーゼは、多分富士急ハイランドのお化け屋敷と同等か、或いはそれ以上の恐怖が垣間見える。あれも相当怖かったけど、今は断然リーゼだわ、うん。

 コホーッて言いながら白い息が口から漏れてるもん、ただのダースベイダーだよこの人。


「ご主人様が殺すなと言うご慈悲溢れる命令が貴様を生かすのだ、一生を以ってその身で生きた心地とやらを噛み締めろ……この下郎(げろう)が……!」


 やだリーゼったら、声が重低音対応モデルのMDR-XB950N1で聴いたら最高にクールなものになってるぅ。

 護られる立場だけど、そばに居る僕も流石に怖いよ。


「グッ……! こ、この! 化け物め!」


 ごめんリーゼ、今だけこいつの意見に同調させて。

 歯を食いしばり抑える右手は赤くて、足元にはコンクリートを抉る小さな円がある。恐らく包丁を持つ手を無力化させて、その威力を思い知らせてから足元を撃ってびびらせて倒したってところか。

 昨日の運ちゃんもそうだけど、これだけ派手にやっても相手は生きてる辺り逆に凄いよリーゼ。


「このお方をどなたと心得る! 青野財閥(あおのざいばつ)長子(ちょうし)! 青野朋也様であるぞ!」


 指ではなく銃口を向けて目をひん剥き、歯をむき出しにして怒鳴るリーゼは、さもデザートイーグルを紋所みたいに突き出す。

 と言うか言い方が完全に水戸黄門だよ、助さん角さんなの?

 そして僕はいつ水戸黄門になったの?

 あと僕そんな偉い身分じゃないよ、実際凄いのは父と姉上だし、何も成し遂げてすら居ない無能だよ。


「あのさリーゼ、とにかく警察呼ぼう? このままにしてても良いことないし、さ」


 そろそろ周りの目が痛くなって来た。同級生たちも登校する時間だ、これだけの騒ぎになればそりゃ人だかりも出来るわけで。

 慣れてる人は良いけど、そうじゃない人はこれが「何だドラマの撮影か、きゃぴきゃぴ☆」とはならないんだよ。実際そんな誤魔化し現実には不可能なんだよ?

 ほどなくして通報があり(僕らが通報する前に近隣住民の方が騒ぎを聞きつけて電話したらしい。本当、ごめんなさい)、警察が駆け付ける。

 パトカーが二台。警官が六人程現れて事情を聞き、敢え無く僕を殺そうと企てた輩は早々に退場した。

 どうなることかと思ったが、今日もリーゼに助けてもらった。情けない話しだけれど、トータル感謝しかない。


「ところで君、銃声みたいなのが聞こえたって話しだけど、ちょっと荷物を確認させて貰えないかな?」


「お断りします」


「いやまぁ、そう言わずに。何にもなければ僕らも何もしないからさ」


「おっこーとわーりします」


「懐かしい歌だね、ちょっとポケット見せてもらえるかな。良く分からないけれど、迷彩柄のホルダーらしき物がチラついてるのは見えてるんだよ」


「ノーセンキュー」


「放っておいたら思い出なんていらないよーと続きそうだね、見せなさい」


「ちょっと何言ってるのか分からない」


「何でちょっと何言ってるのか分からないんだよ。良いから見せなさい」


「ビッグバーガーを千個ですね」


「業者か。見せなさいったら」


「バナナシェイクにはお砂糖お付け致しますか?」


「糖尿になるわ。ふぅ……仕方ない、ちょっと署まで来てもらうよ」


 ただ、警察官とのやり取りを置き去りにして僕はいそいそと学校へと向かった。その後リーゼがどうなったのかは知らない。

 取り敢えずリーゼ?

 世の中には銃刀法違反って言う立派な犯罪が有るんだよ、とだけ言っておくよ。じゃあなリーゼ、強く生きろよ。

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