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鳥籠~明日の僕へ~  作者: 宇佐美 零耶
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第1話

 僕には人の死期が()える。

 とは言えどこぞの死神の目よろしく契約した人間の寿命を半分削って得た力ではなく、かと言えば名前を書くだけでその人を心臓麻痺に出来ちゃうノートを持っているわけでもなく、ただ「あっ、そろそろ死ぬな」と言う漠然とした死期しか視えない。

 全身のラインを沿うように青く光る線が視えると死期が決まり、数時間後に黄色く光り、赤くなるにつれて死が近付いて行き──真っ赤に染まったが最後、その人は二十一グラム軽くなっている。

 それが僕の、五年前身に付いた信じられない非現実的な、けれど残念ながら信じるしかない現実に存在する力だった。

 それなりに裕福な家だったんだ、欲しい物はすぐに手に入ったし、行きたい場所が出来れば次の日にはそこを歩いていたり、今となってはだいぶ浮世離れした生活を送っていたんだろうなぁと、自分のことながら引き気味に想起してみたりする。

 いつだって僕は笑っていた、そんな僕を見て笑う両親の顔が好きだった。

 不幸な事故だったんだ、母の乗っていた車が事故に巻き込まれてしまった。

 今でも覚えている、いつも抱き着いた母から鼻腔をくすぐる干したての布団みたいな匂いがあったのに──その時感じたのは、消毒液の匂い、白く濁ったリノリウムの床に響く足音。

 そして、二度と笑いかけてはくれない母がベッドに横たわる姿。

 その日を境に、僕にはその力が身についた。

 母から微かに赤い光が途切れた瞬間を視た。

 幾度に渡る死の際を目にして、伏せて来た。

 誰が好き好んでそんな未来を見たがるのさ。

 考えてもごらんよ、街中を歩いてごらんよ。

 一見普通の雑踏だろうに、僕にとっては気を抜いた矢先にこれから死ぬ人間が分かるんだよ?

 そんな世界──誰が見たがるのさ。

 その都度脳裏を過る母の姿、(ほの)かな命の灯火が潰えた瞬間を。

 そこら辺の学生が駄弁る声、互いの愛を囁き合うカップル、買い物帰りの親子、当たり前にある幸せを、僕が視るだけでそれは地獄絵図に姿形を変える。その幸せが不幸に変わることを、誰よりも先に理解してしまう。

 そしてそれは──自分自身すら例外ではない。

 母の葬儀を終えてから五年間、鏡に映る僕の身体から青い光が絶えたことは無かった。いつもその数時間後には黄色く光り、そして赤くなって寸前で避ける毎日。

 なのにその光りは消えることなくまた青く瞬き、僕に死の運命を突き付けるのだ。

 逃れられない、逃れられると思うな、死ぬ事を定められた世界とやらの強制力がそう言っているようにすら思えて来る現実から何とか逃げ出そうとして、どれくらいの日が経過しただろうか……僕はもう疲れてしまっていた。

 生きることに、生き長らえることに。

 こんなに生きようとしても、必死に追いかけて来る終わりからは逃れられない。そう悟ってしまった、諦めてしまった。

 もう良いじゃないか、こんな力にも、運命からも死ねと言われているんだ──それに、こんな力があるくらいだ、きっとあの世なんてのもあるはずだ。

 それなら、まぁ、別に──良い、かな。

 また母さんに会えるなら、良い、かな。


「──危ない!」


 ふと我に帰る。

 一体どれだけの時間そうしていたのだろう、(がら)にもなく昔のことを思い出して、挙句ボーッと立ち尽くしていたのは信号待ちをしていた横断歩道の手前だ。

 信号はとっくに青、だけどそこから目線は急激に左へ移動した。何を載せていたのかとか、どうしてそうなったのかは一瞬のことだったせいか想像は付かなかったけれど、とにかく大きなトラックが本来の進路から逸れていた。

