2話
わが祖国スターティリアは控えめに言って滅亡寸前であった。先王の崩御に伴う諸侯離反と辺境伯の扇動による内戦、即位した女王は未だ20にもならぬ幼いとすらいえる年齢で、佞臣ですら逃げ出す有様であった。あげくそれらを機と見た帝国による宣戦布告。
まともに残る戦力は王都の王国騎士団程度、それも辺境伯軍に比べても半数以下、帝国に至ってはいかほどの差になるのか考える事も億劫になる。前哨という触書の眼前に展開する帝国軍ですら、山賊まがいの傭兵団や法外な金額を要求する傭兵団まで掻き集めてやっと伍する程度。
それでも、国を捨てて逃げる気にはなれなかった。騎士団の訓練は控えめに言って糞だったし、それで愛国心が養成される等という戯言は気が付けば居なくなっていた騎士団長の事を考えれば嘘だとわかるが、それでも自分が育った国なのだ。
会戦の場である平野において、おそらく自分はここで死ぬことになるのだろうという予感があった。見事な隊列を組み多種多様な人材を抱える帝国に比べ、煩雑としか言いようのない、およそ陣形など考えうるべくもない傭兵とその後ろに展開する我ら騎士。
開戦を告げる角笛の音に何も考えずに突撃する第一陣の傭兵団は、精々が農民崩れが武装した程度。それでも多少の損害と陣形の妨害にはなるだろうと、まだ比較的まともな第二陣を如何に使うかを考える。流石に寝返る様な連中は居ないだろうが、てんでばらばらに逃走などされれば堪ったものではない。
と、その二陣から一人敵方に飛び出していくのが目に入った。逃げるにしてもその方角はおかしいし、その向かう方を見れば一陣を食い破り、回り込むようにして包囲しようと突出する帝国兵の一団。放置すれば先ず一陣は壊滅するだろうし、確かに突出部を叩くのは兵法の通りである。
見れば軽装に近いもののハーフプレートメイルにヘルム、ガントレットやグリーブの輝きは何処かの貴族のようにも見えた。とはいえ家紋などは見当たらず、それでもその戦術眼は単身突撃という愚挙を除けば素晴らしいと言えるのだろう。
「第二陣突撃ぃぃぃ!」
故に、その後に続けと発破をかける。気勢を上げて突撃する傭兵の練度が意外に高く見え、ともすれば善戦する事も夢ではないと考えたところで、信じられない光景が目に入ってくる。ただ一振りの斬撃が、明らかに剣の間合いの外にいる者含めて10以上を両断した。
およそ常人の技とも思えぬその光景に、魔法の武具という考えに思い至る。持ち主の体力や精神力、あるいは他の何かを代償にして大いなる力を発揮すると言われる貴重品は、しかしそのひと振りで動きを止めたところを見るにもう使えないのではないか。
「怯むなァ! 突っ込めェ!」
同じように考えたのか、大戦斧を掲げた男が一陣の包囲より優先とそちらへ矛先を向ける。突き出される攻撃に傭兵の死を幻視して、直後に再び現実のモノとは思えない妙技を目にすることになる。流れるように全ての攻撃をいなし、軽々と首を刎ねる。
返り血一つ浴びることなく、まるでその辺の草を刈るかの如く帝国軍が蹂躙されていく。緊張の余り白昼夢でも見ているかのような錯覚。いや、まだ夢の方が現実味があるのではないだろうか。想像も出来ない様なことを夢には見ないだろう。
見るとすれば自分が殺される夢、などと考えている頃には既に敵の指揮官すらも打ち取られ、燦々たる有様で逃げだす帝国軍。誰もが唖然としていた。伝説上の英雄だってここまで一方的に戦場を駆け回っただろうか。
「はは……まるで戦の神のようですな」
「夢のような……夢じゃないのか」
負け戦だと思っていたのだから、普通生き残れれば御の字、勝てれば歓声が上がるだろう。しかし、誰もが息を呑んで一人を注視し続ける。もしあれが残敵掃討まで始めれば、帝国に対して憐れみすらも感じたかもしれなかった。
勝利宣言のように突き上げた剣に、どこかから歓声が沸き上がり始める。次第に大きくなる声の中で、じわじわと大きくなる喜びは生き残れたことに対してか、勝てた事に対してか。あるいは。
「スターティリア万歳ァィ!」
祖国の滅びが避けられそうという先刻の自分では想像もつかない現実に、気が付けば両手をあげて声を出していた。