学園祭二日前 19:45
「や~、ごめんねぇ、手間取らせちゃって~」
崩れてきた段ボールやら何やらをどかし、外れた頭を鎧の上にかぽっとはめ込み、ようやく動けるようになった西洋鎧は申し訳なさそうに頭を下げつつ、後頭部に手をやった。
人間だったら頭を掻きつつ謝っている構図なんだろうが、中身の入っていない鎧にそれをされると、不気味とか恐怖とかそういうのを通り越して笑えてくる。
「えっと、落ち着いたところで改めて聞きたいんですが……『となりの倉庫の鎧さん』って、つまり……」
「あぁうん、それって僕のこと。いやぁ、噂には聞いていたけどそんな話になってたんだねぇ」
あまりにあっけらかんとした口調で言ってのける鎧さんに、私も茉莉もがっくりと肩を落とした。
というか七不思議になってる本人が、自分のことを噂で聞いてるって、何さそれ。他人事にも程がある。
とりあえず二人して鎧さんにさっきの大きな音について聞いてみたところ、満月の夜にいつも通り動き出したはいいものの、先月はなかった荷物が足元に置かれており、それに躓いて盛大に転んだんだそうだ。
「酷いよねぇ~、動き出すのは先生方だって分かってるはずなのにさぁ。僕は鎧だから足元がちゃんと見えないんだよ?」
「は、ははは……」
「と、いうか、本当に満月の夜のたびに動いてたんですね……ははは……」
ぷりぷりといった擬音が適切なくらいに怒りを見せる鎧さんを前にして、私と茉莉は顔を見合わせて真顔で笑った。
中身のない鎧に(しかも一人称的には男性だ)「酷いよねぇ~」とか言われても、どんなリアクションすればいいんだ。
あんまりにも生身の人間と変わらないその振る舞いに、目の前にいるのがモノホンの七不思議だということを忘れそうになる。
なんかもうこのままお茶でも飲みつつ談笑するか?って雰囲気になったところで、私達の背後の扉がすすーっと開いた。
「あ、あの、根本さん?妹尾さん?大丈夫?」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、栗色の長い髪を三つ編みにした眼鏡女子。私達2年C組のクラス委員である、五百部 志乃歩がそこにいた。
やばい、そういえば教室を出てからもう30分以上も経過している。待たせ過ぎた。
「あっ、五百部。ごめんずっと外してて、あたし達はなんとも……五百部?」
茉莉が言葉を返すも、五百部さんから反応は返ってこない。私達の向こう側、鎧さんを見据えたまま口をぽかんと開けて硬直したままだ。
「い、五百部さん?大丈夫?」
「……い」
「い?」
恐る恐る五百部さんに問いかけた私は、五百部さんの口から謎の言葉が漏れたのを聞き逃さなかった。
そして次の瞬間には。
「いやーーーーーー!!!『となりの倉庫の鎧さん』だぁぁぁぁぁぁ!!!
ホンモノだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そう奇声を上げながら走り去っていった。走っていった方向からすると、恐らく教室の方に行ったのだろう。
あんまりにもあんまりな反応に、思わず扉から顔を覗かせて五百部さんの去っていった方を見る、私と茉莉。そして何故か鎧さん。
「凄い声だったね~。何?二人のお友達?」
「お友達っていうか、まぁ……」
「クラスメイトって、やつですかね……」
私達二人を上から見下ろして、心底感心している風な鎧さんに、私も茉莉もふんわりとした返事を返す。
友達と言うほど親しくもないけど、全く見知らぬ仲でもない。伝わるかどうかは別としても、落としどころはここだろう。
と、そこで鎧さんが小さく首を傾げた。兜と鎧が軽くぶつかり、乾いた音を立てる。
「というか、君達もさっきの子も、悪いことしてる風には見えなかったけど、なんでこんな時間まで学校に残ってるの~?」
「「あ゛っ」」
鎧さんに言われて、私と茉莉は同時に素っ頓狂な声を上げた。
そうだ、鎧さんのインパクトですっかり忘れていたが、私達が学校に残っている理由が、まだ片付いていないではないか。
「何か用事があるなら、早く戻った方がいいんじゃない~?もう外も真っ暗だし……」
「あのっ、それなんですけど!」
鎧さんの言葉の続きを、私は遮った。扉から飛び出して廊下で彼と向かい合い、そして思いっきり頭を下げた。
「お願いします鎧さん、学園祭の出し物づくりを手伝ってください!!」
「はぁ!?佐弓、あんたいきなり何言い出してんの!?」
「だって学園祭は明後日なんだよ!?まだ段ボール迷路全然出来てないんだよ!?今は一人でも手伝いの手が欲しいじゃん!!」
突然突拍子もないことを言い出した、と思ったのだろう。茉莉が頭を下げる私の頭をはたきながら言った。
しかしピンチなのは事実である。私も一歩も引かない。
そのままやいのやいのと言い合いが始まるかと思ったが、そうはならなかった。
「あ~、うん、いいけど、僕今夜だけしか手伝い出来ないよ?それでもいいかなぁ?」
廊下に出てきて、心底申し訳なさそうに、頬を掻きながら、鎧さんは言った。
その言葉に思わず二人して、鎧さんの兜を凝視する私達。
今、彼は「いいけど」と言ったのか?これはつまり了承を得たのか?