 狙いはトラックの正面が真っ直ぐ見えている、僕。

 あぁ、「また」これだ。

 そうなると次は、そう。


「伏せて下さい!」


 さっきの危ないからこの言葉が聞こえたが最後、僕の背後でとんでもない爆発音が鳴る。

 耳を塞ぐ暇もなく、さらにその音はこれだけでは終わらず黄色い閃光が火花を散らして暴走族かよってくらいの騒音を撒いて、僕を標的にしたトラックを標的にしたそれが当たった途端。


「────」


 御愁傷様、と言った声はトラックにぶつかったロケットランチャーの轟音(どん)爆音(ちゃん)騒音(騒ぎ)に紛れて突風に吹かれ、誰の耳にも届くことはなかった。

 無作為に集まる視線、キャンプファイヤーと化した道路、悄然(しょうぜん)と立ち竦む僕、そんなものを意にも介さず隣に並び、硝煙(しょうえん)が銃口から伸びたランチャー片手に額の汗を拭い、フルタイムのバイト上がりのような充実感たっぷりな笑顔で居るそいつは言った。


「きれーな花火だ……!」


 うん、そうだね。

 代償はトラックの運ちゃんの人生だと思うと、何故か目から汗が流れて来ちゃうけどね。


「ご主人様、お怪我はありませんか? どこか痛むところとか、気になる部分なんかはございませんか?」


 ロケットランチャーを何の名残もなくアスファルトに投げ打ち、あせあせと僕の身体をまさぐるそいつの通常運転は見習うべきなのかなぁ。

 このお祭り騒ぎでそこに目を向けない図太さとかさ、確かに僕には無いしなぁ、けれどなれるべきなのかなぁ、でもいまだに状況の理解が追いつかないせいで身動き取れてない辺り……。


「って!」


「って? ハッ!? お、お手を痛められましたか!? いけない! いけませんぞ! ご主人様の可憐でか弱いお手を傷つけるとは己不埒者め! この私が粉微塵に成敗を──」


「やっかましい! 何がいけませんぞだムックかテメェは! またやったな! また! やりやがったな! この、すっとこどっこい!」


 あともうとっくに粉微塵だから!

 これ以上の死体蹴りやめてあげて!

 いや多分これまで死人は出したことないけれど、それでも今度こそは死んでそうな雰囲気感じるから!


「きょうびすっとこどっこいって中々聞きませんが……い、いかがなさいましたか!」


 危うくあまりの出来事に流されるところだったわ、こいつから見習うべきことなんて無いわ、皆無だわ、むしろ見習わせるべき点しかねぇわ!

 あたふたと身振り手振りで汗を垂らし僕の怒りの心中を知りたがり、でも自分が何かしたんだろうなぁと言う自覚はあるのか、どうしたのかってのとすみませんって言うのを繰り返してるボンバーマン……いやさ、ボンバーガールに言う。


「何で! お前は! いつもいつも! やり方が! こうも! 派手なんだよ! 助けて! くれるのは! ありがたいけど! 限度を! 節度を! 持ちやがれ!」


「い、痛い! 痛い! す、すすすすみませんご主人様、しかし私も必死だったと言うか何と言うか!」


 スタッカートをわざと利かせ、語尾が上がる瞬間に合わせてチョップをしながら毎度のことながら全く身にはなってくれない注意を叩き込む。

 叩かれながらも言い訳を挟む爆弾魔はこれ以上叩いたら存在消滅するんじゃねぇかってくらい縮こまり、いつの間にかアスファルトの上で正座をしていた。

 ──エウスリーゼ ・エイプリル、僕を命に代えても護り抜くことを生き甲斐とし、使命としている彼女と出会って以来、


「もっと穏便に事を済ませられんのかお前はああああぁぁぁ!」


「申し訳ございませんんんんんんんんんんん!」


 僕の死期は、今日この日まで延長され続けていた。

 それはもう、やかましい方法で、ね……。

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