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カノジョの父を愛する人たち。

――綺麗事。

でも、それはきっと美しく眩しい。








「…………あの……」

「ごめんなさい。ただ、宗一郎さんのことを勘違いしてほしくなかったの」

「勘違い、ですか……?」



 病室を出て、俺は人気のない場所で佳奈多さんと話していた。

 こちらが迷っていると、彼女の口から出てきたのはそんな言葉。勘違いしないでほしい、とはどういう意味だろうか。

 俺がそう考えて、頭を悩ませていると佳奈多さんは小さく息をついて言った。



「あの人はきっと、私と息子のことを考えているんです」

「息子って、もしかして……?」

「はい、そうです」



 彼女は頷いて、スマホを取り出して写真を見せてくれる。

 するとそこには、まだまだ幼い男の子の姿があった。



「宗一郎さんと、私の子です。彼が刑を終えて出所し、私と結婚した二年後に産まれました」

「そう、ですか……」


 今年で二歳だという男の子――りくを見て、俺は複雑な気持ちになる。

 一緒に映る宗一郎さんと佳奈多さんは、心の底から幸せそうな表情を浮かべていた。そこに割って入ることが、あまりにも無粋であるように思えるほどに。

 そして、そう思ったからこそ佳奈多さんの言いたいことが分かった。



「宗一郎さんは、本当に優しい方なんです。このはさんに会うのが怖いと、思っている節もあると思います。ただそれ以上に、いまの家族である私と陸――特に、陸の将来と気持ちを考えているのだと思うんです」

「………………」



 それを告げられて、俺は黙ってしまう。

 たしかに、陸にはなんの責任もない。だから両親の過去を告げることによって、心を悩ませる機会を与えるべきではないのかもしれない。

 このはと宗一郎さんを繋ぐこと。

 それはつまり、これから互いを意識して生きていくことに他ならなかった。



「でも、貴方は……」



 ただ、それでも。

 俺には一つ、確認しておくべきことがあった。

 だから、佳奈多さんを真っすぐに見てこう訊ねる。



「貴方は、悩んでいるんですよね……?」――と。



 その質問に、彼女は押し黙った。

 そしてゆっくりと、ただ静かに目を伏せる。



「それが本当に、宗一郎さんのためになるのか、って」

「………………」



 沈黙は、すなわち肯定と受け取って違いなかった。

 佳奈多さんはきっと、自分の存在が宗一郎さんの枷になっていると、そう思っている。自分と息子、その二つの存在が彼の願いを妨げているのだ、と。


 母親として、息子を守る思い。

 ただ、もう一つ。愛する人の心残りを取り除きたい、という思い。


 その二つが、いまの彼女に一歩を踏み出せなくさせていた。



「本当は、こんなこと言える立場ではないんですけどね……」



 俺の指摘に、佳奈多さんはついに声を震わせる。

 自分と夫には間違いなく罪があった。彼の心を守るためとはいえ、なごみさんとこのは、二人の心に傷を負わせたのだから。

 それを理解しているからこそ。

 そして、宗一郎という人を愛しているからこそ。

 彼女の中には、あまりに大きな葛藤が生まれているのだった。



「私は、どうしたら――」



 スマホに映る息子を見つめて。

 佳奈多さんが、いよいよ涙を流しそうになった。その時だ。



「大丈夫ですよ、佳奈多さん」

「え……?」



 彼女に、そう声をかける人が現れたのは。

 声のした方を振り返ると、そこにいたのは――なごみさん。そして、



「このは……?」

「……えへへ」



 このは、だった。

 二人はゆっくりとこちらに歩み寄りながら、視線を佳奈多さんに向ける。そこには敵意などなくて、不思議と落ち着いた様子が見て取れた。

 佳奈多さんは逡巡したが、今さら逃げる暇などない。

 覚悟を決めたように涙を拭ってから、深々と頭を下げるのだった。



「お話、聞こえてました。えっと……離婚調停の時以来、ですね」

「ご無沙汰しています」



 なごみさんがそう切り出すと、佳奈多さんはぎこちなくそう答える。

 その様子を見て、なごみさんは静かな笑みを浮かべて言った。



「大丈夫ですよ。アタシもこのはも、心の整理ができていますから」

「心の整理……?」

「はい……!」



 きょとんとする佳奈多さんに、どこか力んだ様子で頷いたのはこのは。

 俺のカノジョは、一つ大きな深呼吸をして告げた。




「わたしはもう、二人のことを恨んだりしていませんから!」――と。




 満点の笑顔を浮かべて。

 このはは、そうやって過去の出来事を振り切ったのだった。

 恨んでいない。その言葉はすなわち、宗一郎さんと佳奈多さんを許す、ということに他ならない。過去の出来事はすべて水に流し、これからを歩む。


 だから、もう大丈夫だ――と。



「そ、そんな……」

「わたしももう、高校生になりました。だから、父の身になにが起きていたのか、というのは理解できるつもりです。そして――」



 困惑する佳奈多さん。

 そんな彼女に向かって、このはは伝えるのだ。




「佳奈多さんが、そんな父のことを救ってくださったことも」

「……っ!」




 ――屈託のない、感謝の気持ちを。


 彼女がいなければ、父はこの世にいなかったかもしれない。

 だから、自分は感謝こそすれ恨むことはない。


 このはの気持ちは、間違いなく佳奈多さんの胸に届いていた。




「このは、さん……!」

「そのスマホに映ってる男の子、って。わたしの弟、ですよね?」

「はい……はい……っ!」

「今度、会いに行っても良いですか?」

「…………はい!」




 大粒の涙を流す佳奈多さん。

 そんな彼女の手を優しく、しっかりと握るこのは。

 なごみさんもその輪に加わって、ようやく絡まった糸が解けたようだった。





 きっと、全員が宗一郎さんのことを愛している。

 その事実に俺はほんの少しだけ、恥ずかしながら嫉妬を覚えたのだった。



 


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