私と茉莉が脳内で状況を整理し出したその刹那、廊下の向こうからいくつもの足音が足早にこちらに駆けてくるのが聞こえた。
それはもう、何人も、いや、十何人もの人数で。
「「鎧さーーーん!!」」
見れば、駆けてくるのは2年C組のクラスの皆だった。教室に残っていた全員がこちらに押し寄せるように駆けてくる。
それも、皆が皆溢れんばかりの笑顔で駆けてくるのだ。
私も茉莉も呆気に取られた。呆気に取られたまま、笑顔のクラスメイトに鎧さんと一緒に囲まれてしまう。
「わー本物だー!五百部の言った通りだ!」
「鎧さんお願いします!私達を助けてください!」
「学園祭の出し物が完成しないんです!」
皆が皆、口々に鎧さんに助けを乞うている。
沢山の女子に取り囲まれて鎧さんも慌てているようだ。なんかこう、テンパってるのが見て取れる。
華の女子高生に取り囲まれてテンパる中身のない鎧。実に萌えない。
「分かった、分かった~、さっきそっちの子にも言ったけど、手伝ってあげるから~!
とりあえず教室まで案内してもらっていいかなぁ?」
そしてクラスの女子たちのお願いしますコールは、鎧さんが音を上げるまで続いたのだった。
鎧さんを引き連れて教室まで戻ってきて作業を再開してからというもの。
それまでとは比べ物にならない速度で作業が進んでいった。
「いやー、やっぱり鎧さんにお願いしてよかったねー。もうすぐ段ボールの切り出しが終わりそうだよー」
「そ、そうだね……あはは……」
そう、剣を持ってることだし切るのは得意だろう、と鎧さんには段ボールを切り出す作業をお願いしたのだが、もう凄まじいスピードでずんばらりと段ボールを切っていくのだ。
それでいて書き込んだ切り取り線から少しもずれていない、完璧な切り方である。
あんまりにも完璧すぎて、それまでに私達でカットした段ボールとズレが出ないか、不安になるレべりだ。
「いやぁ~最近のカッターは凄いねぇ。切れ味が良くて気持ちいいよ~」
鎧さんもなんだか生き生きしている。手に持っている新品のカッターの刃を撫でながら、とても嬉しそうだ。
やっぱり刃物を持つと嬉しくなるのだろうか。西洋鎧だし。憶測だけど。
そして私達の学園祭準備は、残り一日を組み立てに費やすとして、全ての段ボールの切り出しと加工を完了させたところで終わった。
時刻は21:30。当初のスケジュールを考えれば、順調も順調な進捗具合だ。
「鎧さん、ありがとうございました!」
「どういたしまして~、お役に立てて何よりだよ~」
五百部さんがクラスを代表して鎧さんに頭を下げると、鎧さんはカチリと鎧の継ぎ目を鳴らしてその礼に応えた。
口調こそ緩いまんまだが、そうしている様を見ると本当の騎士のように見える。
姿勢を解くと鎧さんは静かに私達に背を向けて、教室を出ていった。扉をくぐったところでこちらを振り返り、手を振ってみせる。そして。
「それじゃ僕は倉庫に戻るね、学園祭頑張って~」
緩い激励の言葉を残して、ガシャガシャと音を立てながら去っていったのだった。